第58話

 朝食を手早く済ませて天幕を片付ける。


 そして馬車が動き始めるより早く俺は昨日の宣言通りに馬車に連結された荷台の隅で眠りについた。


 どれくらいの時間が経過したのかわからないけど身体をゆさゆさと揺すられて目を覚ました。俺の身体を揺する手は華奢で幼さを感じさせた。

 他に振動を感じないことから馬車は停まっているのだろう。


 ぼんやりと開いた目には長い金髪と可憐な顔立ちが見てとれた。ボサボサだった髪の毛は綺麗に整えられていた。やっぱり人間離れしていてどこか人形のように見える。

 俺が「起きたのか」と声をかけるより前に「ぐぎゅるぅぅぅ〜」となかなか大きな音が響いた。女の子は顔を両手で覆ったけど真っ赤になっているのは間違いない。それでも、俯いたまま小声で要望を伝えてきたからよっぽどお腹が空いていたんだろう。

「ねえ、お腹すいた」

「ん、ああ、いまあるのは…… (怪しまれないものは)これくらいかな?」


 バッグの中から取り出した特製ブロック携行食(燻製肉を解して塩味を抜いたもの)、それをその子の口元に持っていく。

「はい、あ〜んして」

 口を開けるジェスチャーをしてみせるとその子も真似をした。

「あ〜ん?」

「はい、どうぞ」

 ポイっと口の中に特製ブロック携行食を放り込む。

 もきゅもきゅとそれを頬張るその子の表情が綻ぶ。

「美味しい…… これ、なに?」

「これはね燻製肉を解して塩味を抜いて穀物を混ぜ合わせて味を整えた携行食だよ」

「えっ!? お肉、なの……」


 さっきまでは美味しいと言って顔を綻ばせていたのに今は真っ青になっている。どういうこと? サーっと下がっていた血流が戻る。いやそれを通り越して真っ赤になったかと思えば急に叫び始めた。

「うわぁ〜〜〜ん、私、お肉食べちゃったぁああああ!?!?」

 その叫び声を聞いて皆んなが荷台にいた俺達に視線を向けてきた。

 叫び声とともに姿の変わった少女を見て俺達六人はアングリと口を開けていた。

「「「「エルフ?」」」」

「えっ!?」

「まさか、神燐しんりんエルフ様…… ですか……」

「「「「「神燐エルフ!?」」」」」

「えっ!? あっ、ああ!!」

 少女は自分の耳に触れてまた叫び声をあげた。

 茫然自失といった感じの少女は他の人の目につかないように外套を被せて、ひとまずおいといて、アフェクトが神燐エルフについて説明してくれるのを聴くことにした。


 曰く、一般的なエルフと違って寿命というものが存在しない(この世界のエルフは大体三〜四百年の寿命だそうだ)。

 魔力を多く持っていて魔に長けている。

 精神体に近い存在。

 一部に食事が菜食の氏族がいる。

 他種族と関わることを避けている。

 などなど。謎の多い種族だそうだ。


 因みに街で暮らしている普通のエルフは肉や魚も食べているのを見かけたことがある。

 そしてこの少女は何らかの目的があって人里に出てきた神燐エルフで菜食の氏族なんだろう。

 珍しい種族みたいだから神燐エルフであることが周囲に知られないように擬態、もしくは認識阻害の魔法を使っていたのだろうというのが俺達の推測。

 他の人に神燐エルフってことがバレないようにエルフと呼ぼうと進言したらアフェクトに睨まれた。エルフ種的に崇め奉る存在なのかもしれない。なのでハイエルフと呼称することで妥協してもらった。


 引き続きアフェクト先生に質問をする。

「ところで、魔法と魔術ってどう違うの?」

「私にも詳しい魔法のことはわからないから憶測になるけど、魔術は知識や技術を持つ者が体内の魔力を使用して詠唱を引き金に行使される術だと言われている。そのため同じ魔力量であれば効果は等しくなると考えられている。それに対して魔法は多分エイシャやレオのように先天的に魔力を具現化することができる者が行使できるものじゃないかな」

「よくわからないな、魔術は学問的なもので魔法は感覚的なものってことなのかな?」

「そこのところは詳しい人に聞く方が良いのかも」

「まあ、わからなくても特に困らないから今はいいか。今はこの子にもう一度擬態の魔法? をかけてもらわないとな」

「ん、急がないと出発の時間になる」

 そうエイシャが告げてきてから間も無くして「出発の準備をしてください」というルカンドさんの声が聞こえてきた。


 俺が眠っている間、エイシャ達は馬車の休憩の合間に交代で昼食をとっていた。その途中に金髪(神燐)エルフの叫び声があがったもんだから、食べかけの昼食が出たまんまだった。

「そうね、かたしちゃおうか」

礼央れおとアフェクトはその子のことをお願い」

「あ、ああ、わかった」


 それから少しして「さっきのことはきっと夢よね……」と呟く金髪(神燐)エルフに「美味しかった?」と声をかけると頬を染めて頷いたもんだから、危うくもう一個口の中に放り込むところだった。

 アフェクトが外套を被ったままの少女の前に手鏡を差し出して「元の容姿に戻ってますよ」と囁いたことで少女は慌てた表情を浮かべて再び擬態を自分にかけた。やっぱり詠唱は無いから俺やエイシャの使う魔術と似た感じがした。そのうち聞いてみよう。


「さっきはごめん、知らなかったとはいえ不注意だった。それで、俺達はそろそろアンクロに向けて出発するんだけど君はどうする?」

「あ、えっと、同行させて頂いても?」

「まあ、保護したついでだからそれはいいけど、何があったかは聞いてもいい?」

「覚えている範囲で良ければ」

「ああ、それで大丈夫だ」


 金髪神燐エルフが仲間に加わった……

 なんだこれ……

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