第6話 平和を守る力だ
「やっぱり一刀クンも来たんだね」
恵は安心した表情で一刀を見る。
二人は待ち合わせたわけではなかったが、地下鉄時野駅前のバスプールで顔を合わせていた。
番場はすぐに答えを二人には求めなかった。
一晩考えて、その意思があるのなら来てほしい、と言い残し龍玄寺を後にする。
その後一刀は稽古をつけようとする玄信を振り切り龍玄寺から脱出し、恵は聴取を終えた祖父と合流すると自宅へと戻っていた。
「まあ、あんな話を聞かされるとな」
面倒くさそうに一刀は頭をかく。
「信じたくなった?」
「番場さん、胡散臭すぎるだろう」
「でも、格好良かったよ」
「ああいうのが、いいのか?」
「お父さんの方が格好良かったし、素敵かな」
「お前、やっぱりファザコンだな」
「そうかなぁ」少し考える恵。「そうかもしれない」
「あれはあやしすぎだろう。いちいち決めポーズとるし、恥ずかしくないのかねぇ」
「一刀クンは、番場さん、嫌い?」
「好きではないな。まあ、強いのは認めるが」
「パンチ一発で倒しちゃうし、あの跳躍はね」
「人類超えてるぞ」オリンピックなら断トツで金メダルだ。
「そうだね。どんな鍛え方したら、あそこまでできるんだろう?」
「人の力は無限大だとか、出来て当然だって、あの人なら恰好つけて言うだろうな。ヒーローなら当たり前だろうとかなんとか言って」
あんなことがあって、唐突な話を聞かされた割に、今の恵は元気そうに見えたので、一刀は少し安心した。
JESは南風市時野三丁目にあり、近くには市役所や警察署、大病院の建物もある。
社屋は三階建てのビルで敷地は広い。通りからも撮影用のスタジオらしき建物を見ることができる。
「何の会社だろうと思っていたら、映像関連だったんだね」
「表向きは、だろう」
「地下から何か出てくるのかな?」
「お前、そういう番組、好きなのか?」
「お父さんが好きで、よく一緒に見ていたよ。だから嫌いじゃない」
ヒーローの決めポーズを演じてくれたという。
「そんなのが出てきたら、みんな気づくだろう。カモフラージュの意味がねぇ」
怪獣や巨大ロボットが出てくるような世界ではない、はずだ……。
「そうだよね」口を開けて恵は笑った。
正面入口の自動ドアが開く。
スマホの時計を見ると指定された時間ピッタリだった。
一刀は手にした刀の入った包みを強く握りしめ、扉の向こう側をうかがう。
「あの~」ロビーに入ると受付の女性に恵は話しかけた。「番場さんに、」
言い終える前に、突然警報が鳴り響き、受付嬢が壁の向こう側に消えた。
天井から鉄の壁が降ってくる。
一刀と恵は四方を分厚い壁に囲まれてしまうのだった。
「な、なんなの」
「罠かよ!」
一刀は叫んだ。
「すまなかったね」
番場は笑顔のまま二人に謝罪する。
恵は警告音がまだ耳に残っているような気がするのだった。
体感時間はもっと長かったような気がしたが、五分ほどで囲いの中から解放されていた。
「異常なエネルギー反応があったと、警備部では言っていたよ」
爆発しても最小限の被害にとどめるように防御隔壁が下りたとのだいう。
「一刀クン、モデルガン持ってきたの?」
「持ってきてねぇし、そんなんで反応するのか?」
「エアガンでは、反応しないね」番場は頷く。「銃を所持していたら入口のセンサーが反応して、ロビーに入ることすらできないようになっている」
セキュリティは万全だと番場は言う。
「刃物はいいのか?」と一刀。
「それぐらいなら、受付で何とでもする」
「エアガンじゃないとすると?」
「一刀君の手にある刀さ」
番場は一刀が手にしていたものを指さす。
「これに?」
「釣りの道具じゃなかったんだ」
「そんな趣味ねぇよ!」一刀は呆れ顔で恵を見る。「というか、お前の中のオレのイメージってどんなんだよ?」
「一刀クンは一刀クンだよ」
恵は朗らかに笑った。一刀は腰が砕けそうになる。
「ここに来るのに何でそんなもの持ってくるんだよ」
「そうだよね。だから不思議だったんだ」
「それにしても異常エネルギーって、これはただの日本刀であって、ライトセーバーなんかじゃないんだぞ」
「本当にそうなら、平田さんが調べたがっていたよ。それに持ってきてくれるとは思わなかった」
「持って来いって言われりゃ、普通、持ってくるだろう」
「うん。そうだね。嬉しいねぇ」
番場は本当に喜んでいた。
二人は番場の執務室に招かれる。
「来てくれたということは、前向きに考えてもらえたと思ってもいいのだろうか?」
恵にはその気があった。一刀はというと渋々といった感じで頷く。
「それが嫌でしたら、我々が責任をもって解決にあたります」
「知りたいです。この珠のことを」
「結果は報告しますよ」
「それはありがたいし、楽そうだけど」一刀はため息交じりだった。「何が起きているのか、全然分からないのはやっぱり落ち着かない。キロウへの餌か囮にでもされているような気分だ」
「囮に使う気など毛頭ありません。リスクが高すぎる。一般人を危険にさらすわけにはいきませんからね。ただ珠も刀もお預かりできないのなら、そのような対策しか取れませんが」
「見えない影を気にしながら暮らすのも嫌なんでね」
「そういうことです」恵も同意する。
「自ら調査、対処したいということであれば、協力は惜しみません。JESはあなた方を歓迎します」
「わがままを言ってすいません」
「そんなことはない。活躍を期待ていします」番場は嬉しそうに微笑む。「ただし、高校生ということですので、学業優先で活動してもらうことになりますが」
番場は二人にカードを手渡す。
顔写真入りのパスである。
「ずいぶん用意がいいですね」
「来てくれるのは分かっていましたから、すぐに用意させました。あなたたちは即戦力としても申し分ない経歴の持ち主ですからね。ぜひスカウトしたかった」
「すぐに実践投入かよ」
「キロウの一件は、穏便にとはいかないでしょう」
「問答無用でしたからね」
「それにしてもオレ達のこと、どこまで調べてんだ?」
「経歴だけではありません。これまでの成績からその年の健康診断の結果まで、あらゆることを精査しています」
「うそだろう」
「現在、二人は十六歳。幼い頃からともに龍玄寺で剣道を習い小学校も一緒でした。中学は地区の関係で別々の学区で学び、この春に南風学園高等部に入学。クラスこそ違いますが、同じ高校に通っている」一呼吸入れると恵を見て話を続ける。「宇月恵さんは、武術家宇月光馬氏のお孫さんで小学四年生から県の剣道大会で三連覇を果たしている。今は天文部ということですが、光馬氏から組手や剣術の手ほどきを受けています。棒術が得意でしたね?」
確認された恵はただ頷くことしか出来なかった。
「スリーサイズまで知られていそう……」
「一刀君は、朧流の継承者。江戸の頃に確立され今も続く流派で、元服に相当する年齢で代々伝わる霧双霞、家宝ともいえる刀を受け継ぐ。中総体では一年生ながら個人戦で全国大会優勝。現在、部には所属せず実家で祖父の教えを受け修行中」
番場は何も見ず恵と一刀のことについて語っていく。
「そういうこと」一刀は頷く。「心得はある」
その答えに笑みを漏らし、番場も頷く。
「JESの一員として、これから様々な事件の解決にあたってもらうことになるでしょう。期待しています」
現役高校生は貴重だと番場は言う。
「キロウのことだけじゃないんですか?」
「敵はキロウだけじゃないからね」
番場の話に一刀はあからさまに嫌な顔をする。
「敵って、そんなにホイホイ出てくるものなのか?」
「毎週というわけではありませんが、います。大小さまざまな組織があり、その対処のために我々は活動している」
「信じられない」
「やめますか、一刀君?」
「キロウのことは何とかしたい」
「JESでは私の指揮下に入ってもらうことになります。当面はキロウ専属ですが、なにせ人手が足りません。必要な時には他の作戦にも参加してもらうことになるでしょう」
「仕方ない」
一刀はため息をつく。
「準隊員ということで給与も支給されます。もちろん手当もね」番場は微笑む。
「どれくらい?」
「名目上はアルバイト代になりますが、望遠鏡くらい軽く買えますよ。恵さん」
「本当ですか?」
「どれだけ危険なんだよ」
「それは君たち次第です」
「りょーかい」
一刀は肩をすくめる。
「カードはJESの一員であることの証明です。このビルや各セクションへの入退出のみならず、あらゆることに使えます」
「黄門様の印籠みたいな?」
「お店の割引にも使えますか?」
恵は冗談めかして聞いてみた。
「警察と同等以上の権限があります。会員割引やポイントなどはありませんが、隣にあるJES指定病院は無料で受診できますよ」JESの隣に建つ総合病院を親指で指し、番場は微笑む。「それと武器携帯などの許可証にもなります。一刀君。刀だけではありません。銃の携帯もできますよ」
「支給してくれるんですか?」
「カスタマイズもできます」
「本物は撃ったことがないから、やめときます」アッサリと一刀は答えた。
「坂本龍馬みたいでいいではありませんか」
「使えるんなら、慣れた刀の方がいい」
「恵さんはどうですか?」
「棍棒は携帯に不向きですが、私も銃はいいです」
祖父からは組手も教え込まれていた。
「では、携帯できる棍棒を手配しましょう」
「どうやって?」
「三節棍のような形状であれば問題ないでしょう」
技術研究部門は何でもできると番場は笑った。
JESは地上部分だけではなく地下三十一階まで施設がある。
ミサイル攻撃位ではびくともしない構造だった。
特殊車両やヘリコプターまで用意され緊急事態に備えている。
二人はエレベーターで地下へと下りる。
地下施設への入り口は緊急用も含め数ヶ所ある。一般用のエレベーターでは生体認証と隊員カードによって地下へのボタンが現れる仕組みになっていた。
研究部門がある階層へ出ると、研究室へ案内され、そこで技術主任平田英雄に紹介される。
温厚そうな顔つきで三十代後半から四十代前半くらいの年齢だと思われる。白衣がよく似合う紳士だった。
平田は早速、宝珠と霧双霞の分析にあたる。
恵や一刀の立会いの下、施設のあらゆる機器を動員し、様々な角度から科学的検証を行っていく。
一刀に至ってはとある実験室に入り、朧流の型を披露することになってしまう。カメラ、電子機器の前で抜刀術を披露したのである。
番場が相手を務めようとする一幕もあったが、それは一刀自身が断る。
結果が出るまで、二人は基地の中を案内してもらうことになった。
JESは大きく実動部隊と研究調査開発部門とに分かれ、その下に様々なセクションがある。
地上、地下すべてのJES施設を案内してくれるのだった。
「大場さんはどのセクションに属されているのですか?」
案内役の大場吾郎に恵は訊ねる。
「ぼくも番場さんと同じで現場担当ですよ」
他に諜報を主に行うセクションや特殊車両やヘリ、航空機を扱う人たちがいた。
「本当に現場担当って、言っているんだ」
「実戦部隊とか特殊部隊なんて言えませんからね」
「普段は何をしているんですか?」
「主にパトロールかな」
普段はカメラマンとして外回りをしているという。
「いったい何人ここにいるんだ?」
「ぼくもそれは分からない。なにせ君たちみたいにこうして急遽、入隊してくるものもいれば、事件に合わせて転属もある。情報関係の人たちはぼくらにも秘密になっていたりする。自分のセクションだけは何とか把握できるくらいかな」
外部の協力者を含めると意外と数は多いようだと大場は説明してくれた。
「今はキロウの調査を担当している」
「じゃあ、私たちは後輩になりますね。お世話になります」恵は頭を下げる。「いろいろと教えてください」
「任せておけ。隊長ほどじゃないが、ぼくも鍛えている」
「もしかして、師範の相手って?」
「玄信師範にはお世話になっているよ。まだまだかないそうにもない」
「そういえば隊長って誰なんだ?」
「番場さんだよ。行動隊長とも呼ばれている」
「リーダーなんですね」
「隊長は強いよ」
「知っています」
二人は頷く。
「サイボーグじゃないかって、医療救急班からは言われているよ」
大場は笑いながら話した。
「番場さんならそうであってもおかしくないですね」
大場の話す番場の逸話を聞くにつれ、信じたくなる恵だった。
「本人は否定しているが、信じている隊員もいるくらいだ」
地下深くにはJESの心臓部ともいえる巨大なコンピューターが設置されている。
世界でもトップテンに入ると言われる南風大学のスパコンに匹敵するレベルであるという。
衛星とリンクして、周辺に異常がないかを常に監視している。
「宇宙に関連した部署もあるんですか?」
大場の説明に恵が食いついてくる。
「あるよ。香里にある若葉山の頂付近にパラボラが展開しているだろう」
「あれって南風大のものじゃなかったんですか?」驚く恵。
「名目上、大学とJES共同ということになっている」
「ただの制作会社が出資っておかしくないですか?」突っ込まずにはいれない一刀だった。
「向こうは国か自衛隊だと思っているんじゃないかな」大場は笑う。「あれで空のみならず宇宙も監視している」
「何のために?」
「それは外敵からに決まっているだろう」
「本当にいるの?」
「ぼくらは当たったことがないけれど、他国では事例もあるらしい」
「もはやSF通り越して、別次元の話だろう」
一刀は顔をしかめる。
「他にもあるんですか?」
「屋上に天体望遠鏡もあるよ」
「本当ですか、見せてもらえますか?」
「大丈夫じゃないかな」
大口径の望遠鏡があると知ると、恵は飛び上がらんばかりに喜ぶのだった。
「私、このままJESに就職しちゃおうかな」
「おいおい。そんな安直に決めていいのかよ」
「一刀クン、ここに大きな天文台や大学、宇宙開発機構に匹敵する施設があるんだよ。それを逃す手はないと思わない?」
「恵ちゃんは情報班ではなく、実動班なんだけど……まあ、番場隊長に相談してみると良い。何もないときであれば、研究施設に入っても問題はないだろうね」
その言葉に恵は瞳を輝かす。
「隊長にって言うけれど、番場さんにそんな権限あるのか?」
一刀は訊ねる。
名刺には何も肩書がなかったことが気になっていた。
「番場さんは、JES由喜多支部の支部長なんだよ」
一番偉い人だと、大場は言う。
「支店長じゃん! なんでそんな人がほいほい外に出ているの?」
「事務方が有能だからね」大場は苦笑する。「前に出て自ら戦うことが好きなんだよ」
「だから行動隊長?」
「どちらも、見当がつかないものだ」
平田は頭を抱え、これまでの見解を述べる。
「どういうことですか?」と恵。
「宝珠に関しては、まったくの未知の物質です」
長い間、受け継がれてきたはずなのに表面には傷ひとつない。
構成物質が分からないため製造方法も分からないという。
「何とか表面を削ってみて、それらを調べてみたいが」
平田は恵を見るが、それは拒否された。
「自然にできたものとは思えない。考えうる検査機器をあてて調べてみたが反応はなかった。天然のガラスとも石英とも違う」肩を落とす平田だった。「オーパーツだ。数百年前のものだというのが信じられない」
「これが当時からのものであれば、宇月の系譜は室町のころまでさかのぼることができますよ」
「古い家柄だとは思っていたが、凄いな。うちは江戸の頃からだぞ」
一刀は呆れる。
城南の城跡公園にあったとされる海葉城の城主でこの一帯を治めていた国坂家にどちらも仕えていたとされている。
「オレの霧双霞はどうなんですか? 高いエネルギー反応があったって言っていたけど」
「通常の状態であれば、刀からは何も検出されなかった」
「どういうこと?」
「材質も一般的な日本刀と同じものだった」
「じゃあ、誤反応?」
「そうでもない。君の剣技を見せてもらったとき、反応は確かにあった。しかし、その時だけだった。わたしや他のものが触れたときは何も検出されていない。刃の部分だけでなく柄なども精査してみたが年代物であること以外、分からなかった」
まったく謎だと平田は言う。
「その反応があったエネルギーとやらが、人に影響を及ぼすということは?」
番場が訊ねる。
「君の家系に何か異常があったという話はあるかな?」
「特にないよ」一刀は首を横に振る。「じじいもオヤジも至って健康」
「なら、今のところ問題はないだろう」
「やはり使い手に何かあるとみるべきか」平田は考え込む。
「朧家の血筋が絡んでくるとかかな。使い手に反応するということは」
「そういうこともあるかもしれない。これからも協力を頼むよ」
そのひと言から一刀は急遽、血液検査なども行われるのだった。
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