第7話
第2章 第3節「無謀な夢」
簡単な作戦会議を終え、2人は分担してことの対処に当たることにした。リクは先んじて西地区の代表魔術師の元へ赴いて根回しをし、その間にルカは重峰イノリに一連の事情を報告することにしたのである。どのような戦争であっても、戦力の確保は最優先でおこなうべきだ。特に魔術師の天敵とも言える“同族殺し”とその魔術式に関しては、味方につけられるか否かで勝敗が決まると言っていい――まぁ今回は相手側が自ら彼らを敵として扱ってくれているので、こちらは立場を表明するだけで良いのだけれど。
そうしてルカは教会に到着すると、とりあえず[エリック]に声を掛けた。すると声色だけで彼の意を汲み取ったエリックから、[現在時刻は10時28分です]電子音声の回答が返ってくる。リクとの待ち合わせ時間は17時ジャスト。移動時間を含めても、充分に余裕がある。そのことを確認してから、ルカは気負いなく正面扉に手を伸ばす。実のところルカがこの場所を訪れるのは別に初めてでもなく、重峰イノリに対しても特段悪感情を抱いてはいないので緊張する理由がなかったのだ。――むしろ彼個人としては、イノリの役割に対して少しだけ同情してすらいる。ルカの立場上、表立って口にすることはできないだけで。
厳かな両面扉の片方だけを開けば、ルカの来訪を魔力の流れで察していたのだろう重峰イノリが祭壇の前に立っていた。緋色のストラに、銀のロザリオ。白手袋に包まれて両手を腹の前で組んだ、いかにも聖職者といった振る舞いで、彼はにこりと微笑んだ。
「お疲れ様です、ルカさん。そろそろいらっしゃる頃だと思っていました。お茶をお持ちいたしますので、お掛けになってください」
ルカがこの街に収監された頃。当時この教会を根城としていた“先代”の重峰イノリは、酷く独裁的な人物だった。人間からの処分命令が下るたびに適当な理由で通りがかった魔術師を共謀犯と認定し、痛めつけて晒して殺す。それでも相手が人間直属の“管理者”であるから誰も逆らえずにいるのを見て、悦に浸る――そういう、男だった。ルカ自身も何度か殺されかけたことがあるし、リクが嘲笑と共に踏みつけられている場面に遭遇したことだってある。
リク曰く。件の男が重峰イノリとなって以来、元々複雑な立場にあった“同胞殺し“は余計に忌避されるようになったという。よって、次代である現在の“重峰イノリ”はそのとばっちりを受けている、というのがルカ個人の見解だった。無論命令に従い魔術士の処分を遂行している以上“同胞殺し”ではあるのだけれど、それはただ、そういう役回りというだけだ。
結局のところ、人間に逆らえば殺されるという立場は変わらない。ルカも、重峰イノリも、どんな魔術師だって。
とはいえ“管理者”としての特権は確かに存在する。[監視塔]はこの街全ての情報を収集するのだから、そのデータバンクに接続できる重峰イノリの有する情報量は他の魔術師の比ではない。故に最初からルカの要件を知っていたのだろう。先に話を切り出したのは、イノリの方だった。
「結論から言うと、先程監視塔が財前ユズキを処分対象と認識しました。ただし、まだ実行命令は下されていません。関連した魔術師の選別が終わっていないのでしょう」
なにせ展開が急すぎたもので。そう言って肩をすくめるイノリに、ルカは苦笑を返す。
報告が確かなら、きっかけとなった山岡ミズチの処分は今朝早くの出来事だ。それからたった数時間のうちにここまで事態はしている。[監視塔]には最高性能のAIが組み込まれているはずだが、それでも全容の把握の取捨選択には時間がかかるということだろう。ルカ達にとっては好都合である。
「普段なら全員の処分を決定していたでしょうが、今回はリクさんやらトーマさんやら大物が絡んでいますから。彼らを軽々に処分してしまえば肝心の外敵迎撃に差し障る――だからこそ、慎重になっているのでしょう」
「やっぱり関係してるとは思われてるのか……それで、正式な命令が下されるまでにはあとどのくらい猶予がある?」
「早くても夕方くらいまではかかると思いますよ。というか、」
そこで言葉を切って、イノリは小首を傾げて見せる。その口元には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「ルカさんのその反応からして、やっぱりリクさんは共謀していないのでしょうね。正直おれとしては助かります。あの人やあなたを処分するなら、命がひとつでは足りませんから」
「嫌な冗談だなぁ。まぁでも、リクさんが財前ユズキと関わってないのは本当。ほとんど話したこともないって言っていたし、まだ協力を要請された段階だ」
「それで、リクさんからの返答は」
「まだしてない。下手に刺激して暴走されても面倒だし」
「……まぁ確かに。少々向こう見ずというか、突っ走り気味というか。そういうひとみたいですしね」
「単純に浅慮なだけだと思うけどな」
深く深くため息を漏らしたルカにイノリは苦笑いを返したが、その言葉を否定することはしなかった。直接的な物言いは避けたものの、結局は同意見ということだろう。
――そう、無謀なのだ。財前ユズキと彼の協力者たちは“戦力さえ揃えればクーデターを成功させられる”と考えているようだが、そんなものは希望的観測に過ぎない。相手が人間であるなら魔術師に勝ち目はない。どれだけ強力な魔術を有していようがその力関係がひっくり返ることはない。
だからもし、本当に、本気で反逆するつもりであるなら。“そういったもの”とは無関係な部分で勝負に出るべきなのだけれど――おそらく、その域まで彼らの思考は達していない。
故にこれはどこまでいっても無謀な夢だ。気持ちはわかっても、付き合わされる方は迷惑でしかない。
とはいえ、文句を言っていても事態は好転しない。ルカはベンチから立ち上がり、小さく伸びをして言った。
「とりあえず、この件は俺とリクさんとで終わらせるよ。夕方までには始末をつけて報告するから、」
「その後の処理はこちらで預かります」
お気をつけて。
扉に手をかけたルカへそう声を掛けたイノリの姿は、まるで本物の聖職者のように誠実に見えた。
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