第19話 儀式
「そろそろでしょうか?」
彩は何かを感じたのだろう、恵にそう告げた。
話を続けるうちに二人はすっかり打ち解けていた。
「三行の儀ですか?」
「火ノ珠が主の手に渡ったようです」
「誰ですか?」
「そこまではいくら私でも分かりませんよ」笑みを漏らしながら、軽く首を横に振る。「多少なりとも雁埜家と血の繋がりのある方としか」
「血筋は大切なんですか?」
能力があるものが、龍に選ばれたと聞いていたが。
「当時としては大切だったのでしょう。守り人として」彩は立ち上がる。「こちらに向かっていますね」
「どうして分かるのですか?」
天地特製探知機でもあるのだろうか?
でも、彩さんは何も見ていないような……。
「付き合いが長いですからね」
彼女は微笑んだ。扉を開け本殿の外へと歩きだす。
恵もそれに続いた。
境内に人影はない。
夜空は雲が少なかったが、月明かりが強く星が見えづらかった。
恵は長いこと自分の望遠鏡にさわっていなかったことに気付く。
本殿の欄干から東の方を彩は指さす。
「光っている……何が?」
東の鳥居、王武ノ塔の向こう側がドーム状に明るく輝いている。
「儀の塚でしょうね。準備したほうがよろしいでしょうね」
「準備? 何が始まるのですか?」
「儀式では何が起きるか分かりませんから」
「もしかして戦うこともあるとか?」
「力を示すことがあるとするのなら、避けられないでしょうね。恵さんは何かしらの術をお持ちなのでしょう?」
声が静かに抑揚のないものになってきている。
そこに笑顔はない。別の彩さんがいるようだった。
「は、はい」JES特製の棍棒を持ってきていた。
「彩さんは?」
「私にはこれがあります」
懐刀を見せてくれた。彼女の守り刀なのだろう。細工が鞘に施されている。
「あ、あの……」
「何でしょう?」
「彩さんがお持ちという、風ノ珠はどこに? 珠も必要なのでしょう」
彼女からまだ珠を見せてもらっていないことに気付く。
「彩さんが取りに行かれるのなら一緒に」
「その必要はありませんよ」目を細め、彩は恵を見つめる。「気付きませんか? 珠はここにあります」
胸に手を当て彩は答えた。
恵は生唾を飲み込む。
近くにあるのではとうすうす感じていた。だが、確信はもてなかった。
「私自身が風ノ珠です」
「わ、分かりやすく、お願いします……」
珠の化身? 人非ざるものではないと信じたい。
「私の命そのものが珠なのです」
心の臓に手を当て彩は静かに恵を見つめる。
襦袢をはだけ彼女は胸元にある古い手術痕を見せてくれた。
恵は茫然とそれを見つめるしかなかった。
一刀は番場の運転する車に大場、出雲と供に乗り込み三行神社に向かっていた。
阿義ビルを捜索していた捜査員からその間も連絡が入る。
「盗難にあっていた美術品が発見されました」大場が報告する。「そのほとんどが天地仁左関連のものだそうです」
「これで確定か」出雲は呟く。
「首謀者は口封じされてしまっているけどな」
「大場よ。あれはどう見ても粛清だろう」
三階にいた者達は一人残らず殺されていた。
「どちらであろうと、真相は闇の中だ」
大場はお手上げといった仕草をしてみせる。
「キロウは力を求めた。ランネルドは違っていたのか?」
「龍の力もだが、天地の秘宝自体がどんなものなのか分かっていませんからね」
出雲は少し口惜しそうな口調だった
「さっきから名前が出ていますけど、そもそもランネルドって何なんですか?」一刀が口をはさんだ。
出雲と大場が顔を見合わせる。
「一刀は知らなかったか」
「聞いてませんよ」
「世界規模で暗躍する組織さ」
「JESだけではなく、各国の諜報機関や軍が追っている謎の結社だ」
「話がでかくなってきたよ……」一刀は頭を抱える。「しかも謎って、なんなんだよ。でっかい悪の秘密結社?」
「規模も何も分からん。ただ確実に裏社会に根を張っている。お前さんの知るところでは、国際紛争がいい例だろう。他にも様々な大規模犯罪の陰には必ずランネルドがいる」
「気象変動まであいつらのせいだっていう噂があるな」
「ヘ~ェ~スゴイデスネ~」
もはや現実味が薄れている。
「お前、信じてないだろう」
「どう信じろっていうんですか!」一刀は大場に食って掛かる。
「まあ、話だけでは現実味がないのも確かだな」番場は鼻を鳴らす。
「先刻のトーヤってやつもそのランネルドとやらなんですか?」
「おそらくは幹部クラスだろうな。相当の手練れだ」
「ランネルドは阿義を裏で操っていた」
甘言に乗せられたのだろうと番場は言う。
「なんで、どうして?」
「それを知っていそうなやつは殺されているな」
「それが、今回は諦めた?」と一刀。
「首謀者が消されたのを見る限り、その可能性は高いが……」
「恵ちゃんが一番司になったのも影響しているのかもな」
「正当な王のもとに力が継承されたっていうことか?」
「三行神社に急ぎましょう。向こうでも何かが起きているはずだ」
彩の命を救うため、風ノ珠が使われた。
その事実に恵はシッョクを受ける。
天地の奇跡。それは彼女の父親が差し出した風ノ珠をその身体に埋め込み命の源としたのである。まさに奇跡ともいうべき御業ではあるが……。
彩の命は助かったが、それ故に彼女は七百年以上、成長もせず一人あの時代から生き続け、守り人として神社と龍神を守護し続けてきたのだ。
龍の力を受け継ぐ者が現れるまで、ずっと……。
寂しくなかったのだろうか。辛くなかったのだろうか。
彩の生い立ちが理解できたとき、恵は泣きそうになっていた。
「ありがとう」
彩はそんな彼女を優しく抱きしめる。
その温もりが恵には懐かしく感じられた。
幼かったあの頃、母の優しさに包まれていた時の温かさがここにはあった。
「この珠は何なんですか?」
身体に埋め込むのも信じられなかったが、命を救う役割を果たし、七百年以上そのままの姿で延命させる珠とは、なんなのだろうか?
「三つの珠は龍の一部ではないかとされています。龍が私の一部となっているのなら、龍とは生命エネルギーそのものなのかもしれません」
恵は強く彩を抱きしめた。
すべてを受け入れるために。
その間にも三行神社やその周辺には変化は訪れる。
儀の塚から光の矢が三つの塔へ向けて放たれる。
それぞれの塔はライトアップされたように光り輝きだした。
三行神社も光に包まれ、夜空は一掃され恵たちの周囲を真昼のように明るく照らす。
「三摩地と神社が光っているだと?」
監視員からの報告が大場にもたらされた。
三摩地や三行神社の今の様子を伝える映像も送られてくる。
「恵ちゃんとの連絡は?」
「通信機もスマホもつながらない」
一刀は先ほどから連絡を取ろうとしていたが、今は電波自体が届いていないようだ。
「神社の中に入れない? どういうことだ! 障壁?」
現場も混乱しているようだ。
その様子を耳にした番場は車のスピードをさらに上げる。
「あいつ、何やってんだよ?」
一刀はぼやかずにはいられなかった。
「彩さん、何が起きているんですか?」
恵は星が消え真っ白になった空を見上げ呟いた。
気が付くと周囲の状況も変わっている。
白壁も杉並木もなくなり、鳥居だけが立っている。まるで異界への入り口であるかのように。
「儀の塚と呼応して塔が儀式のための空間を作ったのですよ」
境内は昼間のように明るかった。
これだけのことが起きているのに誰も神社に様子を見に来ないのが恵には不思議だった。
「私たちは普通の人とは異なる空間、別次元の中にいるのです」
落ち着いた様子で彩は言う。
「そういえば宮司さんの姿も見えませんね」
「和住は儀式には関係ないですからね」
恵は更衣した一室で装備を整える。腰には彩から授かった大剣を差していた。
その時、JESの通信機で連絡を試みたが、つながらなかった。スマホの画面は圏外と表示されている。
「あ、あの、体調とか、大丈夫ですか?」
珠が熱を帯びているように感じられ恵は彩に訊ねる。
「問題ありませんよ」
その気遣いと優しさが彩には嬉しかった。
「来たようですね」
彩は言う。
恵も気付いたようだ。西の鳥居に向かって二人は歩きだす。
西の鳥居にある駐車場に入ると四人は車から降りる。
監視員の報告通り西の鳥居から境内に入ろうとして障壁に阻まれた。
透明の壁があるかのように先に進むことが出来ないのである。
「どうします?」
ドアをノックするように大場は障壁を叩いてみた。
硬いのか柔らかいのかすら分からない。おかしな感触だった。
鳥居の向こう側は見えているが、それが本物なのかも分からなかった。
「平田さんに障壁を破るための機材を持ってきてもらうように手配した」
「できるんですか?」
一刀は驚く。
こんな物理法則すら無視したような状況を打破できるようなものがあるのだろうか?
「分からん。だが、何もしないわけにもいくまい」
「平田さんはマッドなところもあるからなぁ」
大場は一度、超高出力エネルギー兵器を見たことがあった。
「一刀よ。お前さんの刀でこの障壁を斬ってみないか?」
出雲は提案した。
「無茶な!」
「天地仁左作の刀なら可能かもよ」
「試しにやってみろ」
番場も同意した。
「まったく無茶苦茶だよ」
一刀は文句を言いながらも居合の構えに入る。
その時、鳥居の内側に変化が現れる。水面が揺らめくように向こう側の景色がぼやけたのである。
女性が壁をすり抜けるように姿をあらわした。
四人はいっせいに身構えた。
「ようこそ三行神社へ」
鳥居の向こう側から進み出た巫女は恭しく頭を下げた。
「お待ちしておりました」
巫女はあの写真と瓜二つだった。
「……雲乃…都……?」
誰からともなく言葉が漏れる。
彼女は遥か昔、時の向こう側からやって来たようにさえ感じられた。
戦慄が走り、緊張が高まる。
「一刀クンに番場さん。来ていたんですね」
続いて姿を見せた恵のあっけらかんとした口調に四人は気勢をそがれる。
「恵! お前無事だったのか!」
一刀が大声を上げる。
「な、なに、なんで怒られているの? どうして?」
怒鳴りつけられた気がして恵は慌てる。
「連絡はつかない。神社の境内には入れない。あちこち光っている。そして」一刀はピッと恵を指さす。「突然現れた!」
「一刀クンたちが見えたから、私たち迎えに来たんだけど……」
連絡できなかったことは素直に謝った。
「三行の儀が始まろうとしています。境内には関係者以外入れないはずですし、見えないのでしょう。私たちは、本当にこちら側とは別の次元にいたのですから」
「ふえぇぇ、そうなんだ」
「恵、こいつ誰なんだ?」
恵は親しげに話しをしているが、超然とした態度が気に食わなかった。
「え~と……、……雲乃彩さん、三行神社の巫女さんです」
説明しようとして、恵はどう話をしていいのか分からなくなってしまう。諦めてざっくりと簡単に紹介してしまうのだった。
「巫女? 本当にいたのか。雲乃都の関係者?」
「お聞きになりたいことは多々御有りでしょうが、今は儀式の最中にございます」
「終わったら、全部説明しますから……」
恵は四人に向かって手を合わせ何度も頭を下げた。
「恵がその儀式とやらを受けているっていうのか?」
「そうみたい」
恵のあっけらかんとした答えは、まるで他人事のようにも聞こえてくる。
「こいつ、雲乃彩っていうのは何でここにいるんだ?」
「彩さんは導き手と言いますか、付き添いと言いますか……、赤の珠と担い手が来て、三つ揃ったら儀式を始めるということでした」恵は彩を見る。「それで合ってますよね?」
「赤い珠? これは本当に祭器だったのか」
番場はポケットから無造作に珠を取り出してみせる。
「あなた方も、それをお持ちでしたからここまで来ることが出来たのでしょう」
「担い手が必要というなら、ぼくが行きます」
番場の手から珠を取り大場が進み出る。
彩は首を横に振る。そして、一刀に向かって手を差し出した。
「オレか?」
「やっぱり一刀クンだったの!」
「朧の家は古くから根府屋に根付いています。雁埜家とも縁はございます」
江戸時代の中頃に雁埜家の娘が朧の家に嫁いできたことがあったという。
「そうだったんだ。つながりはあったんだ」
「なあ、なんであんたオレの名前や家のこと知ってんだ?」
「あ、あのね、彩さん歴史学者というか、この辺りの歴史に詳しいから」
不信感がありありで一刀の眼が笑っていない。恵は冷や汗ものだった。
「よろしいでしょうか?」
射るような視線にも彩は平然としている。
「面倒は嫌なんだけどな……」
それでも一刀は大場から珠を受け取る。
手渡しながら大場は一刀の背を叩く。
肺が飛び出すかという衝撃が走る。
「一刀クン、手、どうしたの?」
「名誉の負傷だよな」
出雲は肩に手を置きながらニヤニヤ笑っている。
番場、大場を見ると二人の肩が震えていた。
「行くぞ、恵」
不貞腐れた顔で一刀は歩きだす。
「行ってきます」
意味が分からず困惑していたが、恵は一礼すると一刀に続く。
「無事に帰って来いよ」
大場は軽く手を振り、出雲と番場も笑顔で彼女を送り出す。
その言葉に恵は頷いていた。「はい。またご飯食べに来てくださいね」彼女は笑みを浮かべ、歩き出すのだった。
最後に彩が鳥居をくぐると辺りは何事もなかったかのように静まりかえる。
周囲には星空が戻ってくる。
「もどかしいですね」大場は呟いた。
「代わってやれたらよかったが、そうもいくまい」番場は大場の肩を叩く。「信じて待つしかないな」
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