第9話 侯爵領

「ええ…と、メルヴァント殿下……これは?」

「そのままの意味だけど?」



私は殿下よりいただいた書類に目を通す。

すると思わぬ事がそこに記されていた。



「この書類によると……ルザリシャルエ伯爵家は爵位剥奪とし、その屋敷は新たなる貴族、ディラシファル侯爵家となり、その当主が私になる……という事ですが。」


「その解釈で合っているよ。私と婚約している為、貴族位がないと困る。そしてルザリシャルエ伯爵領の民達も、当主がいなければ大変なことになるだろう。そこで君が新たなる侯爵家の当主になるという訳だ。」



殿下の説明は理解出来る。

出来るのだが……



「そもそも私は当主の仕事など分かりませんが…。」

「心配しなくても大丈夫だよ。私の信頼出来る者に手伝わせる。当主とは一時的にだ。その者に全て任せれば良い。」

「分かりました……ですが、私もしっかりと働きますわ。」

「真面目だね…くれぐれも、倒れない程度にな。」

「はい、勿論ですわ。殿下の信頼がおける方も、働き過ぎないようにさせなければなりませんわね。」

「ははっ、彼も真面目だからね。頼んでおくよ。」

「はい。」



こうして、私の名はサリーエ・ディラシファルに変わり、貴族位が1つ上がっただけでなく、当主にまでなってしまった。

侯爵家へ戻ると、殿下がおっしゃっていた方が居た。



「初めまして、サリーエ・ディラシファル様。私はセジュラ・ヴィデアと申します。メルヴァント殿下のご命令により、ディラシファル様の補佐をさせていただきます。よろしくお願い致します。」



頭を下げる男性。

見ただけで優秀だという印象を受ける。


「貴方が…。よろしくお願いしますわ、ヴィデア…殿?」

「どうか私のことはセジュラとお呼び下さい。敬称などは不要です。」

「分かりましたわ、セジュラ。私の事もサリーエで構いませんよ。」

「……では恐れながら、サリーエ様と呼ばせていただきます。」

「ええ。」



殿下が仰られた通り、真面目そうだ。

私はこれから当主として仕事をしなければならないと、気を引き締める。

そして書類に記されていた事を話す。



「もしも私が殿下と結婚した際は、私は当主の座を降り、一時的にセジュラが仮の当主となりますわ。そして私に息子が出来た場合、その子が当主の座を引き継ぐ……ということになっています。」

「えっ……?」

「一時的とはいえ、一人で侯爵家を維持しなければなりません。その時は、どうか民達をよろしくお願い致します。私も時折、お忍びでこの街を訪ねますよ。……どうされたのですか?」



話を進めていたが、セジュラが驚きの表情を浮かべていたので尋ねた。



「えぇ……と、私が…一時的に当主…に?」

「ええ、そうですわよ。」

「聞いておりませんが…?」

「え…?」

「え…?」



一瞬の沈黙が流れる。



「…まさか、殿下はその事を伝えずにセジュラを…?」

「私に当主は無理です!補佐という立場ならば問題はありませんが、パーティーなど呼ばれた際は……出来る気がしない…。」

「ま、まぁ落ち込まないで。きっとなるようになるからっ。」

「は…はい……。」



それから、当主としての仕事にも慣れていき、時に殿下が訪ねてくることもあった。

少しずつディラシファル侯爵領の評判は上がっていき、有名な貴族領となった。

私自身で、民と触れ合ったからだと、殿下は仰っていた。

街を歩くと声をかけられる事が多くなった。



「サリーエ様、ご機嫌麗しゅう。」

「おはようございます、リシセさん。お変わりないようで。」

「はい。お陰様で。」

「サリーエさま!今日もきてくださったのですね!」

「ええ。皆は今日も元気ね。私も貴方達の笑顔が見られて嬉しいわぁ。」

「えへへ!」「サリーエさまのおかげだよ!」



子供達も笑顔で、将来が楽しみだった。

せめて私の領では、不幸な思いをして欲しくはなかった。

街で見かけた子供には、食料や少しばかりのお小遣いをあげた。

そんな事を続けていると、次第に人々の顔は明るくなり、私を信頼してくれるようになっていった。

評判が広がったのか、人口も増えていき、侯爵家で働きたいというメイドも沢山現れた。



(忙しいと思うけれど、私は今が一番幸せ……。)

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