第10話 なぞは謎を呼ぶ
狙われたのは美術館だけではなかった。
同じ時刻に、国坂家の邸宅も襲われている。
キロウの仕業だ。
その様子が防犯カメラに映し出されていた。
黒装束に身を包んだ侵入者は複数で、国宝級の美術品を強奪する。さらにその場に居合わせた家人のみならず使用人までもが殺害されたていたのである。
キロウの犯行は凶暴かつ凶悪化していた。
いや、初めからそうだったのかもしれない。
JESに戻った番場は対応に追われることになる。
警察、行政のみならず、マスコミ関係者にまで連絡を入れ報道規制や依頼を行っている。
追跡中だった出雲から連絡が入った。
美術館で宝物に仕掛けていた小型発信機の電波が途切れたという。
「偽物だとキロウに知られたか、発信機に気づかれたか……」
それとも電波の届く範囲外に出たか、地下に潜ったか……出雲の報告を聞きながら番場は考える。
追跡していた出雲は、市内を南に向かって発信源は移動していたと報告していた。
「あと二十時間は電波を発信し続けるはずだ。引き続きパトロールを頼む」
大場らも市内を巡回し発信機のシグナルを求め走り回っていた。
捕えた大男の手当てが終わり、尋問が始められている。
暴れることなく落ち着いた様子であるというが、彼は名前すら名乗らず、沈黙し続けていた。
「キロウが鬼浪そのものだとしたら、市内に何らかの拠点があるとみるべきだろう」
番場は机の上の南風市内地図を指で叩きながら呟くのだった。
「寝てないとか?」
大きく口を開けあくびをする一刀に恵は訊ねる。
「寝そびれた」
JESに戻ってから朝まで仮眠をとろうとしたが、思った以上に神経が高ぶっていたようだ。横になっても寝つけず朝を迎える。
サボろうかと考えたが、家にバレると後が怖い。
特にじじいのしごきが……。
面倒だったが学校には登校する。
なんとか授業を受けた一刀だったが、授業中に何度も寝てしまっていたのである……。
恵のことは言えないと、一刀は苦笑いする。
昼休みは食堂にもいかず寝てしまうつもりでいたが、恵がクラスまで来て彼を昼食に誘ってくる。
昨夜の事件が気にかかっているのだろうか。
校舎の屋上で二人はベンチに並んで腰を下ろす。
ここはランチスポットなのだろう。一部庭園化された屋上はこの時間、開放されていて、多くの生徒が芝の上で弁当を広げたりしながら談笑している。
秋の空は天高く澄みわたり、屋上に吹く風は穏やかだ。
校舎屋上からの眺めも良く、東側に広がる住宅街の向こうには時野のオフィスビル街をフェンス越しに見ることができる。
一刀は学食派なので、屋上での昼食は初めてだ。
今、一刀が食べている焼きそばパンは恵が購買部で買ってきたものだった。
「昨夜は大変だったみたいね」ねぎらうように彼女は言葉をかけた。「今朝のニュースで美術館の倉庫爆発事故や国坂の家の強盗事件の話が流れていたわ」
「事故と強盗ねぇ……まあ本当のことは言えないよな」
亡くなった人たちの名は公表されていたが、爆弾や惨殺の様子など血なまぐさく凶悪すぎた。
今頃真相についてはワイドショーのネタになっているかもしれない。
「どうだった?」
恵は顔を近づけてきた。一刀の顔を覗き込むように訊ねてくる。
見慣れたしぐさが懐かしかった。
小学生のクラブ対抗団体勝ち抜き戦で一刀は常に先鋒を任されていた。恵は次鋒か中堅だった。
チームに戻ってくると恵はいつも一刀に相手の太刀筋とかを訊ねてきたのである。
息が切れていようが、汗だくでもお構いなしだった。
「刀使いは普通に強かった。思った以上に」
一刀は太刀筋を淡々と説明した。
恵の訊きたかったこととは違っているかもしれないが。
「特注の木刀じゃなかったらヤバかったな」
「やっぱり一刀クンは強いね。私なら無理かな」
「お前の方が大丈夫だろう」本番に強いのは変わっていないはずだ。
あの時、龍玄寺で見せた向こうっ気の強さは相変わらずだ。
「どこかで息継ぎしなければおかしいはずなのに、無限に切りつけてくるなんて反則だろう」
「そんな戦い方、できないよね?」
「流派は分からなかった。ただ、片手で切り付けてきたから小太刀も使った二刀流の可能性もあるな。それにしてもあの太刀筋はおかしい。視線もどこを追っているのか分からなかった」
刀使いは一刀を見ていなかった。
「狂気じみている?」
「近いかもしれない」
「槍使いもいたよね?」
「あの大男は番場さんが倒した。拳で」
「凄い」恵は目を見張る。
「空手でもやっているのかと訊いたら、特に習ったことがないってさ」
「我流なんだ」
「人間じゃないな」
口いっぱいに彼はパンをほおばる。
恵もそれに合わせメロンパンを食べ、パックのいちご牛乳を飲んだ。
「鬼浪って、何なんだろうな」
口の中のものを飲み込むと一刀は呟く。
「一刀クン、本は読んだ?」
「あ~、途中だ」
『風上町の伝承と文化』は論文形式な文体だけに読みづらかった。まだ半分も進んでいない。
あくびをしながら一刀は答える。
まだ眠そうだった。
「今までダイケンの話はお伽話とか英雄物語くらいにしか思っていなかった」
「桃太郎みたいな?」恵は訊く。
「そう、そんな感じ。悪者こらしめて、お宝ゲットや、お姫様救ってめでたしみたいな」
「鬼や妖怪も出てくる展開もあるんだよね」
絵本では創作もかなり入っているものがあった。
「本来の話は、若者が自分の土地や家族を守る話で、戦の中で王として成長していく物語だったはずだ」苦笑いする一刀だった。「それが実際には内乱が起きて最後は同族殺し。自らも滅してしまう」
「あの本では、鬼浪の話は本当にあったこととして書かれているんだよね」
「龍、云々は創作だろうと思っていたが」
「本当だよ」胸元に手を当て恵は少し語気を強める。
「龍がどんな形のものなのか分からないけどな」
「鬼浪は知っているのかな?」
「何も分からない状況で狙ってくるのは、ギャンブルみたいなものだろう。おおよその見当くらいはつけているんじゃないか?」
「やっぱり兵器なのかな」
「あの時代のものなら、現代じゃ役に立たないだろう」
「代々伝えられてきた私たちも知らなかったのに……」
「知らないほうがいいこともあるさ。爆弾を後生大事に守っているようなもんじゃないか」
「それは嫌かも……」
「だろう? 鎌倉時代、生き延びた鬼浪一族は自分たちの土地を取り戻そうとした」
「それが天地仁左の活躍により願いはかなわず終わる」恵は続ける。「彼らは現代に再興をかけて再びよみがえった……」
「そんな流れかな。鬼浪はダイケンによって滅んだはずなのにな」
「隠し子がいたとか? それとも分家とか、血筋が残っていた」
「今の流れから考えると、今回の事件を起こしているのは内乱を起こした側の奴らなんだろうな。権力や力が欲しいっていうことはさ」
「国坂家を襲ったのも復讐かな?」
「そう考えるのが、妥当かなぁ」
「私の家もそうなる可能性があったのかな」
「恵の爺さんが強かったからなのか、それとも見くびっていたか。天地絡みだとしたら、オレのところも危ないかな。師範の話だと同じ家臣団だったんだろうからな」
じじいに用心したほうがいいと言っておいた方がいいかもしれない。
「筋違いじゃないのかな」恵は眉をひそめる。「因縁のあったあの頃の人間なんて誰も生きてなんかいないのに」
過去の亡霊に取りつかれているだけだ。
恵は持ってきていた『海葉城の攻防』を一刀に渡す。
「もう読み終わったのか? どんな感じだ?」
「面白かったよ。ファンタジーみたい。天地仁左が妖術使いに見えてきた」
「土着ファンタジーかよ。それじゃあ参考になりそうにもないな」
「そうかも」恵は苦笑する。「妖術、秘術を使い鬼浪からお殿様やお姫様を守ってしまうの」
「何者だよ、仁左って?」
「武士であり軍師、博識で医者でもある人」
「仁左さんマルチすぎるだろう」
「天才だったんだよ。刀一本で敵の奇襲からみんなを守り、避難させるところなんか凄かったよ。奇策を用いて城を取り戻すところもワクワクした」
「超天才だったとして、なんでそんなエリートが知られていないんだ? おかしいだろう」
「天地仁左が活躍したのはほんの少しの間だったみたい。四十すぎくらいの年齢の時に、突如城下に現れて、十年くらいで野に下ったみたい」
「平和な時代でもなかったはずなのに、よくそんなこと許したな」
「在野でも、殿様の手助けはしていたみたいに書かれているよ」
「だから県内至る所に伝説が残っていたりするのかな」
「そうだって書いてある。すごく慕われていたって」
「伝承はいいとして、なんで無名だったか本当に分からないな」
「私だったら自慢しちゃいそう」
「普通そうだよな。それに誰かが伝えていてもよさそうだ。発明だけでなく刀も造っているんだ。技術を伝えたりとかしていてもおかしくないはずなのに」
「危険だから隠した?」
「核爆弾級かよ」一刀は鼻を鳴らす。
「本では、無用の争いを避けるために身を隠したっていう話も書かれている。当屋の隠里で発明を続けたというエピローグになっているの」
「そんな伝承あるのか?」
「検索してみたら磯崎半島に、それらしい集落と伝承があったよ」
「磯崎半島……どこかで話に出てきたような」
首を傾げる一刀。
「鬼浪が攻めてきたのは自分たちの国を取り戻すため。もし鬼浪が海葉城の殿様になっていたら国坂家は簒奪者になってしまうのかな」
「歴史上、そんな書かれ方していただろうな」歴史は勝者の側から書かれている。「殿様はダイケンから国を託されただけなのにな」
「でも鬼浪が正当な継承者だと言っても信じてもらえなかっただろうしね」
「七百年前に失敗してんだから、そのままあきらめてくれればいいのにな」
「何百年もそれが脈々と受け継がれてきたなんて、怖いよ」
「子々孫々に怨念を受け継がせるなんて、異常すぎるだろう。今頃現れたって鬼浪の主張する国自体がなくなっているんだ。あきらめろよ」
恵もそれには同意する。
二人は話し続けていた。気が付くと予鈴が鳴っているのだった。
「朧、おまえ二組の宇月と付き合っているのか?」
にやにや笑いながらクライメイトが一刀の肩を叩き話しかけてきた。
「恵と?」
「呼び捨てかよ。昼休み一緒に飯を食っていたんだろう?」
「それだけで?」
「仲良さ気だったそうじゃないか。あいつ、中学の頃から人気あったんだぜ。面倒見がいいし、それに美人だ」
「美人?」
言われてみれば整った顔立ちではある。
恵といえば竹刀を握り果敢に挑んでくる姿や元気に龍玄寺の石段や周囲を駆け回る様子しか浮かんでこない。
「恵とは同じ道場で、小学校が一緒だっただけだ」
「幼馴染じゃないか。毎朝起こしに来てくれるのか?」
「ゲームのしすぎだ」
「じゃあなんなんだ?」
「そうだな」数瞬考え。「しいて言えば、ライバル?」
「おたがい殴り合って、親しくなるってやつか」
「くだらね」
一刀は鞄を持つと教室を後にする。
放課後、恵と一刀は示し合わせたようにJESに来ていた。
二人は番場の執務室へとはいる。
「さて、恵さんから依頼された件だが」
通信の終わった番場が二人に声をかけてくる。
「何か分かりました?」
「本の著者、雲乃都の事だが、すでに亡くなられているな」
「残念」と一刀。
「戦前旧帝大、今の由喜多大学で歴史学を学び院にまで行っているね、この人は」
「教授とか?」
「学位までは取得していない。戦争が始まる前まで大学に残り、その本を執筆していたようだ。著作はその二冊だけ、他に論文とかもなかったようだ。風上町の郷土史には特に力を入れて研究していたようで、詳しかったという話だ。その後は実家に戻ったとされている」
大学に研究資料は残していない。番場はそこから得た雲乃都の写真を二枚見せてくれる。
一枚は研究室の集合写真。そしてもう一枚は在学中のもので研究中の姿を写したものだった。
「きれい!」
白黒写真だったが、日本人形を思わせる黒髪と落ち着いた表情が印象的だった。
「どこか浮世離れしている感じがする」
一刀に恵も同意する。「なんか次元が違う」
集合写真でも雲乃都はすぐに見つけることができた。
存在感がある。
「この人なんだが」番場は写真を指さしながら、「写真にそっくりな人を俺は見た気がするんだ」
「いつ?」「どこで?」
二人は同時に訊ねる。
「この前、三行神社に調査に行った時に、境内で見かけた気がするんだ」
「三行神社で? こんな人がいたら、私、絶対に覚えていると思う」
恵が首を傾げる。
神社の境内は小さい頃からの遊び塲である。
お参りもしている。七五三だって三行神社だった。
祖父のお供で、本殿の中にまで拝礼したこともある。
「雲乃都の娘さんでは若すぎるか……孫とか血縁者かな」
「そうかもしれないが、神社に住んでいるのは宮司だけなはずだ」
「じゃあ、宮司の奥さん?」
「和住宮司は七十歳超えている人よ、一刀クン」
「バイトの巫女さんとか?」
「五人ほどいるが、すべてアルバイトだ。JESで身元は洗っている。出入りしているものに雲乃姓の該当者はいない」
「雲乃都って本名なのか? ペンネームとかではなくて?」
「大学でもその名前だったから、本名で間違いないだろう」
「たまたま居合わせたとしても、気になりますね」恵は少し考えこむ。「雲乃都さんは、家族とかいなかったんですか?」
「そこなんだが……」歯切れがよくない。
「何かあるんですか?」
「家族はいない。戸籍自体失われているんだ」番場は続ける。「そして雲乃都の住まいがあったとされる住所は、三行神社だ」
大学に残されていた資料に記載されていたのは守護一番地。三行神社の所在地だった。
「どういうことだよ? 三行神社に雲乃都本人か、その家族が暮らしていたってことか?」
「不明だ」
調査は継続中だという。
「私、三行神社に行ってみようかな」
恵は呟いた。
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