第61話

 お風呂に入って(俺は別だけど。別だけど! 大事なことなので二回言いました)サッパリしてひと心地ついた時には午後になっていた。

 当初の予定より遅くなったけど、販売用に用意した収納魔術を付与したバッグを持ってロスター商会に向かった。


 収納魔術を付与したバッグを店の者に見せたら慌てた様子で「会頭を呼びますのでお待ちください」そう言われて俺達は立派な応接室に通された。

 今まで味わった事が無い程香り立つお茶を頂きながら眺めるこの応接室は全体としては華美過ぎないものの目を凝らせば柱や天井には凝った彫刻がなされていた。何よりこのソファーが素晴らしい。フワッとした触感のあと身体が沈み込んで包まれる。


 クラシックなメイド服を着た店舗スタッフ二人を引き連れた老紳士といった雰囲気の男性が入って来た。

「お待たせしました。ロスター商会、会頭のネザニクスと申します」

 会頭さんは表情はにこやかだけど隙がなくて、どこか油断ならない雰囲気が見て取れるた。ルゥヴィスにいた頃に探索者組合でちらっと見かけた貴族向けの商会のお偉いさんがこんな雰囲気を持っていた。

 それでもバッグの説明、実演。実際に手に取って確認してもらうと驚く程高値でバッグは売れた。


 提示された金額はアンディグで皆んなで暮らせるようにいま住んでるエイシャの家を購入、改築が可能な程の金額だった。正確にはお釣りがくる程の金額だった。その金額に即決しそうになった俺達転移組を制してアフェクトが金額交渉を行ったことでそこから二割増額された。アフェクトの提示した希望金額に不足分としてそれにプラス魔導竈Madokamを二台追加で用意してもらった。

 これ、俺の持ってるフルスペックのモノだと幾らになるんだろう……

 改めて皆んなに加減を求められた理由がわかった。そういうモノを持っていることを探索者が隠すという話も納得がいくものだった。

 価値がおかしすぎる。そう俺が考えてもおかしく無いと思うがどうだろう?

 まあ、魔術が衰退して魔導具が殆ど無いのか、それとも発展途上で魔導具が普及してないのかわからないけど、どっちにしてもこの世界では稀有なモノだということを今回知ることができた。今後気をつけないとな。


 そう思っていたのに、別の大口の取引のあとでロスター商会に白金貨、赤金貨が足りず、余りに多くの金貨で精算された。そして考えなしにネザニクスさんの目の前で自分のバッグに硬貨と魔導竈Madokam二台を収納してしまった。

 一瞬、店主さんの目の色が変わったけどコレは売れない。

「そちらのバッグもお売りいただけませんか?」

 断固として首を縦に振らない俺を見て渋々諦めてくれたみたいだったけど、代わりに「もし、気が変わりましたら、是非私どものところにお持ちください」と念を押された。

 複数の収納バッグを持つ探索者との良好な関係を築ければという打算があってのことだと思うけど。良好な関係を築ければいいんだけど、まだ為人ひととなりがわからないからなぁ…… 付き合いには気をつけようと自分に言い聞かせた。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 ロスター商会をあとにした頃には空が朱に染まっていて、割といい時間になっていた。


「お腹も減ってきたし宿に戻ろうか?」

「ん、そうしよう」

「そうだね、私もお腹が鳴らないか心配だったんだよねぇ」

「もう、シュリーナ(唯奈ゆいな)は……」

 唯奈ゆいなを嗜めようとした里依紗りいさだったがその後ろから可愛らしい「くぅ〜」という音がしたのと頬を朱に染めたミドヴィスの表情を見て口を噤んだ。

「そういえばセリシェールはお肉は駄目なんだよね。魚も駄目?」

「うむ、当然じゃ」

「そうなんだ。で、その喋り方疲れない? もう普通に喋ってもいいんだよ」

「な、なんのことを言ってるのじゃ。まったくレオは……」

 ロスター商会のメイドさんに子供扱いされたことが気に食わなかったようで、何か喋る時にはずっとこの口調で喋っていた。だけど宿にいた時は普通に喋ってたじゃないかと思ったけど、ここはグッと堪えた。

 こう見えても俺達の中で一番最年長だからね。


「スープの具材に入ってた物を除けても駄目かな?」

「そうじゃな」

 う〜んと唸って出した結論。

「それじゃあ、セリシェールは宿のご飯は食べられない? もしくはパンだけ?」

「そうじゃな。そうなる……」

 なぜか歯切れの悪いセリシェールのために市場に寄り道して朝取れ(と思われる)野菜や果物を購入して帰ることにした。

 これで夜中にお腹が空いても大丈夫だね。

 グッとサムズアップして見せたけどキョトンと首を傾げられた。うん、可愛さが溢れてる。唯奈ゆいな里依紗りいさが「きゃあ〜っ!!」と黄色い声をあげて左右からぎゅ〜ってしてるし、エイシャも手をわきわきさせてる。

 流石に俺が混ざると犯罪臭が酷いんで混ざらんけど。


 宿に帰り着いた頃にはすでに日は沈んでいて、階下にある食堂では宿泊客以外に街の人も食事やお酒を楽しんでいる。流石にオススメの宿だけあって酔客が暴れているなんていうことは無い。

 客層が違うから仕方ないけど、アンディグの探索者組合併設の食堂なんてすぐ絡んでくる奴がいたから雲泥の差だよ。

 給仕の女性にテーブルへ案内されたところで一先ず注文をする。

「オススメの料理とお酒を人数分」

 席を立ってこっそり女将さんに「お肉や魚が食べられない者がいるからパンと野菜のスープお願いできませんか」とお願いして金貨を一枚カウンターに置く。女将さんはバチコーンと音がしそうなウインクをして「任せときな!」と俺の注文を受けてくれた。


 お釣りを用意しているようだったから「お釣りは取っておいてください」と言い残してテーブルに戻った。

 最初にテーブルに持ってこられたのはワインとスープにサラダ、それとパン。この辺りははセリシェールも問題なく食べることができたけど、このあとにくるメインの肉か魚は食べられない。

 仕方がないこととはいえ少しだけ残念な気持ちになった。

 こんなことを言うときっと反論が出てくるだろうから言わないけど。

 今日のオススメ、メインはヴァーシという牛っぽい食味の分厚い肉を焼いて二センチ位の幅で切ったもの(ステーキみたいだな)にアィル(大蒜ニンニクに似たもの)のすりおろしを付け合わせにするかシツル(レモン味の果樹)の搾り汁をつけて食べるというものだった。


 セリシェールのためのメニューはオレキエッテのように中心に窪みのある小さなドーム状をした耳たぶみたいな形のパスタのようなものと根菜や豆が入ったシチューと筍のような形なのに蓮根のように穴が空いた根菜のステーキ、茹でた芋を潰して塩胡椒で味を整えたものと色とりどりの野菜スティックが出てきた。


 制限があると結構料理って苦労するんだろうなぁ。

 俺もこれから頑張ろ……

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