第8話 文献と小説と
頭を軽く叩かれて、恵は目が覚める。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「こんなところで寝るな」
眠気眼で顔を上げると、一刀が右横に立っている。
「なんで一刀クンがここにいるの?」
恵は市民図書館に来ていた。
南風市民図書館の蔵書量は大学の図書館にも匹敵する。今回は地元のことや鬼浪、天地仁左の資料がないかと来館していたのである。
「こっちが聞きたい。夜更かしでもしていたか?」
「うん」普段なら天体観測だったが、昨日は「家の蔵を見てみたの」
「そこは大丈夫だったのか?」
「一番荒らされてた。その片付けもかねて」
キロウに襲撃された恵の家、宇月家は今、JESが入って修繕が行われている。そのためJESの警備システムも導入されていた。
「そいつは大変だな。なんか蔵で見つかったか?」
その問いに恵は首を横に振る。
「一刀クンはどうして図書館に?」
「たぶん、恵と同じ理由」
「そっか、お互い大変だね」恵は微笑む。「どうせなら、優しく起こしてくれるとか、上着でもかけて寝かせてくれるとかしてくれればいいのに」
「寝顔なんか見ててもしゃあない。そういうのは大場さんにでも頼め」
「大場さんに?」
「来ているんだろう?」わざとらしく一刀は辺りを見回す。「それよりも、なんか目ぼしい本あったか? 天地仁左のことも知りたくて来たが、本なんてどこに何があるかなんてまるっきり分かんないときた」
「そうだね。一刀クンは普段図書館なんて利用しないでしょう?」
「自慢じゃないが、学校の図書室すら行かないよ」
「私は星や宇宙の本を借りによく来ている」
本のリクエストもしていて、司書とも仲がいいらしい。
「なるほどね。しかし、居眠りってのはな」
恵はその言葉に顔を赤らめる。少しは恥ずかしいと思っているようだ。
学校で眠り姫と恵がいわれている話を一刀は聞いたことがある。授業中よく居眠りをしているため付いたあだ名だという。
それが天体観測に興じているためだと知った。本人は成績が良くないとか言っているが、詰まるところ趣味に没頭しすぎているせいではないかと一刀は考える。
決して頭が悪いわけではないような気がした。
「オレも刀のこと何か分からないかとじじいに訊いてみたんだが、霧双霞のことも天地仁左のことも分からないときている。龍玄寺に行ってもいいが、その前に自分でも調べてみようと思ってな」
「そうしないと、玄信師範に怒られそうだものね」
「ありえる。家にも文書があるけれど、読めねぇし」
一刀は苦笑する。
「崩し文字は私も読めなかった」
だから図書館に来たという。
「JESでも調べてくれているかもしれないがな」
「なんでもかんでも知っているとはかぎらないものね。それに私気付いたんだ。郷土のことも地域のことも、何も知らないんだなって」
「身近過ぎて、逆に知ろうともしないし、気が付かないことが多すぎるんだよな」
「見知らぬ土地の人に教えられたりするんだよね」
「それで、なんかいいものが見つかったか?」
一刀は隣の椅子に腰を下ろす。
大場は本棚の陰から本を探しているふりをしながら、恵の様子をうかがっていた。
彼女は何冊か本を棚から取って席に着く。
読み始めてしばらくすると、居眠りを始めてしまった。そのまま閉館まで寝ていそうな勢いに、大場は頃合いを見て起こした方がいいかと思い始めるのだった。
背後に現れた突然の気配に彼は振り向きながら拳を振るう。
「良い勘している」
拳は相手の腕に受け流された。
そこにいたのはJES実動部隊の同僚、出雲志郎だった。
「出雲がいるっていうことは、一刀も来ているわけか」
声を潜め、大場は出雲に訊ねる。
「そういう事」
二人はそれぞれ一刀と恵の護衛を担当していた。
キロウの襲撃に備えるためだった。
「龍玄寺の一件以来、キロウの目立った動きはないようだ。大場の方はどうだ」
「今のところ問題はない。まあ、恵ちゃんには護衛がすぐにバレてしまっているけれどな」
「大場もか」
「も、って……出雲も気付かれたってことか。本当に二人とも良い勘しているよ」
「そうだな。番場さんが目を付けただけはある」
「ぼく達もうかうかしていられないな」
「司書さんに薦められたのがこの本」
恵は古めかしい表紙の本を見せてくれた。
「『風上町の伝承と文化』……風上町ってどこの町のことだ?」
「小学校の時に習ったじゃない。南原町と風上町が合併して南風町になったって」
一九五〇年のことだった。その後町は発展し、市となる。
「そういうのあったな」
「私や一刀クンの住んでいる辺りが旧風上町だね」
南北に走る地下鉄南風若葉線を境にして東側にあたる地域がそれにあたる。元々は海葉城を中心とした城下町であったとされていた。
「海葉城の歴史や城下のことから、町の形成とそれぞれの町内のいわれとかが詳しく書いてあるの。なんか実際に見てきたような感じがするくらい事細かに書いてあって面白いよ」
「途中で寝てしまったのにか?」
「それは言わないで……、それから天地仁左のことも書かれているみたい」
そこに行きつく前に寝てしまっている。
「オレも読んでみた方がいいか」
「あとは伝承や伝説のことも」
「例えば?」
「空地沼。あそこに龍が降り立ったという伝説があるみたい」
「三摩地じゃないのか?」
「空地と三摩地、二つの説があるって。空から何かが降って来たっていうことは、もしかして隕石が落ちてきて出来たのも知れないよね。それが龍が下りてきたみたいに見えたとか。底の方に隕石があったらおもしろいよね」
ロマンだと恵は言う。
「ツングースカかよ」
「あとね、龍玄寺の石段のわきの方に古井戸があるでしょう?」
「ああ、右手の奥にある幽霊井戸な。昔は共同の井戸だったなんて言われているけれど、ただの枯れ井戸だろう?」
「深いから落ちると危険って、今は石蓋がされているけれど、あれって海葉城につながる抜け穴だったんだって」
「そういえば、昔、じじいからそんな話聞いたことあったな。本当なのか?」
「この本では一度だけその井戸が使われた時のことが書かれているの。そこで鬼浪の名前が出てきたわ」
「あのキロウか?」
「お伽話と同一なのかは分からないけれど、鬼浪と名乗る集団が現れ、夜襲をおこない城を奪ったんだって。城の人々は抜け穴を使って難を逃れ、龍玄寺にいったん避難したっていうお話。そこから今度は殿様たちが龍玄寺の僧兵と協力して鬼浪を倒して城を奪還っていう展開みたい」
「本当にあった話なのか? 城跡公園から龍玄寺だと距離がありすぎるだろう」
城の裏手への抜け穴ならいざ知らず当時そんな長い地下通路を作れる技術があったとは思えない。
「どうやってそんな距離を掘ったかは書かれていないわ。龍玄寺に文書とか残っていないかな? この地の正当な後継者であると名乗っていたというのが本当だとしたら、鬼浪は滅んでいなかったということになるし」
「伝承を持ちだした出任せかもしれない。口では何とでも言える」
「そうだとしても、引っかかるよね。この本ではそこで天地仁左の名前が出てくるの。天地の機転で危機を脱し、彼の力によって城を取り戻したことになっているわ」
「軍師なのか? 天地仁左って何者なんだ?」
「生まれは不明みたい。こっちの伝奇小説では天才発明家、からくり仁左って書かれていているよ、一刀クン」
「伝奇?」
「これも司書さんのお薦め」
恵は『海葉城の攻防』とかかれた本を一刀に見せる。
「誰が書いたんだ?」
「え~と、雲乃都……、風上町の本を書いた人と同じだよ。一刀クン」
「その人に聞けば刀のことも分かるかもな」
「でも、プロフィールには一九一四年生まれってなっているよ」
「生きていても百超えているな……」
「し、資料くらい残っているかも」
「JESで雲乃都って人のこと、調べてもらおうか。なんか分かるかもしれない」
一刀は立ち上がる。
「じゃあ大場さんに声かけてくるね」
恵は本を借りていくことを忘れなかった。
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