第12話 遠い記憶


  彼ノ力ヲ得シ者ハ 真ノ王ト成ル

  魂ノ声ニ従イ 石ノ剣ヲ求メ

  仁ト誠ノ力ヲ 皆ニ示セ

  龍ヲ護シ月ヲ納メ 舟ノ道ニ至レ



「これは?」

 玄信住職が見せてきた古びた文献のとある項目を指さしながら一刀は訊ねる。

 漢文にも見え、読みづらく意味が取れない。

「三行神社での儀式のことを伝えているようだ。木簡に記されていたものを書き写したとされている」

「なんで、神社のことが寺に伝わっているんだ?」

 自分から訊ねたこととはいえ、不思議に思えてくる。

「領主からの命もあったようじゃ。神事を失いたくなかったのだろう」

「他の神社へというのならいざ知らず、寺に伝えてどうするつもりだったんだ?」

 玄信は一刀にも読めるようにと紙に書き写してくれる。それを受け取りながらもう一度訊ねる。

「今ほど昔は神仏、神社と寺院がはっきりと区別されていたわけではないからな」

 簡単に明治政府が出した神仏分離令の話をする玄信だった。

「龍玄寺は領主、国坂家の寄進もあって創建された寺だからな」

「それは知っているよ」

「三行神社は創建当時から国事にも関わっていたと考えられている」

「国事っていうことは、政治に関わっていたってことかよ。いいのか? 預言とか神託、そんなものに国事を預けても」

「そういう時代もあったということだ」

「中央集権国家になる以前ならいざ知らず。鎌倉とか室町時代って力で国を得たりしているイメージだけどな」

「それ以前の時代からだったのかもしれん。日本だけじゃない。中国やヨーロッパでも信仰が国の根幹を支えていた時代もあったからな」

「そもそも王って言い方している時点で武家社会とは違うよな。奈良平安時代以前のような気がしてくる。神託なんて聞くと卑弥呼の邪馬台国を連想してしまう」

「それまでに幾つのもの難局を神託で乗り切ったとされているから、相当、優秀なブレーンがいたのじゃろうな」

「予言なんて曖昧な言い方が多いから、宝くじが当たった程度じゃないのか?」

「どうとでも取れる言い方では、ありがたがる人はいても、ついてくる人はいないだろう。領主を導き国も救っておるようだからな。小国の領主である国坂家が生き残れたのはそのおかげかもしれん」

「戦国時代の真田みたいにうまく立ち回っていただけじゃないのか?」

「そう立ち回れたのも、三行神社のおかげとされている」

「よっぽどだったんだな。そんなに大切なら、分社でもすればよかったんじゃないか?」

「分社はされていたようじゃ。というか、三行神社が分社ではないかという説もある」

「分社なの? じゃあ、本社はどこにあるんだよ」

「国坂家は当屋の里の出身とされている。今の海嶺村のあたりだ。龍神信仰を守るために今のような社を建てたということではなかろうか」

「とうや? かいれい?」

 どこかで聞いたことがあるような気がする一刀だった。

「それに本社はすでに失われているようだ。それ故になくなることをおそれ、儀式を記したものを寺に残そうとしたのやもしれぬ」

「もともとの社が無くなったら意味がないと思うが」

「それだけ神事は重要だったのだろう。うまく民衆をまとめていたようだしな」

「龍神信仰が厚かったってことか。精霊とか出てきそうだな」

「龍も空想の生き物。それに当たるのやもしれぬ。かなり前からこの地に龍神信仰が根付いていたのだろう」

「そんな信仰があるとしたら、仏教が国内に入ってくる以前だろう? 龍やダイケンの話は縄文や弥生の頃の話になってくるんじゃないのか」

「ふむ。確かにそうかもな」玄信は考え込む。「昔、同じことを言っていた人物がおったな」

「オレ達以前にも寺で調べていた人がいたんだな」一刀はふと思い立つ。「もしかして、この人か?」

 スマホを取り出し、彼は玄信に雲乃都の写真を見せた。

「こんな写真、よく持っているな。確かにこの女性だよ」

「番場さんに見せてもらった。雲乃都っていう人だ」

 恵が見つけてきた本の話をする。

「雲乃都? わしが会ったのは四十年くらい前の話で、姓は同じだが、名は違っていたな。確か彩といっていたかな」

「戦前の頃の写真だっていうから、時代が違うな。この人の娘さんじゃないか?」

「そうなりそうだな。しかし良く似ている」

「番場さんは家族がいないって言っていたが、いるじゃないか」

「そのようじゃな。三行神社のことを訊いていたよ。神社にまつわる資料はないかとね」

「あったのか?」

「あれば、今、こんなに苦労はしておらんよ」

 玄信は苦笑いする。

 宇月家の一件以来、気になっていた玄信は寺にそれらしき文献がないか調べてくれていた。

 ありがたい話である。

「確かに。それでその本には他に何が書いてあるんだ?」

 ようやく見つけてきた文献は蔵の隅に埋もれていたものだった。

「『三行の儀』という儀式の事、今の大祭について書かれておるな」

「大祭? それが重要なことだったのか」

「大祭は元々、三行の儀と呼ばれ、三摩地をまとめる長を決めるための儀式であったようだ」

「占いとか祈祷で決めるのか?」

 もしそうだとしたら胡散臭いと一刀は思う。

「神託によって選ばれた者が、祀られた龍神の試しを受けるのだという」

「五年に一度か?」

「期間は決まっていなかったのだろう。大統領とかではないのだからな」玄信は苦笑する。「それは神社のありかたが形骸化してしまったときに、形だけでも神事を残そうとした結果なのだろうと思われる」

「だから豊穣に感謝するためってことにした?」

「それは昔から祈られていたことだ。後継者を決めることだけが無くなってしまったようじゃのう」

「世襲が当たり前だろうし、血のつながりを重要視したり、名を残すことに躍起になったりしているのが世の常だろうからな」

「分岐点があったとしか思えぬ」

「鬼浪が海葉城に攻めてきたっていう事件か?」

「可能性が高いな。この寺ができたのもそのあたりだろうし、封建制の確立してきた時期にもあたる」

「時代とともに変わらなければならなかった?」

「龍の神託は、世襲とは違っていた。民衆の中から徳あるものが選ばれ、正しく力が使われていたとされている」

「忖度なしにか? 法もろくに定まっていない時代によくそんなことができたな」

「長の後ろ盾になっていたとしたら、それだけ龍神への信仰が厚く、信頼もされていたのだろうな」

「神社自体が権力振るっていたっておかしくないのに、凄いじゃないか」

「神社は龍神を守るためにだけ存在したとしか思えぬ。様々な圧力もあったのではないかな。それに信仰の薄れもあるだろう」

「鬼浪の内乱もその表れか。それじゃあ、ダイケンの話はなんだったんだ? 教訓か?」

「そうであれは全体が語られていなければ意味がないのう」

「裏の話も必要になるよな」

「龍のことを忘れさせないようにしたのではないかな」

「ダイケンじゃなくて、龍の事の方が重要だった?」

「そう考えると合点がいくこともある。ダイケンはカタカナで書かれることが多いが、漢字に変換してみろ」

 言われるままに一刀はスマホで入力し変換してみた。

「大剣?」

「神事で一番司に与えられるのが、大剣だ。ダイケンはもしかすると力そのものという意味合いがあるのかもしれぬな」

「龍と龍の力。その力が本当にあったとして、どれほどのものだったんだ?」

「戦から民を守る力。豊穣をもたらす力、としか書かれていない」

「大量殺りく兵器とかは現代でもあるけど、天候までは今の科学力でも無理すぎる」

「まさに超越した力に他ならぬな」

 玄信も苦笑いする。

「だから欲しがるというのも納得できるが、肝心のことが分からないんじゃなぁ」

 両手で頭を掻きむしり、そのまま畳に仰向けになる。

「恵の持つ珠が鍵なんだろうけど……、JESでも分析不能。そこいらにある珠じゃないというだけではなぁ」

「あり得ないものなのだからこそ、信憑性もあるが」

「龍が護りし月、ねぇ……」

 読みやすく書かれた文献の一文を何気なく読む。

「なあ、師範。この言葉って三行神社のある静龍、守護、翔月の町名が一文字ずつ使われているよな。しかも、それぞれの地区に珠が受け継がれている家がある」

「面白い着眼点だ」玄信は感心したように言う。「それぞれの地区にある三重塔は祭事の場じゃからな。舟とは舟石のことかのう。大剣を授かり、三つの珠を納めると龍の力を得ることができ、王となるか。意味も通じてくるか」

「やっぱり、珠は三つとも必要なんだろうな」

「三重塔も三つ。儀の塚の三つ。三という数字には意味があると見える」

「残り二つを探さなければならないんだな……」一刀は腹筋を使い起き上がる。「儀式の事とか、本当に書いていないのか?」

「書いてあったかもしれぬ」

「殿様が、残しておけと命じたのならあるだろう?」

「項目はあっても、そのページが存在していない。何者かによって破られ、持ち去られたようだ」

 玄信は悔しそうに言う。

「秘匿、隠蔽? ……誰が?」

「知られたくなかったか、我がものにしたいと考えるものがいたのやもしれぬ」


「よう、一刀、終わったか?」

 休憩室にはいると出雲が声をかけてくる。

 JESに行くと霧双霞を使っての計測は連日行われていた。

「終わりだよ」

 ようやく平田から解放され、シャワーを浴びてきたところだった。

「じゃあ、ロビーで待っているぞ」

 ジープのカギを人差し指で回しながら、部屋を出ていく。

 トレーニング服から一刀は制服に着替えると出雲の後を追う。

 少しではあるが、霧双霞のことも分かって来た。

 刀は一刀の精神状態に反応していると思われる。

 受付で隔壁が下りて来た時、一刀は周囲を警戒し臨戦状態にあった。それに霧双霞が呼応し、瞬時にエネルギーを発し始めたのではと平田は考えている。

 模擬戦や修練で行っている型を行って見せても、そのエネルギーはなかなか現れてくれない。通常の動きではカウンターの数値がほんの少し上がる程度で、誤差の範囲ではないかと思われるほどである。

 無意識な状態か、追い込まれるような状況でなければ、発揮できないようだ。

 その力はいまだ未知数。

 刀の何がその力を発生させているのか、メカニズムも不明で、平田は頭を抱えるばかりだった。

「忙しいのにいいんですか?」

 キロウの捜査は続いているはずだった。

 陰から密かにという護衛はあきらめていた。出雲は遅くなると彼の愛車で家まで送ってくれる。

「問題なしだ」

 ぶっきらぼうに出雲は答える。

「恵はまだいるのか?」

 シートベルトを締めながら一刀は訊ねる。

「そうだとしても大場が面倒見てくれるさ」

「恵も物好きだなぁ」

 彼女は調査や平田への協力の他にも、時間さえあれば宇宙観測班の部署に顔を出している。

「研究班の一員だな。すっかり連中と馴染んでいるよ。宇宙に関する知識は豊富だと観測班の奴らが喜んでいたな」

「好きだと自分でも公言しているからな」

「今日もお手製のクッキーを差し入れに持ってきていたようだ」

「あいつにそんなことできたのか」

「ずいぶん失礼な奴だな。礼儀正しく良い子じゃないか」

「そりゃあ、あいつは真面目ですからねぇ」

 道場でも熱心に練習していた。

「誰かさんと違って協力的だしな」

「オレは適当だし、ひねくれていますからね」

「そうでもないが」

 口ではなんだかんだ言いながらもJESにまめに顔を出しているし、捜査にも協力している。

「それに、恵とオレとでは同じ知りたいでも、レベルが違いますからね」

「どういう風にだ?」

「オレはこの刀のことは知りたいですが、それはあくまでも個人的な興味からであって、それ以外の何物でもないんだよな」

「ただの好奇心ってやつか」

「そういうことです」出雲の言葉に一刀は素直に頷く。「恵の持っている珠は形見なんですよ。あいつの大好きだった親父さんが、唯一あいつに残していったものなんだ」

 恵に起きた事故のことをかいつまんで一刀は話した。

 宇月家でとり行われた恵の両親の葬儀には一刀も祖父らとともに参列している。抜け殻のような目で両親の遺影を見つめ続けている姿が今も目に焼き付いていた。

「肌身離さず持っているから、何かあるとは思っていたが」

「なんか思うところがあるんでしょうね」

「自責の念ってやつかな。自分だけ生き残ったという」

「そうかもしれませんね。あいつは親父さんからもらったと自慢していました。あの珠がお守りだと聞いていたみたいで、そのことが原因で親父さんが亡くなって、自分だけが助かったと思い込んでいるのかも」

「それは偶然だろう」

「だとしても、恵は親父さんとあの珠を重ねてしまっているのかもしれない」

「何が変わるわけではないんだがな」出雲は呟く。「隊長がスカウトしてきたが、恵ちゃんは、俺からすれば実働班には不向きだと思ったよ」

「線が細いし、見た目は強いって感じはしませんからね。あいつは」

「お前さんのように毎日鍛錬しているわけでもない」

「持ち上げてくれるのは有り難いですが、逆ですよ。あいつの方がオレなんかよりずっと強い」

「隊長が言っていた通り、キロウの刺客をひとりで倒し、捕えているからな。だが、手合わせしたことがあるが、筋はいいが、どうしても強いとは感じなかったな」

「まぐれで勝てるほど、キロウの連中、弱くはありませんよ」

「確かにな」

「恵は本番に強い。本当に。強すぎるくらいだ」

 個人戦では大会に出れば優勝。

 団体戦でも年長の中学生相手でも打ち負かしている。

「練習も真面目ですが、恵は実戦じゃないとスイッチが入らないんじゃないかな」

 実際に大会決勝で戦ったことがあるが、試合開始とともに目つきが変わり、鋭い剣先で打ち込んできた。

「恵ちゃんの実力を見るには、彼女を本気にさせなければならないという訳か」

「手合わせ程度では難しいでしょうね」

「なんだかんだ言って、一刀は恵ちゃんのことを良く見ているな」

「付き合い長いからですからね」

 一刀は苦笑いする。

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