第5話 甦りしものは
「現場を担当している番場です」
彼は龍玄寺住職の家に招かれると、玄信だけでなく、恵と一刀にも名刺を渡していく。
「え~と……映像制作…会社 『JES』の『番場明』さん?」
名刺と番場の顔を交互に見て、訊ねる。
「よろしく」
彼はカメラ目線で笑顔を向けてくる。
背広姿であれば爽やかな営業マンに見えたかもしれない。
「映像制作会社の人が何用?」
一刀は胡散臭げに名刺を見つめ訊ねる。
あの登場の仕方や動きを見ていると場慣れした役者かスタントマンといったところかもしれないが、現場担当って何だ? 名刺に肩書はない。
番場が本名なのかすら怪しくなってくる。
「以前、取材という用向きで、訪ねて来られたことがあったね」
玄信は番場にいう。
「覚えていていただいたとは、光栄です」
「君みたいな男は忘れんよ」
インパクトありすぎる登場をする人だ。普段であっても忘れ難い印象を残しそうだと恵は思う。
「取材?」
「根府屋やこの辺りの伝承を調査しているということだったよね」
「その節はご教授ありがとうございました。貴重な文献や文書まで見せていただき感謝いたします」
番場は頭を下げる。
「その後、調査はどうかね。進んでいるのかな」
「なかなか難しいですね。伝承も奥が深い。龍玄寺には文書も豊富で調べるのにうってつけの場所です。それにご住職は郷土史の先生もやっていらっしゃる。それでまたここに戻ってきてしまいました」
事実、玄信は南風大学で客員教授をやっている。
「伝承?」
一刀と恵は顔を見合わせる。
「ダイケンの伝承と天地の秘宝さ」
番場は人差し指を揺らし目を細め言う。その口調はなぜか颯爽としていた。
「ダイケンって、あのダイケンですか?」
「三摩や空谷に伝わるという、あの話さ」
ダイケンの話はこの辺りに昔から住むものなら誰でも知っている伝承である。
小学校に入ると郷土史の勉強をするときには必ず教材として出てきた。一刀も恵も校外学習などを通して空谷沼や三摩地の史跡を訪れて地域の歴史などを学んでいた。
「ダイケンの話は、ただのお伽話じゃん」
一刀は言い、恵もそれに頷く。
ダイケンは実在の人物としてではなく架空の英雄として語られることの方が多い。
「本当にあったことだとしたら」
どうする? 番場は意味あり気に笑いかけてくる。
「帰ってもいいですか?」
一刀は手を上げ立ち上がろうとする。
バカにされているような気がしてきた。
すでに面倒に巻き込まれていたが、これ以上厄介ごとは御免こうむりたい。
「外にはまたあの黒服たちが待ち構えていたとしたら」
「連中とは二度と会いたくないですね」と一刀。
「ここはJESが守っている」
「はいぃぃぃぃい?」
意味が分からない、という顔をしている一刀と恵に番場は続ける。
「警察が来ないのがその証拠さ」
「呼んでいたんですか、師範?」
「そういえば五月野師範代が連絡を入れたと言っていたな」
今の時間は、師範代たちが小中学生の面倒を見て、剣道の修練が始められている。
「我々の方が警察組織よりも上だし、密かな護衛にも向いているのさ」
「ただの映像会社が何言ってんだ」
一刀は呆れる。
「JESは違う。聞きたいかい?」
「やっぱり帰ります」
さっさと立ち上がり一刀は襖を開け出ていこうとする。
「あわてない、あわてない。朧一刀君」
「なんで俺の名前知ってんの?」まだ名乗ってすらいなかったはずだ。
「それは、調べたからね」
何をだ? そんな顔をして一刀は番場を見る。
「天地の秘宝は、君の家にも伝わっているはずだよ」
「秘宝? なんだそれ!」
「朧家に代々伝えられてきた刀。今はお前が持つあの刀だよ」
玄信は厳かに言う。
「確かに業物だけど、そんなに曰くあるものなの? オレ、天地の秘宝なんて初めて聞いたんだけど」
一刀は目を見張る。
「三振りあるとされる天地仁左作の名刀のひとつ、霧双霞」
「あんた、うちにも取材に来たのか?」
「今度、行く予定ではあった。こうして会えるとは思わなかったよ」
「それはどうも」
「天地仁左の作った刀は妖刀ともいわれ、不思議な力を宿しているとされる」
「妖刀? 胡散臭いぞ……」
霧双霞にそんな曰くは無かったはずだ。
「今回の一件に絡んでいることは間違いない。すでに君は巻き込まれているし、知りたいとは思わないか? 名刀の秘密ってやつを」
「なんか納得いかない……が」
一刀は渋々腰を下ろす。
あの刀を手にした時から、不思議と湧き上がる力の源とその曰くは知りたいと思っていたのは事実だった。
「あの~」恵がおずおず手を上げる。「私が狙われたのも伝承や秘宝と何か関係あるのでしょうか?」
「あります」
番場は即答する。
「さて、本筋に入る前に、これから話すことと、我々のことはぜひ秘密にお願いします」
内緒話をするように彼は口元に人さ指をあて、ウインクする。
「誰かに話をしたら?」
一刀は鼻を鳴らし、恵は少し身構えた。
「消されるとか……」
「それはありませんが」番場は含みを持たせる。「社会的信用を失いかねません。気がふれたと思われるかも」
「それほどの与太話を、オレ達にするのか?」
「本気で伝承や伝説を肯定していますから」番場は微笑む。「さらに組織自体が世間一般の常識からすると受け入れがたいものだろうしね」
「ただの映像会社じゃないのかよ」
「憧れたり、妄想する男子は多いでしょうが、実際にあるとは思わないかな」
「悪と戦う秘密組織とか言うんじゃないだろうな?」
「まさに、その通り」
肩をすくめ口笛を吹く。
一刀はテーブルに突っ伏した。
「冗談じゃないのかよ」
「日本の、世界の平和を守るために我々は結成されている」
「そんな組織知らないぞ」
「秘密ですから」
「師範は信用するのですか?」恵は玄信を見る。
「あの連中とやりあった後ではな……」
「玄信師範は現地協力員でもあります」
「それは初耳だ」玄信は驚いていた。
「取材で会ったって、言っていませんでしたか?」
「ああ、俺が玄信住職と会ったのはその時が初めてなのは本当。別の隊員が、師範に稽古をつけてもらっている。真剣で」
「真剣? 嘘だろう!」
「真剣で打ち込んでほしいとか、無茶な注文が多いとは思っていたが、ああいった輩を相手するためだとはな」
社内の道場やここに来ては実践的トレーニングを繰り返しているという。
年老いたとはいえ、剣さばきはいまだ衰えていない。そのじじいを相手に渡り合うとなれば、相当強いと感じる一刀だった。
「我々JES(ジェス)は日夜、平和のために戦っています」
「そう面と向かって言われても……」
「JESは表向き、日本エフェクトスクリーン株式会社として全国にネットワークを持つ映像制作会社となっています。特に特殊撮影の分野ではトップクラスと自負しているところです」
「実際に制作しているのですか?」
「放送できる範囲では」
「なんだよ、それ?」
「いろいろと放送コードがあってね」番場は含みを持たせた言い方をする。「ロケとか番組の話をすればごまかせることも多い」
「恵がさらわれかけた時のことも、そうしたとか?」
一刀の問いに、番場はにやりと笑い頷く。
「Japan Espesial Safegurd Originが正式名称で、その頭文字をとってJESO(ジェソー)とも呼ばれている。一部の上層部にしか存在を知られていない独立した組織で、警察よりも強い権限がある。日本を守る組織さ」
「何から?」
「平和を害する敵から」
「そんなのいるのかよ」呆れたように一刀は言う。「そんな事件なんて聞いたことないぞ」
「ヒーローとは孤独な闘いなんだ」
決めボーズを取っているようなセリフだった。
「それで納得できるかよ」
「本当に居るんだよ。今回のようにね」
「あいつら何者なんだ?」
「キロウと名乗っている」
「キロウだと……目的はなんだ?」
玄信が訊ねた。
「日本に彼らの独立国家を造る」
「何言ってんだ?」驚く気力すらなくなってくる。「独立国家なんて、どうやって?」
「そのための三摩地伝説なんだよ」
「三摩地って、あの?」
恵の問いかけに番場は大まじめに頷いてみせた。
三摩地は今の根府屋の東、太陽町と接している辺りで、夕奈木とならび南風市の穀倉地帯といわれる土地だ。
「舟石がありますね」
「地元だから分かっているね。それと三彩色の池と石塚が知られている」
三摩地地区の田園が広がる中ほどに、舟石といわれる卵を半分に切ったような形の岩がある。長さは五メートル、幅が三メートルほどの楕円形をしていた。中心に正三角形の人工的に彫られた溝があり、何らかの儀式に使われた跡とも言われている。
三角形のそれぞれの頂点は三つ池、赤池、青池、白池の方を向き、池のほとりには儀の塚と呼ばれる高さ五メートルほどの人工的に積み上げられた石塚が立っている。
「弥生時代の頃、豊穣の祝いのために使われたとか」
「オレは薬を作っていた説を信じるな。飛鳥時代の巨石文化と同じだと言われているし」
「諸説あるが、それが龍を召喚する儀式のためのものだとしたら?」
「いや、いや、いや」一刀は首を何度も横に振る。「龍って何よ?」
「JES研究班は、高エネルギー体とか、宇宙からの飛来物とか言っているな」
「そんなの信じられるかよ」
「石の成分が分からないのと、舟石にある正三角形の溝は高度な技術で彫られたと、平田さんは言っているよ」
「平田って、誰?」
「JESの研究班班長さ」
様々な兵器やシステムを作ってくれる天才技術者だと番場は語るのだった。
「番場君。三行神社へは行ったのかね?」
考え込むように話を聞いていた玄信が口を開く。
「行きましたが、あそこは口が堅くて……」
お手上げと番場は肩をすくめる。
「残念だな」
「宮司は知らぬ存ぜぬ。文献すら見せてもらえませんでした」
「あそこは門外不出が多すぎる」
「三重塔の公開すらしていませんからね」
「三行神社にも何かあるの?」
恵の家は三行神社のお膝元、翔月にある。
「『三行の儀』は知っているな?」
「五年に一度の大祭だよな」
玄信の問いに一刀が答える。
「祭りは毎年十月に行われているが、五年ごとに行われている大祭は特別なものとされている」
翔月、守護、静竜の三つの地区からそれぞれ選ばれた司たちが、一番司になるために競う神事だ。
知略と体力を示す行事でもあった。
「龍の力を得るものを選ぶために競い合うという神事であると寺には伝わっているよ」
「うちのお父さんも司に選ばれて、一番司になったわ。今年は誰が選ばれるんだろう?」
「そういえば、今年が大祭だったよな」
それぞれ地区の司は神社の神職が選び、大祭の一週間前に伝えられていた。
「大祭が、三摩地で行われていた試しであるという説もあるくらいだ」
「それがどうしてキロウとつながるの?」
「キロウとは、ダイケンの末裔だ」
恵は息をのみ、一刀は目を見張る。
「鬼の浪と書いてキロウ。ダイケンの一族を鬼浪と民は呼んでいたとされている」
「そんな文献があるの?」
寺の住職の中には郷土の伝承に興味を示したものもいたという。
玄信は頷き話を続けた。
「ダイケンの伝承にはその後の話がある」
「続きというか、裏の伝承ってやつですよね」
番場もその伝承は知っているようだ。
「恵は知っているか?」
彼女は首を横に振る。
「あまり良い話ではないからな」
「力におぼれ国を滅ぼしたとか?」一刀は突っ込む。
「なかなかいい推理だ。本来であればめでたしめでたしで、終わった方がすっきりするからね」
番場の話に玄信も同意する。
「なぜ、すべてが語られてこなかったかは分らぬが、ダイケンが亡くなった後、争いが起きたんだよ」
「国を誰が治めるかで、跡目争い?」
「そういうことだ。龍の力を得ようとして、内乱が起きた。それこそ一族同士で、血で血を洗う凄惨な争いだった。民をも巻き込んだとされる」
「せっかく平和な暮らしができるようになったのに……」
恵は顔を曇らせる。
骨肉の争いは三摩の地に住むすべての人を巻き込み、滅びの道を突き進むかのような戦であったとされている。
その状況を龍は悲しんだ。
龍は己がすべての力を使いダイケンを蘇らせた。
ダイケンは烈火のごとく怒り、我を忘れ同族を手にかけた。
それによって鬼浪一族は滅んだとされる。
悲しい結末だった。
「龍は、どうなったのですか?」
恵は訊ねずにはいられなかった。
「ダイケンは龍の力を封印し、自らも命を絶った」
「のちに火種になる力なんてないほうがいいってことか」一刀は呟く。
「伝承では封印され永遠の眠りに付いたということになっている」
「強大な異能の力なんてものは、自らを滅ぼすだけだ」
番場は玄信の言葉に付け加えるように言うのだった。
「その話では」一刀は気付いた。「鬼浪一族は滅んだのでは?」
「ただ歴史になぞらえて鬼浪の名を使っているだけかもしれないが」
「伝承を知っているとなると、何らかの理由で末裔が生き残り、その正当な継承者として一族の再興を狙ったともいえる」
「時代錯誤もいいところだ。なんで今になってそんな大昔の亡霊が現れるんだよ!」
「機が熟したのかもしれない」
「はた迷惑もいいところだろう」一刀は憤慨する。「キロウってやつらは絶対的な力を得ようとして龍とやらをよみがえらそうっていうのか?」
「一刀君の説が正しいとみるべきだろう」
「そんな冗談みたいな話を真に受けるなんておかしいじゃないか」
「龍を封印した際使った宝珠をダイケンは人々に託しているとされ、三つの宝珠がのちに伝えられている」
玄信は恵を見た。
「そんなお宝が本当にあるのか?」
にわかには信じがたい話だった。
「文書もダイケンの時代よりかなり後に書かれたもので、真偽のほどは定かではない。だが、代々伝えられている宝珠があるのは本当だ」
「これのことでしょうか?」
恵はブラウスのリボンを外し、首にかけていた古い小袋を取り出す。
中に入っていたものを掌に乗せ、皆に見せるのだった。
「本物? なんでこんなもの持っているんだ?」
それは少し青みのかかった小さな珠だった。
「名は分からないとのことです」
「やはり恵さんが持っていたんだね」番場は天を仰ぐ。「今回は完全に出遅れてしまったなぁ」
「どのような謂れがあるのかは分かりません。でもお爺ちゃんには宇月の家に代々受け継がれてきた大切な珠だと言われています」
恵は唇をかみしめる。
「お守りだとお父さんは言っていたの。私を守ってくれるって……」
それは本当だった。
小学六年生になった頃のことである。
父と母と三人でドライブに出かけた時、恵らを乗せた車は高速道で起きた大事故に巻き込まれてしまう。
大型トラックの突然の暴走によって多くの車が衝突、炎上。がけ下まで飛ばされ転落した車もあった。
凄惨な事故で多数の死傷者が出た。
亡くなったものの中には恵の両親もいた。
彼女だけが奇跡的に助かったのである。
事故は大々的に報道された。家族同士の付き合いもあり、葬儀にも参列した一刀の記憶にはあの時の光景が今も焼き付いている。
「この珠が龍が封印された時に使われたものなのならば、そうなのかも……」
「恵は信じるのか?」
彼女は小さく頷く。
幼い頃、ぼんやりとだが、そこに龍の姿を見ていた。
「三つあるってことは、恵の他にも受け継いでいるのがいるってことか?」
一刀は玄信に訊ねた。
「宇月の他に破羅氏と雁埜氏に伝えられているはずだ」
文書にはそのような記述があった。
「かりの?」その名が一刀には引っかかった。「この前、静龍で火災にあった家がそんな名前じゃなかったか?」
一週間ほど前の話だ。珍しい字を使っていたので一刀は覚えていた。
「その雁埜家の誰かが継いでいた可能性がある」
番場は答えた。
「それもキロウ? 恵の件とつながっているとか」
一家五人がその火災で亡くなったとされる事件だった。
放火の疑いがあると近隣を警官が不審者の情報はないか訊いて回っていたのである。
「間違いなく関係はある。それを俺は追っていた。そして昼間、恵さんが襲われたとの情報を得て、龍玄寺に急行した」
「じゃあ、破羅は?」
「現在その名を継ぐ家はない」番場は首を横に振る。「今までの経緯からすると守護地区に波羅の系譜が残っているかもしれないと調べたが、その痕跡は見つからなかった」
「寺の檀家に破羅家の名はあるが、とうの昔に家は断絶しているよ」
名のある武家の家柄であったためか、今も墓は寺の墓地にあると玄信は語るのだった。
「一つは不明だけど、もう一つはキロウが手に入れた可能性がある?」
「三つめは恵さんの手に。これは絶対に守らなければいけない」
「どうやって?」
「JESで預かるというのが一番ですが」番場は恵を見る。「それも難しそうですね」
「すいません」
手放すことはできなかった。
恵は強く珠を握りしめる。
「ではこういうのはどうでしょう」
笑顔で番場は二人に話しかけた。
「宇月恵さん、朧一刀君。JESに入りませんか?」
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