第6話
第2章 第2節「反乱分子」
ちょっと困ったことになったんだよねと、大鏡リクは唇を尖らせて呟いた。彼がオレンジジュースの入ったグラスをストローでかき回す度に、氷同士がぶつかり合ってからからと音を立てる。その様は、まるで普通の子どものようだった――東地区遊撃部隊隊長、“撃墜王”の異名を持つ魔術師だとは信じられない程に。けれど彼の直属の部下にして副官であるところのルカは、自然と居住まいを正した。
「困ったこと、というと?」
「今朝のさ、違反者の処分が執行されたことって報告受けてる?」
昨晩は夜警当番だったでしょう、と問われて、記憶を辿る。昨晩は緊急出動が多く、そのせいでルカの元へは多種多様な報告を上がってきていたが、その中に違反者処分に関するものなどあっただろうか?勤務開始から順番に思い出していって、その量にうんざりし始めた頃――
「……あぁ、ありましたね。西3工場の……確か山岡ミズチと水車町カノコの二人組。巡回担当が回収前の死体を見てしまったとかで」
思い至ったのは、交代時間となり日中の警備担当へ引き継ぎをしている最中にかかってきた通報である。通報者は不意に見つけてしまった死体に驚いたのか、もしくは2人組と面識があったのかひどく動揺していて、話を聞き出すのにも時間がかかったのだ。本日ルカが残業することになった要因のひとつである。
「そう、それそれ。……あ、ちなみにその件で“なにかした”?」
「いいえ。そんな余計なことはしませんよ」
そう言って、ルカはまだ湯気の立つ緑茶の湯呑みに口を付けた。――その言葉通り、ルカは例の通報者へ「すぐに離脱して何も見なかったことにしろ」と指示している。それが最善策だからだ。監視塔により規則違反者と認定されれば、『同族殺し』こと重峰イノリが処分に動く。邪魔や妨害を試みれば、その行為も規則違反と認定される。そうやって、ただ死体だけが増えていく――故に、重峰イノリという“機構”には極力関わるなというのが、少なくとも東地区に所属する魔術師の中では共通認識となっていた。
それを聞いたリクもまた当たり前のようにうなづいて、後に小さく眉を寄せた。その両耳で、待機形態のピアス型となった“エリザベート”が揺れている。
「そうなんだよ。そうなんだけどね。どうやらその通報者くん――あ、名前は“財前ユズキ”っていうんだけど。彼、処分された山岡ミズチの友人だったらしくって。冷静になったら腹が立ってきたのかな?東の魔術師に何を言っても動いてくれないから、それならと西地区に突撃したんだって」
「……はい?」
「で、まぁ間の悪いことに、というかタイミング良く?駆け込んだ先で過激派の連中に出会ってしまって。盛り上がっちゃったんだろうね。彼らと手を組んで人間相手に反乱起こすので助力してくださいって連絡がたったいま送られてきたところなんだけど」
これ放っておいたら共謀罪になるよねぇ。
軽い調子で告げるリクに、ルカは思わず頭を抱えた。滅茶苦茶過ぎて笑えもしない話だ。東じゃダメだと西に行った癖に結局東の魔術師に協力要請してるじゃないか、とか。魔術師数人が集まったところで人間相手に敵うはずないだろう、とか。言いたいことは沢山あったもののとりあえずは呑み込んで、ルカは口を開いた。
「……反乱って、具体的に何するつもりなんです?」
するとリクは伸びをするように背もたれへのしかかり、ぴんと立てた人差し指を上に向けた。示したのは天井、ではなくそのさらに上の。
「監視塔をぶっ壊すんだってさ」
ついに、一瞬とはいえルカの思考は停止した。意味がわからない。いや言葉は理解できているのだが、そこに至った過程がわからなかった。監視塔を、破壊する。なるほど確かにそうすれば人間たちの“目”は一時的に失われ、うまくやればその隙をつくことも出来るかもしれない。当然その作戦を思いついた時点で違反者認定はされているだろうからあの”重峰イノリ“と交戦する必要は出てくるが、何か算段があるのだとして。
そんな単純なことを、今までに実行した魔術師がひとりもいないと、本当に思っているのだろうか?それとも、自分たちであれば成功すると?どちらにせよ無謀すぎる。
なにより。
戦力を確保したかったのだとしても、リクに――東地区の幹部クラスに、先んじて連絡するのはあまりに浅はかすぎる。長くこの街にいれば彼らの作戦の無謀さなど計算するまでもなくわかりきっている。むしろリクが言った通り、無視すれば共謀罪に問われる可能性だってあるのだから――協力、どころか。
「一応、きいておきますけど。どうするおつもりなんです?」
「向こうが動き始める前に叩き潰すしかないねぇ。ともだちが処分されて怒る気持ちもわかるけれど、感情だけでどうにかなるようなものじゃない。巻き込まれるのはごめんだし、なによりあの調子じゃあ、西地区の大将さんにも同じような連絡してそうだから。こちらだけが動かなかったとなると貸しを作ることになっちゃうからね」
というわけで、と。愛らしく小首を傾げるリクが言わんとしている内容を、既にルカは察していた。だからこそ深く重いため息を吐き出し、湯呑みをテーブルに置く。
「……わかりました。俺はなにをすればいいですか?」
「さっすが。話が早くて助かるよ」
ぷらぷらと床から浮いた両足を揺らして笑うリクに、ルカも釣られて苦笑いを漏らす。どうやら本日の彼の残業は、またさらに延長となるようだ。
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