第70話

 少しでも早く三人と合流するために俺達はルゥビスに向けて乗合馬車ではなく二頭立ての馬車を借りて急いだ。

 通常の乗合馬車での移動より早いとはいっても馬が引いている以上は適度に休憩を挟む必要もある。それでも荷物の重量を考慮しなくていいぶん馬への負担は減っていると思いたい。


「それで、新しく召喚された異世界人がレオ達の同郷という事なんだな?」

「二人からの知らせだとそうなる。それも俺もいい印象は持ってないヤツだけど」

「ん、どういう人」

「ハッキリ言って下衆な奴だよ。他人の彼女でも手を出すし、噂だと無理矢理ってのも聞いた事がある。里依紗りいさに目をつけた時は諦めさせようと話に行ったけど会話にならなくてそこにいた何人かに殴られたことがあるよ。あっ、この話は二人には黙っててもらえると助かるんだけど……」

「まあ、知られたくないのなら、そうするけど」

「ん、わかった。でも、リイサが無事ということはレオ、なにかした?」

「ん〜、過剰防衛…… かな」

「過剰防衛とはどんなことをしたのだ?」


 御者台から振り返ってセリシェールが訊いてきた。

「最初に断っておくけど。そいつのところに話に行った時は囲まれて余計な口出しするなって言われて殴られたうえにナイフまで出されて本気で危険を感じたし、自分の身を守るのに精一杯だったんだ」

「ん、それで?」

「結局周りを見る余裕がなくってやり過ぎたんだ」

「ナイフを向けられたのはその時が初めてだったの?」

「そうだね。竹刀や木剣ならあるけどそれも稽古でのことだし、あんなに取り囲まれて敵意を向けられたことはなかった。正直、怖かったよ……」

「レオ達のいたところは、その、こっちに比べると安全なのか? その言いようだと日常的に武器の携行をしていないようなのだが」

「アフェクトの言うとおりだな。私達でも普段からナイフくらいは持っているぞ」

「俺のいたとこだと理由もなく刃物を携行することは禁じられていたからね。普段からナイフを持ち歩くことはしてなかったよ。こっちに来てからだよ解体ナイフをずっと身につけているようになったのは」

「それは、武器としてではないだろ」

「どっちかと言ったらルゥビスの探索者組合で解体を教わってる時からの習慣に近いかも。どっちにしても武器として持ってたわけじゃないなぁ」

「探索者を続けていくつもりならちゃんとした装備は必要だぞ。エイシャも」

「その時はアドバイスよろしく」

「ん、わかった」


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 礼央れお達がルゥビスに向かっているその頃、唯奈ゆいな達はというと。乗合馬車の関係で礼央れおと連絡をとった翌日に街を離れる予定にしていたのだが、あまりいい状況とは言えなかった。

 ルゥビスを離れようとしたその日。

 タイミングの悪いことに彼女達は正規の手順に則ってルゥビスを離れる事を報告するために探索者組合を訪れていた。

 あと一時間、探索者組合にこの知らせが届くのが遅ければ彼女達はルゥビスを離れていただろう。そういったタイミングで衛兵から探索者組合に応援要請が入り、オパール(D)以上の等級の探索者に非常呼集がかかった。

 非常召集された理由はルゥビスに向けて大型獣の暴走情報が入ったのだ。

 三方向から接近しているという情報に衛兵だけだは人手不足と判断しての応援要請だった。


 唯奈ゆいな里依紗りいさは技量は問題ないが実績がないとしてアンディグで発行された等級はオパール(D)。ミドヴィスの等級は新米(F)で今回の非常召集は除外されるがパーティの一員ということで任意での参加は可。

 ここまでならまだ問題はなかった。

 探索者組合の裏にある広場に集められた探索者に衛兵から状況の説明が行われているなか私達は声を顰めて相談をしていた。

礼央れおくんにルゥビスに大型獣の襲撃があるって知らせた方がいいかな?」

「一応知らせておこうよ。あとで知るよりいいだろうし」

「そうですね。帰るのが遅くなると心配されるでしょうから」

 周りのざわめきと衛兵の張りあげる声。この状況で私達の会話を聞き分ける者がいるとは思っていなかったから瀬良せら 拓人たくとが私達の方を見つめていたのに気づいた時には背筋に冷たいものを感じた。


 それでも召喚された者は衛兵と一緒に行動することが常だったから、こんな編成になったのには悪意さえ感じたよ。

 私達の他に探索者三パーティがアンクロへ続く街道側の守備を任された。言ってしまえば予備兵力。防衛戦から抜けてきたのがいた時のためのと言われているがここに配置された等級の探索者が束になっても本来は大型獣は討伐できない。

 だからといって瀬良せら 拓人たくとがこの場所にいるのは納得がいかない。瀬良せら 拓人たくとの他に衛兵が五人。それと気障ったらしい所作の眼鏡をかけた男がひとり。この人も多分召喚されてきた人だと思う。顔に覚えはないから知らない人だと思うけど。

 せめてもの救いは瀬良せら 拓人たくとと眼鏡の気障男の傍には常に衛兵がいるからこちらにやってくることがないということだった。


 配置されて三時間が経過して少しだけ緊張が弛緩したその時、前線から「おおおぉおっ!!」と叫び声が風に乗って聞こえてきた。

「始まった……」

「うん、来たね」

「大丈夫でしょうか?」


 ここからだと状況はわからない。周りのパーティも緊張感が増してきた。

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