第90話

 アンディグに帰ってきてから暫く時が過ぎて冬を感じさせる冷え込みに迎えられた朝。

 礼央、エイシャ、里依紗りいさの三人は真新しいベッドで目を覚ました。

「おはよ」

「ん、おはよ」

「二人ともおはよう」

 つい先日から四人で眠るようになった大きなベッドの上で目を覚ました三人は朝の挨拶と口づけを交わす。唯奈ゆいなは片手、片足を投げ出してまだ眠っていた。唯奈ゆいなを起こさないように三人は起き出して身支度に取り掛かった。


 先に礼央れおがキッチンに着いてそれに少し遅れてエイシャと里依紗りいさがやって来た。

 早朝から三人がキッチンに立ったのは今日、昼から知人を呼んで先日完成した家のささやかな完成式を行うことになったからだった。

 調理を始めてまもない頃になるとアフェクトとミドヴィスが起き出してきて「おはよう」「おはようございます」と声をかけて朝の鍛錬に向かう。


 最近ではアフェクト、唯奈ゆいなと一緒に積極的に依頼をこなしていたミドヴィスは等級がオパール(D)にあがり、いまでは礼央れおが翡翠(E)でひとり取り残されていた。

『近所に民家がないから朝から気にせず鍛錬できるのがいいな』とはアフェクトの言った言葉だけど少し前までは離れや厩舎の建築のための資材が置かれていたし、つい先日まではこの鍛錬のために整備された場所も柵に資材が置かれていた。

「今日はどうする?」

「アタシからいっていいですか」

「ああ、こい」

「いきます!」

 ミドヴィスはふらっと身体を揺らした。次の瞬間には獣人種特有の瞬発力でアフェクトに向かって盾を突き出した。

「ふっ!」

 アフェクトは愛用の細剣を低く構えてギリギリのところで左に躱し、身を屈めミドヴィスが右から横薙ぎに振ってきた湾刀を弾きあげる。

「っ!?」

 そのアフェクトの剣によってバランスを崩したミドヴィスの喉元に突きつけられたきっさきが一合目の終わりを告げる。

「次お願いします!」

「よし。次はこっちから行くぞ!」

「はい!」

 アフェクト自身はなんの構えもないままにいきなりミドヴィスの目の前に迫って盾を持つ手をツンと突く。

「っ!」

 何度かあったことだけどミドヴィスが瞬きをした瞬間にアフェクトに距離を詰められた。それを意識していてもアフェクトと対峙していると緊張が途切れた瞬間に距離を詰められる。それでも距離を詰めたあとの突きは加減をされていると自覚できる程度に手を抜かれている。

「まだまだだな」

「気をつけてはいるんですけど駄目でした」

「どうすればいいかは常に考えろ。じゃあ次は盾で受ける鍛錬だな」

「はい!」

 あっさりと終わった二合目のあと三合目はミドヴィスが守りにまわってアフェクトが緩急をつけて細剣を振る。

 アフェクトは三連撃の突きを放ったあと間髪入れずに僅かに軌道を逸らせて盾の横を抜く突きを放つ。

「ふっ!」

「ぐっ!?」

 その突きを盾で弾いて軌道を逸らしたミドヴィスは右手に持った湾刀をアフェクトがいた位置に向けて振った。自身の盾が視線の先にあったことでアフェクトの姿を見失った状態で苦し紛れに放った湾刀は空を切った。

 アフェクトはミドヴィスの視界が塞がれたその隙に気配を消して移動していた。そしてミドヴィスの背後から剣気を当てた。

「っ!?」

 突かれたとミドヴィスが錯覚したところで三合目が終わる。

「騎士様の闘いじゃないんだから相手はどんなことでもしてくる。目だけに頼るのはやめろと言ってるだろ」

「分かってはいるのですが上手くできないんです」

「すぐにできることじゃないけどな、それでも常に意識しておけ」

「はい」

「それじゃあ戻るか。汗を流したら朝食の時間に丁度いいだろう」

「はい!」

「ぷっ」

「あ……」


 二人は笑い合いながら裏口から家の中へ入っていく。

 この裏口からだとお風呂場まですぐに行けるという利便性があってその点もアフェクトは気に入っている。脱衣所に入ると無造作に籠に投げ込まれた服があって、先に入浴している者がいることを知らせていた。

 アンディグの建造物では珍しい引き戸を開くと先に入っていた唯奈ゆいなから「お疲れ〜」と声がかかった。

「ユイナも鍛錬に参加すればいいのに」

「あ〜、朝はムリ。昼以降なら…… はは……」

「レオに起こしてもらえばいいじゃないか」

 汗を流しながらアフェクトは唯奈ゆいなを揶揄うように言葉を綴る。

 その唯奈ゆいなからの反応がないことにそちらに視線を向けると口元を湯の中に沈めた唯奈ゆいながモニョモニョとした表情を浮かべていた。その顔は湯にあっためられたためかそれとも他に理由があるのか真っ赤になっていた。

「そういえば、もう抱いてもらったのか?」

ぼこんブハッ!?」

 バシャンと大きな音がしたあとゴボゴボと泡が連続して水面で弾けた。

「ユイナ!」

「ユイナさん!?」

 大きな音に湯船を見た二人の視線の先で踠く唯奈ゆいなの手足だけが湯面を叩いていた。

 二人に抱え起こされた唯奈ゆいなはアフェクトを睨みつけているがその視線を受けるアフェクトはニマニマとした視線を向けて「まだだったか〜」と揶揄われると「やめてよ〜〜!」と叫ぶ唯奈ゆいなの声に続いて空を切る音と豪快な水柱があがった。

「あっぶなぁ…… いまのが当たったら洒落にならんぞユイナ……」

 当の唯奈ゆいなはというと顔を真っ赤にしてグルグルと目を回していた。

「揶揄い過ぎたか?」

 再びブクブクと泡を浮かべながら沈んでいく唯奈ゆいなを助け起こしているところに「何かあった!? 大丈夫!」と叫んだ礼央れおが引き戸を開けた。

「あっ!」

「あ……」

「えっ!? あっ!」

「ふむ、レオも入るか?」

「あ、いや、その、ごめん…… まだ準備があるから……」

 三人の無事を確認できたこともあって礼央れおはキッチンに戻って行った。

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