第91話

 お披露目会は昼前くらいから集まってきた知人を礼央れおとエイシャが出迎えて唯奈ゆいな里依紗りいさが庭に設置された会場に案内していく。とは言っても小規模な集まりで来客数は三十人に満たない。

 いつもお世話になってる人達とその家族と考えれば本当に少数の来客だけど。


 集まった人達に向けて礼央れお、エイシャ、エンリ(里依紗りいさ)、シュリーナ(唯奈ゆいな)の四人が代表として簡単な挨拶と謝辞を述べたあとは立食形式で料理が振舞われていく。

 露店で食べ物を提供していた者から特に好評だったのは揚げ物だった。

 どうにか露店で提供できないかと考えて礼央れおを捕まえて話し込み始めた。それを横目に見たエイシャとエンリ(里依紗りいさ)が肩をすくめた。

 ミドヴィスと稲垣いながきさんは料理が少なくなったお皿に補充してまわることを続けていた。

 アフェクトはガンド夫妻とデュータを含むそのパーティメンバーと隅の方で談笑していた。探索者組合職員夫妻とアンディグでもトップクラスのパーティがのんびりしていられるのはいいことだ。

 セリシェールはというと豊富な知識から薬師の知人と一緒に料理に舌鼓を打っていた。肉料理を口にしたことで故郷に帰ることができなくなったんだけどいまでは肉料理も気にせず口にしている。本人曰く『レオの料理を食べてたら元の食生活に戻れなくなった。私にも料理を教えて』こう言って時々、調理に加わっている。

 棟梁や家具職人をはじめとしたこの家の建築に関わった職人もお披露目会には参加していて「これでこの料理ともお別れかぁ」と溢していた。


 こんな感じで個人の家のお披露目会としては盛況のうちに終了となったんだけど、その終了間際になって訪れた者がいた。

「すまない。こちらにレオという者はおられるか?」

「えっと、礼央れおは俺ですけど。どちら様ですか?」

「っ!? お母様!」

「「「「えっ!?」」」」

 来訪者はセリシェールの母親だった。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 真新しいリビングに集まった礼央れお達とセリシェールの母親はテーブルを囲んで座る。セリシェールの隣に座った母親セラシュヴェールは礼央れおの正面に座って優雅に出されたお茶に口をつけていた。


 優雅にお茶を飲むセラシュヴェールはいま擬態を解いて神燐しんりんエルフの姿でセリシェールと並んでいる。その姿はちょっと歳の離れた姉妹にしか見えない。

 音もさせずに置かれたカップから礼央れおが視線をあげたところにセラシュヴェールから値踏みするような視線が向けられていた。

「貴方が私の娘に不浄なものを食べさせたのですか?」

 この場にいないミドヴィスと稲垣いながきさんを除いた全員の息が詰まる。なんと言えばいいのか、そう、表情も言葉も雰囲気も柔和なのに、それなのに雰囲気に飲まれてしまったと言えばいいのか声を発するどころか身じろぎさえできずにいた。それは娘であるセリシェールも同じだった。

 それでも乾いた喉をゴクリと鳴らして礼央れおが口を開く。

「娘さんのことは、知らなかったとはいえ、本当に申し訳ありませんでした。ですが、彼女も知らなかったことですから、許してもらえないでしょうか?」

 詰まりながら謝罪とセリシェールの帰属を願ってみた礼央れおだったけどセラシュヴェールはその礼央れおの瞳を捉えたまま沈黙を続ける。


 その沈黙を打ち破るように口を開いたのはセリシェールだった。

「お、お母様、如何様な理由があってここにきたのですか?」

 礼央れおに向けられていた視線が隣に座るセリシェールに向けられた。

 どこまでも優しそうな表情なのに、それを聞くこの場にいた誰もが声を出すことができないでいる。

 それを打ち破ったのは扉をノックする音に続いて告げられた稲垣いながきさんの声だった。

「お客様のお部屋の用意ができました」

「あ、ああ、わかった。ありがとう、あと、お茶のおかわり貰えるかな」

「はい、お待ちください」

 部屋の中の緊張感が解けて皆んなが息を吐いているそんな状況の中、セラシュヴェールは愛しむような表情を浮かべてセリシェールの頭を撫でていた。

「母が娘の様子を見に来ることがいけないのですか? 私の愛しいセリシェール」

 その言葉は礼央れおにとって酷く胸に刺さるものだった。

 それを察したのか再び礼央れおに向けられたセラシュヴェールの視線は何かを伝えようとして辞めたというようにほの部屋の中にいる者に向けられた。

「そうですね。私がここに来た理由は明日、ゆっくりとお話ししましょう。今日はこちらに泊めて頂けるということでよろしいか?」

「はい。お部屋の方は用意していますがセリシェールとご一緒の方がよければそうして頂いても構いませんけど」

「そうですね。では、娘の部屋で今晩は過ごさせて頂くことにします」

 すっかり弛緩した空気の中、稲垣いながきさんが持ってきてくれたお茶を飲んだあとセリシェールとセラシュヴェールの二人はお風呂に向かった。


「はぁ、まいったなぁ…… まさかセリシェールのお母さんが来るとは想像してなかったよ……」

「ん、そうだね」

「どうするの責任とれって言われたら」

「責任って、やっぱりセリシェールを嫁にしろとか?」

「いやいや、そんなドラマの台詞みたいなこと言わんでしょ」

「どらま? 何だそれは」

「演劇とか、そんなやつ」

「嫁にってことはなくても何かの代償を求められるかもしれないよね」

 考えても仕方のないことを考えていた礼央れお達はセラシュヴェール母娘がお風呂から出てくるまで頭を悩ませたのだった。

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