第60話

「どうする、先に宿へ行く? それともロスター商会に行く?」

 教えてもらったオススメの宿の場所とロスター商会の場所がすごく近かったから逆にどうしようかと思ってしまったのだ。

「先にお風呂に入りたいなあ」

「あ、私も」

 皆んな、先にスッキリしたいみたいで宿一択だった。

 組合で勧められた宿は煉瓦造りの三階建ての大きなもので建物の裏側に厩と大きな浴場があるところ。料理も美味しいという話だったので期待している。

 因みに、一般的な探索者向けの宿は木造二階建て、風呂は無い場合が殆どで代わりに桶に入った湯を購入して身体を拭く。料理は宿によって当たり外れがあるからそこは色々なところに泊まるしかない。


 宿の扉は開かれていて、入り口を入ってすぐ左のカウンターには恰幅のいい女性がいた。看板娘?

「ひとまず二泊、部屋は「三人部屋と四人部屋で、お風呂はすぐ入れる?」で、お願いします」

 俺に被せるように唯奈ゆいなが部屋の要望を伝えた。

「はいよ、四人部屋二つになるよ。お風呂は小さい方で良ければすぐに入れるよ。全部で10AGアンクロ・ゴールドだよ。朝食と夕食は簡単なのはでるけど、それ以外は別料金だよ」


 カウンターの上に置かれた鍵には部屋番号を書いた木の札がついていた。俺達の部屋は三階・奥1と奥2だった。

「シーツは毎日変えてるから出かける時に声をかけとくれ」

「はい、わかりました。お世話になります」

「おや、礼儀正しいお客さんだね」

 そんな風な会話を女将さんとしてから部屋に向かおうとしたところで女将さんから「頑張んな色男」と耳打ちされた。うん、なんか色々察せられている気がするけど、気にしたら駄目なやつだこれ。


 三階に向かった俺達はそれぞれの部屋に分かれた。

 俺、エイシャ、唯奈ゆいな里依紗りいさが奥1の部屋、アフェクト、ミドヴィス、セリシェールが奥2の部屋に分かれ、荷物(と言っても怪しまれないように持っていた背嚢はいのうなのだけど)を置いたあと奥1の部屋に集まった。

 入り口の扉の傍にミドヴィスが警戒するように陣取って、俺達は部屋の中央に車座に座った。俺を起点にして右回りにエイシャ、アフェクト、セリシェール、唯奈ゆいな里依紗りいさの順。一応、唯奈ゆいな里依紗りいさは擬態したままの姿だ。


「最初に確認しておきたいんだけど、セリシェールは盗まれた荷物を取り返したいということでいいのかな?」

「そう、あれは取り返さないといけない大切な物」

「取り返すと言っても、一人でどうにかできるの?」

「ん、探索者を雇える?」

「それは……」

 まあ、所持品が無い状態では無理だろう。

「この装飾品達を売れば……」

 そう言った彼女の手を俺がおさえたのとアフェクトが「それは駄目です」と口にしたのは同時だった。


「ちょっと相談しよう。悪いけどセリシェールはちょっと席を外してもらえるかな」

「えっと、はい」

「ミドヴィスはそのまま警戒してて」

「はい!」


 ちょっときつい意見も出るかもという配慮からセリシェールを除いた俺達は車座になって頭を突き合わせていた。

 色々否定的な意見も出たけど最終的には彼女の荷物を取り返すことと故郷に帰ることができるようになるまで面倒を見るという決定に至った。


 そのあと俺達の予定をセリシェールと共有した。

 彼女の言った「お肉に汚染された身体が浄化されて故郷に帰れるまで50年はかかると思うけど」という発言だけが想定外だった。だって人間の細胞は3年もあれば入れ替わるとかなんとか聞いたことがあったから、そんなもんだと考えていた。何もかもスケールでかいよな長命種って……


 彼女が仲間になる交換条件として俺とエイシャは魔法を教えてもらうことに。唯奈ゆいな里依紗りいさは適性が無く、アフェクトはかろうじてできそうだったけど魔力量不足らしい。もしかして魔法って燃費悪いのか?

 俺達からは彼女に衣食住を提供する。そういう約束をした。

 なんとしてもこのあとバッグを売って資金を稼がねば。なんなら、もうひとつ作っとこうかな。


 そして俺の収納魔術を付与したバッグを見て目を見開いていた。

「なにこの出鱈目な収納量は……」

「ん? まだほんの一部なんだが」

 せっかく宿に泊まって、このあとお風呂に入るのにまた汚れた服を着たく無いよね。当然のように全員の着替えと入浴セット、それらを纏めて運べるように籠も用意している。

 この籠はこの間、素材採集に行った時の蔓で作ったものも一部ある。

 他にも装備を手入れするための道具や依頼中の汚れた食器を入れた桶を取り出している。食器はこのあと洗ってから俺は風呂に行くつもりだ。皆んなゆっくりお風呂に入りたいだろうからこのくらいの時間差は丁度いいんだよね。


 セリシェールは俺が部屋の中に色々出したものを見て口をポカンと開けたままでいた。

 長い年月を生きてきたセリシェールでさえ見たことの無い程の物だったらしい。あとでエイシャから聞いたことだけどセリシェールも俺の魔力量は測れないみたいだった。

 もしかしたら俺の魔力(と考えているもの)とこの世界の魔力は違うのかもしれない。そんな思いさえ頭をよぎった。


「あ、セリシェールもお風呂セットいるよね。あと、着替えはどうしようか?」

「ん、私の着る?」


 エイシャ! それはやめたげてっ! 身長は同じくらいでも脅威、いや胸囲が違うから! セリシェールの(胸の)ライフはもう真っ赤になってるから!

「あ、私、バスローブの予備があるから、それを着たらいいよ!」

 俺の心の叫びが聞こえたのか里依紗りいさが助け舟を出してくれた。

「落ち着いて! 宿でバスローブは駄目!!」

「「あっ!」」

 どうやら、俺も里依紗りいさも動揺していたらしい。

 アフェクトの指摘で俺と里依紗りいさは冷静さを取り戻した。


「上は私の服を着てもらって、下はミドヴィスのでいいんじゃない?」

「ん、試してみる?」

 エイシャと唯奈ゆいなが服を取り出し始めたので俺は慌てて部屋を出た。


 結局、宿を出たのは午後になってからだった。

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