第87話

 アンクロ滞在十日目。

 この日は昨日模擬戦を繰り広げた脳筋組がだら〜んとダラけていたので礼央れおとエイシャはセリシェール先生に魔法を習っていた。


 魔法を習うとはいっても魔術と違って理論だったものがある訳じゃないからセリシェールが言ったことを自分なりに解釈して結果に繋げなければならない。

 精緻な魔力操作が必要になることはエイシャの方が上手にできた。魔力量にものをいわせた部分では礼央れおの方が上手くできた。

 そんな礼央れおでも明確にイメージができるもの(例えば氷を固めてランスを作るとか)なら上手にできた。

「でも、無駄が多いんだよね。魔力量にまかせて無理に作ってるのがわかるぐらいに魔力が霧散してる。同じことをしたら私は二本作れない」

「はぁ、もっと精緻な魔力操作が必要なんだな」

「ん、練習する」

「そうだよ。繰り返しやってればそのうち…… きっと…… 多分?」

「おいっ!?」


 十一日目と十二日目。だらだらのんびり過ごしていてふと思い出したことを夕飯後話題に出した。稲垣いながきさんとどう接するのかということを確認していなかったのだ。

 こういうことって事前に打ち合わせしておかないとやって来た稲垣いながきさんが戸惑うことになるからな。

 基本的には家の管理をお願いするつもりなんだけど、どこまでお願いするかとか仕事内容について意見を出し合った。

「掃除とかは共有スペースだけでいいんでしょ?」

「そうだな。各自の部屋はそれぞれとした方がいいと思う」

「ん」

「その意見、賛成だな」

「私も」

「ミドヴィスもそれでいい?」

 こういう会話の時、どうしても一歩引いてしまうミドヴィスにも確認をとる。ミドヴィスはコクリと頷いて同意を示した。


 そのあともいくつか基本的な方針を決めてその日は眠ることにした。

 そして十三日目の午後に稲垣いながきさんを迎えにネギルイエさんのところに向かった。


「お待ちしておりました」

「どうです、彼女の学習状況は?」

「ええ、言葉の方は問題ありません。礼節は元々身についていましたのでこちらとの相違を正す形での教育でしたので」

「そっちは気にしてないんで大丈夫です」

 こんな会話をしているうちに準備を済ませた稲垣いながきさんが部屋に連れてこられた。

「ありがとうございます」

 深く頭を下げた稲垣いながきさんはこちらの言葉で礼を告げてきた。

 この数日の間、必死に言葉を覚えていたんだろう。顔をあげた彼女の目の下には隈ができていた。

 稲垣いながきさんの服装は元の世界のものでもなく、こっちでも見かけないようなものだった。これが西方の服なのかな。

 なんと言えばいいのかわからないけど宗教画に出て来そうな服とでも言えばいいんだろうか、幾重もの生成りの布を腰から胸の辺りにかけてよもぎ色をした長い布で帯のように留めているそんな感じの簡素な服だった。

「これからうちで働いてもらうことになります。しっかり働いてください」

「はい。わかりました」

 勤めて事務的な感じで会話をする。


 奴隷契約の譲渡を行ったあと先に稲垣いながきさんと皆んなに退室してもらって代金の支払いを済ませネギルイエさんに訊ねてみた。

「ウイさんはどういった経緯でネギルイエさんのところに来たんですか?」

「彼女を見つけた時には既に奴隷でした」

 こう前置きしたネギルイエさんが語った内容はあまりにも情報がなかった。

 曰く、西方諸国との境界付近にネギルイエさんが行った際に行き倒れていたのが彼女。奴隷であることを示す紋様があったことから彼女が奴隷であることは容易に想像ができたそうだ。

 所有者の有無を調べたところ該当がなく、珍しい髪色をしていたことで連れて帰ってきたということだ。で、ウイが回復してまもない頃に礼央が来たということらしかった。


 自己紹介もそこそこに礼央れお達は商業区画に向かっていた。

 そのままの格好だとあまりにも目立つという女性陣の意見からまずは服を買いに行くことになった。

 女性の服選びに時間がかかるのはどこの世界でも同じようで唯奈ゆいな里依紗りいさ、アフェクトの三人が稲垣いながきさんとミドヴィスを着せ替え人形のようにいろんな服を着せてわちゃわちゃしている。

 その五人を眺めていたらエイシャに腕を引かれた。

「どうしたの?」

「ん、こっち」

 礼央れおの手を握って歩きだしたエイシャに気づいたアフェクトは肩をすくめて見送った。


「明日にはアンディぐに帰るじゃない…… だから、レオと二人っきりになりたかった……」

 こんなことを潤んだ瞳で言われて俺が断れるはずがない。

 そうだよな、ここんとこ唯奈ゆいな達三人が危険な目にあったり、稲垣いながきさんのことがあったりしてエイシャへの配慮が足りてなかったと反省する。

「レオとウイが話してるのにその言葉がわからなかったりして寂しかった。ごめんね、もっと余裕があるはずだったのに……」

 俯いてそんなことを言うエイシャの手を握る手を意識してギュッと包み込む。

「!」

「俺の方も気づかなくてごめん。もっとエイシャのことも気にかけないといけなかったんだ」

「ううん、でも、ありがとう。もう少しこのまま一緒に過ごしていい……」

「ああ、いいよ。俺も久しぶりにエイシャと二人っきりになれたんだから嬉しいよ」

「ん」


 礼央れおとエイシャの姿が見えなくなったことに気づいた里依紗りいさだったけど、その表情に焦りが見えたところでそれに気づいたアフェクトに「エイシャと二人にさせてやってくれ」と言われてハッとした。

「そうよ。三人のことずっと心配しててあの二人もゆっくりできなかったから許してやって」

「あっ、うん、仕方がないよね」

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