第92話

 翌朝、礼央れおが朝食の下拵えを済ませてアフェクトとミドヴィスの鍛錬を眺めていると隣にエイシャと里依紗りいさがやって来た。

 いつものこととはいえ唯奈ゆいなはまだベッドで寝ているはず。


 時間にしたら一時間くらいの鍛錬だけど、ほぼ休憩無しに繰り返される打ち合いに終わる頃になるとミドヴィスは肩で息をしていた。

「見ているのなら加わるかレオ?」

「いや、遠慮しとくよ」

「そうか。ならリイサはどうだ?」

「朝ご飯のあとならね。そろそろ皆んな起きてくる頃だから身支度したら」

「そうか! セラシュヴェール様を待たせるわけにはいかんからな。助かる」

「じゃあ、またあとで」

「ああ、あとでな」

 いそいそと家の中に入っていくアフェクトとそのあとに続くミドヴィス。


 アフェクトはセラシュヴェールを前にすると緊張で身じろぎすらできなくなる。それでも失礼のないようにという思いだけはあるようで『頃合いになったら教えてくれ』と言われていたのだ。

 二人が入ったあとに続いて礼央れお達も家に入った。


 テーブルに全員が揃った時にセリシェールだけが少し眠たそうにしていたけど、昨晩は遅くまで母娘で話し合っていたんだろうか。

 おっと、それよりも料理を並べていかないと。

 セラシュヴェールさんがいるため動物性のものは一切使わずに料理をしたわけだけど直径二十センチを超える肉厚のマッシュルームのようなものが手に入った(お披露目会の時にお土産で貰った結構な高級食材で舌を噛みそうな名前のもの)のでそれをメインに料理を組み立てた。

 といっても限界があって豆乳スープっぽいものにサラダ、大きなマッシュルームはスライスして炙ったり、刻んでミンチ風にして細かく刻んだ玉ねぎ、人参(みたいなの)と混ぜ合わせてコロッケ風にしてみた。それらの料理は悪くはないけど物足りないと思ってしまったのは普段の食生活に制限がないからだと改めて実感してしまった。

 そんな訳で肉類がないと可哀想なくらいしょげるミドヴィスと立場的な理由で同席していない稲垣いながきさんは離れで朝食をとっている。

 あまりに緊張していたアフェクトもそっちで朝食をと考えたけど本人に固辞された。


 朝食はどこか緊張感を含んだ静かなものだった。僅かに聞こえる食器の音だけがリビングに聞こえていた。

 その朝食が終わってお茶が皆んなの前に置かれたところでセラシュヴェールが話を切り出してきた。

「そんなに緊張なさらないでください。本当に私は娘の様子を見に来ただけですので」

「いえ、そうは言われてもセリシェールが帰れなくなったのは俺のせいですから」

「そう言われるのなら一つお願いを聞いていただけますか? それを持ってこの件は手打ちと致します」

「わかりました。その、あんまり無茶なことじゃないですよね?」

「そうですね…… 貴方と貴女、私と娘と一緒に来てください」

「他の者が同行するのは……」

「駄目です。道筋や見て来たことを伝えることも禁じさせて頂きます」

「えっ!?」

「駄目だよ、そんなの……」

 セラシュヴェールは礼央れおとエイシャに一緒に来るようにと言い、その発言に唯奈ゆいなは驚きを示し、里依紗りいさは拒否を表した。

 その二人の反応にも態度を変えることなくセラシュヴェールは話を続けた。

「このことは二人にとっても必要なこととなります。いまは納得できないかと思いますが理解してください」

「「…………」」

 納得ができない二人はグッと手を握りしめ唇を噛む。

 自分のためと言われたことで礼央れおとエイシャも顔を見合わせた。思い当たることが無いだけに訳がわからない。


「さて、これでこの話はお終いです。それと、暫くの間こちらでお世話になりたいと思うのですがよろしいですか?」

「私からもお願い」

「セリシェールのお母さんだし、俺は構わないけど……」

「ん、私は構わない」

「いいけど……」

「仕方ないわね」

「…………」

 アフェクトだけが(緊張して固まっていて)沈黙だったけど他の皆んなから同意を得たことで暫く一緒に生活することが決まった。

「あっと、それで食事の時のことなんですけど…… 俺達は、その、流石に野菜や果物だけという訳にもいかないので、同じ食卓に肉や魚を使った料理が並んでも大丈夫ですか?」

「ああ、それで…… 構いませんよ。私達神燐エルフが肉や魚を食べないというのは一部の氏族の習慣ですので」

「!?」

 セラシュヴェールの発言にセリシェールが驚愕の表情で口をパクパクしているけど、その気持ちはなんかわかる。

「ん? それならなんでセリシェールは……」

「娘は幼い頃から『神樹の守り手』となるために離れて暮らしていましたので。今回のことで『神樹の守り手』となるのが百年は先になったでしょうがその程度のことです」

「つまり…… セリシェールが肉や魚を口にしちゃいけないって思っていたのは『神樹の守り手』ってのになるために必要だったから?」

「いいえ、いま『神樹の守り手』の最高位についている氏族がそういった習慣だというだけです。それに無理に『神樹の守り手』にならなくとも良いと私は考えています。これまでも何度かその話はしましたけど……」

 セラシュヴェールが娘にそう言いながら視線を向けるとセリシェールはスーっと視線を逸らす。

 あ〜、これは…… 幼い頃から憧れていたものになりたかったセリシェールがこうだと決めつけた考えに囚われていただけで神燐しんりんエルフ自体はそこまで厳格じゃ無いのか?


「ん? それならなんでセリシェールは帰郷を禁じられたのですか」

「それこそが私がこちらにお伺いし、貴方にお願いしたことになります」

 あ、これってセリシェールに肉を食べさせた経緯の説明を求められてるのか。なら仕方がないのか?

「あの、近くの街なり村なりまでの同行も駄目なんですか?」

「そこまで禁じることはありません。ですが、そこまでです。それ以上の同行はできません」

「それで我慢するかぁ……」

「うん、仕方ないね……」


 そのあとの話し合いで出発は一週間後、アフェクト、ミドヴィス、稲垣いながきさんの居残りが決まった。

 次に家に帰って来れるのは順調にいってもひと月半後になりそうな感じだった。折角できた新居なのにのんびりできないなんて……


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お読み頂いき有難うございます。

本章はここまでとなります。次章のストックが全く無いので書き溜めてから更新を再開したいと考えています。その際にはまたお読み頂ければ幸いです。

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