第71話

 前線にいる部隊が大型獣と接敵した。

 私達がいるところからだと戦っている探索者は何かが動いてるってくらいにしかわからないのに大型獣の姿はわかる。

「亀だね」

「そうだね。どっちかというとワニガメみたいに見えるけど大き過ぎないアレ」


 ここから見る分には大きさにピンとこないけど探索者の一人が持っていた遠見の鏡という道具に映されたソイツは巨体に似合わない敏捷さで衛兵や探索者に攻撃をしていた。今のところ攻撃手段は噛みつきと踏みつけ。どちらの攻撃もまともに受けたらひとたまりもなさそうに思える。

 離れたところにいる瀬良せら 拓人たくとと気障眼鏡を含んだ衛兵達も同じような道具で前線の様子を見ていたようだけど、急に緊張感が高まってきたのが伝わってきた。

「嬢ちゃん達、抜けてきたぞ」


 私達より十歳は年上の探索者の男性が険しい表情で声をあげた。

 遠見の鏡に映されたのは大きなワニガメの対応で手薄になったところを抜け出してきたのは三体の黒い獣。

 体毛の色や長さは違うけどイメージとしてはサーベルタイガーを大きくした感じのそれはものすごい速さでこっちに向かって疾走を始めた。

「いままで戦ったことがある獣より大きい!」

「うっ、あ……」

 里依紗りいさの意見に同意するけど! なんでこんな大きくなったのがこんな街の近くに来てるの!? それよりも、ミドヴィスが気圧されて硬直してるのをどうにかしないと。

「しっかりしなさいっ!」

「っ!?」

 里依紗りいさがミドヴィスの背中を叩いてバシッと大きな音が響いたけど、これでミドヴィスの硬直も解けた。


「すぐ来るよっ」

「ミドヴィスは回避。ゆ、シュリーナは左、私は右」

わたくし達が左の一体を受け持ちます!」

「おう、無理するなよぉ!」

 この中で一番等級の高い探索者パーティが探索者の指揮をとっている。

 衛兵達は別の指揮系統で動いている。それでも一体くらいは受け持ってくれるだろうという願望を持ってそっちを見ると瀬良せら 拓人たくとが腕を振り回していた。「っしゃぁ、来いっ!」って気合い入れてるけど、どう見ても気合いが空回りしてるように見えた。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 いま私達は黒いサーベルタイガーに林の中に追い込まれていた。

 決定的な一撃はもらってないけど、こっちの攻撃も決定的なものは入れさせてもらえない。一度だけミドヴィスのタワーシールドに叩きつけるように繰り出してきた猫パンチ(というより凶悪なその一撃)を止めた時に相手が動揺したところに切りつけた一撃が一番深く入った。

 相手の機動力の方が高いから脚の腱を狙っても上手く入れられない。

 だから、機動力を奪えればと思って林に入った。だけど、それが間違っていた。

 巨体故に樹上からの攻撃はしてこないけど、幹を蹴って立体的に攻めてくるからこういう相手の対応は苦手で林の奥へ奥へと追い込まれていた。

「シュリーナ、ミドヴィス。奥にあるダンジョンへ入ろう。先に行ってっ!」

「わかった! 気をつけてっ! ミドヴィスついてきて!」

「は、はいっ」


 駆け出した二人と黒いサーベルタイガーの間に立って双剣を構える。

「怖い…… けど、このままじゃあ全員やられる」

 ザリッと音を立てた私の足元には奥のダンジョンに続く石畳があった。軽く脚を開いてフゥっと息を吐く。

「……こいっ!」


 私達を甚振いたぶっているのかどうかわからないけど私と対峙した黒いサーベルタイガーはグルルと低く唸って身を屈めた。そう思った次の瞬間には眼前に迫っていた。

「っ!?」

 かろうじて繰り出した双剣が大きくて硬い剣歯とぶつかりあって、まるで金属同士がぶつかったような音が響いた。当然、里依紗がその衝撃を受け切れるはずもなくて弾き飛ばされた。

「ぐっ!?」

「ギャッ」

 黒いサーベルタイガーと里依紗の左手に握られた双剣の間に血飛沫が舞っていた。弾き飛ばされた時に偶然、鋒が右目の端を捉えていた。深い傷ではないけど視界を奪うことはできたんじゃないかな。


「治癒」

 周囲の目を気にする余裕もなく治癒の術を使う。淡い治癒の輝きが打ちつけた背中と浅く裂かれた腕に集まって痛みを和らげていく。

 悔しいけど里依紗の能力じゃあエイシャほどの回復力はない。

「『聖女』なんて呼ばれてたけど自身なくすなぁ…… でも、こんなとこでやられるわけにはいかないからね」


 幸いと言っていいものか。

 避難しようとしていたダンジョンの入り口まではあと少しという位置に飛ばされていた。

 ここのダンジョンは既に踏破されていて魔獣(ダンジョン内の獣をそう呼んでいる)もいなくなっている。その代わり、何故か何度も再設置される罠があって罠に対応できるようにと衛兵隊は定期的にここを訪れていた。

 私と唯奈ゆいなも二度ほどここに来たことがあった。

 入り口は大きいからコイツも入ってくるだろうけど通路の狭さを考えれば跳ねたり走ったりはできなくなるはずだから、まだ勝機はある。

 様子を窺い黒いサーベルタイガーが後脚にグッと力を貯めた。跳躍がくる! それに合わせるように里依紗はダンジョンの入り口に向かって走った。


「エンリこっち!」

 唯奈ゆいながダンジョンの入り口から里依紗を追いかけてきた黒いサーベルタイガーに向けて槍を投擲した。ガッ、カランという音が背後から聞こえたから刺さってはいないんだろうけど少しは足止めになったと信じて入り口に転がり込んだ。

「こっちです。早くっ!」

「奥に走って!」

 すれ違う時に唯奈ゆいながもう一本槍を投擲した。唯奈ゆいなが手にしている槍を見ても結構古びた感じがあるからダンジョンの中に放置されていたものだろう。

「ゆ、シュリーナいいよっ! 後ろから衛兵も来てるっ!」

「わかったっ!」


 入り口の向こう側、黒いサーベルタイガー越しに衛兵と瀬良せら 拓人たくと、それに気障眼鏡がこっちに向かってきているのが見えた。

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