第86話

 アンクロでのんびりと過ごしていた俺達だったけど七日目の夕方から降り始めた雨で八日目はネザニクスさんに借りた家の中でゆっくりすることにした。


 セリシェールは買ったソファーでうつらうつらと頭を揺らしていてミドヴィスはドレッサーの前に座って唯奈ゆいな里依紗りいさに肌の手入れの仕方を教わっていた。

 こっちの世界のお化粧ってなんというかものすごく肌に負担がかかるというイメージがある。明らかに皮膚の上にもう一層化粧の膜ができてるからな。こっちに来て間もない頃に二人が化粧をしていた時のことを思い出した。

「そういやあ、アフェクトやエイシャが化粧してるとこをみたことがないな」

「ん、私はしない」

「私も必要がない限りしたくないな」

「そういうもん?」

「ん」

「そうだな」


 九日目。「今日はなにをしようか」と話し合っているところに来客があった。親方(鍛治師)のところのお弟子さんがやってきて「親方が工房へ来てほしいと言っています」と告げてきた。九日目の予定が決まった。


「待っとたぞ」

 工房に着いてすぐに親方から投げかけられた言葉がこれ。

 挨拶もそこそこに唯奈ゆいな里依紗りいさ、ミドヴィスは渡された装備を試すために杭に着せられた金属鎧の前に三人が立っていた。

「まずは戦鎚の具合を見てくれ」

 三人が手にした戦鎚はそれぞれ長さや鎚の部分の大きさが違う。

 ガンガンと打ち付けられる戦鎚が当たったところがベコっと凹んでいる。あれで頭を殴った方が剣で切り付けるより討伐するだけなら早いんじゃないかな。

「私、もう少し手元に重心がある方がいい」

「ん〜〜っ、私はもうちょっと先に重心があろ方が好みかな」

「あ、アタシはこのままで、いいです」

 重心の調整をどうするのかと思っていたら石突(戦鎚でも石突っていうのかな?)の部分に錘を増減できる仕組みになっていた。

 その調整が終わって何度か的に打ち込んでいた二人だったけど動かない的に物足りなさを感じたのか唯奈ゆいな里依紗りいさが模擬戦を始めた。

「うわっ、二人とも防具も着けてないんだから危ないって!」

「へーきだって」

「まあ、見てて礼央れおくん」

「二人なら大丈夫だろ」

「ん、見てる。死なない限りどうにかなる」

「「ええ〜〜……」」

 礼央れおとセリシェールの呆れた声が打ち合わさる戦鎚の音に負けずに響いた。

 ここまでやってダメということはないだろうと支払いを済ませようとしたんだけど親方から待ったがかかって観戦を続けることになった。


 実際に見ていると戦鎚は振り回すという攻撃が殆どになるから二人は上手く相手の攻撃を柄で防いでいた。

「うまいもんじゃのぉ」

「ああ、そうだな。私も混ざろうかな」

 観戦に加わっていたミドヴィスの戦鎚を見てなんかうずうずしてる人がいるんですけど……

「おい! 嬢ちゃん達ぃ、次はこっちを試してくれ!」

「あ、は〜い」

「はい」

「わかりました」


 ちょっとの休憩を挟んで今度は剣を試していく。こっちは事前にバランスについて打ち合わせをしていたので二人から注文が出ることはなかった。

 その代わりと言えばいいのかアフェクトも加わって四人で模擬戦を始めた。それもチーム戦じゃなくてバトルロイヤル的な感じで。

 三人も最初はミドヴィスを相手にするときは一対一で相手をしていたんだけどミドヴィス本人から「気を遣わないでください。訓練ですから」と言われたらそんな気をまわすのをあっさりと辞めた。

 ひとりが正面から攻撃をしてそれをミドヴィスが盾で防いだとしても動きが止まってしまったら別の方向からきた剣が寸止めされた。

「ほら、動きを止めるな。的になるぞ」

「はい!」

「じゃあ、次ね」

 連携している訳じゃないのは唯奈ゆいなに切りつけた里依紗りいさが死角から迫るアフェクトの剣を弾いてみせたことでもわかる。

「よくあんなの防げるのじゃ……」

 ほら、またセリシェールが呆れてるよ。もうその辺でいいんじゃない?

 そんな礼央れおの思いは四人には届かなかった。


「ふむ、あの様子ならいいじゃろ」

 そう言って工房に向かう親方がついて来いと顎をしゃくったので、そのあとに続く。

「エイシャはもし怪我をしたら治療してあげて。セリシェールもそこにいて」

「ん」

「わかったのじゃ」

 工房に入ったついでに今度こそ代金の支払いを済ませる。想像したほどではなかったけど結構な金額が出ていったとだけ言っておこう。


「それで、本題なんじゃが……」

「本題?」

「これじゃ」

 礼央れおの前に緩い曲線を描いた片刃の剣・刀もどきがあった。突き出されたそれを手に取って眺める。違和感、手に馴染まないそれを振ってみても違うという感覚が礼央れおに訪れた。

「試し切りはどうでした?」

「切れるには切れるんじゃが…… これが正解かわしらにはわからんのじゃ」

「あ〜、そうですよね」

 この世界の剣は身を切るよりも骨を断つ方に重点を置いているんじゃないかと思う時がある。実際、切れない訳じゃないけど切れる打ち刃物が持つ刃を動かさなくてもスッと切れるあの切れ味はない。

 軽く刃に触れて指を滑らせても切れたという感触はない。

「試し切りしていいですか?」

「うむ、そこにある杭でやってみてくれ」

「はい」

 鞘はない。

 だから青眼に構えた。

「っ」

 次の瞬間に切り下ろした刃は杭を捉えたが両断することはできなかった。礼央れおは刃が杭に食い込んだ時点で柄から手を離した。

「駄目なんじゃな」

「そうですね。俺は杭を両断するつもりでした」

「よおし、わかった! 打ち直しじゃな」

「あ、親方。俺達五日後にはアンディグに帰りますけど……」

「わかった」

 それだけ言い残して親方は工房の奥に入って行った。


 結局この日は昼食を挟んで四人の模擬戦を眺めて終わった。

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