第55話

 そして出発の日になり集合場所である馬車乗り場で、あの商隊が昨日のうちにこの町を出ていったことを知った。


「護衛、集まったんだな」

「そうね」

「まあ、その話は置いといて。御者さんに挨拶に行こうか」

「そうだね」


 簡単に挨拶を済ませてローテーションを打ち合わせる。

 最初は俺とエイシャが当直。その間は屋根の上の見張り台に二人で上がることになる。

「イチャイチャして見張りを疎かにしないでね」

 そんな言葉を俺の耳元で囁いてアフェクトが馬車に乗り込んだ。

「ちゃんと見張っててね」

「わかるからね」

 エンリ(里依紗りいさ)とシュリーナ(唯奈ゆいな)からも似たようなことを囁かれた。解せぬ。

 俺の表情を見たエイシャが「レオ、愛されてる」と言って俺の手を引いた。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 二日目までは町から近いこともあって特別なにかが起きることも無かった。


 その二日目の晩。

 当直はアフェクトとシュリーナ(唯奈ゆいな)。丁度、アフェクトが交代のためにシュリーナ(唯奈ゆいな)を起こしているときにそれはおこった。

 それまで後方から吹いていた風が風向きを変えて向かい風になった。その時、ミドヴィスが跳ね起きた。


「静かに」

 アフェクトが口を開きかけたミドヴィスを制する。

「ミドヴィス、静かに皆んなを起こして」

「はい」


 俺が起こされた時には当直組の二人が風上に注意を向けているところだった。

 その二人の元へ向かい状況を確認する。

「何があった?」

「詳しくはわからない。ただ、風に乗って血臭がね」

「それに獣の臭いもします」

 警戒を解かずにいる二人に問いかけると唯奈ゆいなが答えてくれ、その言葉にミドヴィスが補足してきた。


「来ると思う?」

「わからない。でも、さっきまでの風向きだとこっちの存在には気づかれてる」

「分かった。エイシャとエンリ(里依紗りいさ)にも警戒に当たってもらおう。あと、ルカンドさん(御者)を起こして状況を伝えてくる」

「お願い」


 それから三十分程が経過した。

 その間も風上から漂う臭いは変わらない。

 その状況に変化があったのはエイシャが注意を向けていた林側から不意に聞こえてきた足音。


「来た!」

 静かに、だが、警戒を解かずに告げられたその言葉にそちらに視線を向けると雲間から差し込んだ月明かりに照らされて何かが煌めく。それは少なく見積もっても十対の煌めき、眼だった。

「こっちにもいます!」

 反対側を警戒していたミドヴィスからも声があがる。


 周囲には獣避けを仕掛けてはいる。それでも、この数は想定外の数だ。どれだけ効果があるかは不安がよぎる。

「アフェクト、何か良い対策方法はある?」

「通常の獣だとすれば焚き火を警戒して近寄ってこないはずだが、統率が取れ過ぎている」

「つまり?」

「群れを率いる者がいる。ということ?」

「あるいは、ね。もう少し、様子見かな」

「了解、皆んな警戒宜しく」


 方針が決定したところで警戒を強める。

 その姿を判別出来るところまで近づいてきた獣を見て違和感を覚えた。

 リキャン、大きな耳と長い四肢に発達した犬歯を持つ体毛が白・黒・茶の斑模様をした大型の野犬。非常に臆病で普段は人前に現れることは稀だ。基本的に群れで行動する。俺はこの獣についてそう教えられた。

 比較的嗅覚に優れたこの獣なら獣避けが効果を発揮する筈。


 そして警戒を解くことなく三時間程が経過したその時、全てのリキャンが忽然と去って行った。


「皆んなは眠って、当直は俺とシュリーナ(唯奈ゆいな)が引き継ぐから」

 夜明けまではあと三時間程ある。眠れる時に眠っておかないと昼の護衛に差し障りがあるからね。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 そのあとは特に問題無く夜明けを迎えることができた。


 当直中ということもあって気を抜くことはできないけど唯奈ゆいなは俺の背中にもたれたまま呟いた。

礼央れおと二人になるのっていつぶりだろうね」

里依紗りいさがインフルエンザになった時以来じゃないいかな」


 思い返しても俺達はずっと一緒だった。

 小中とクラスが違っていることはあっても登下校は一緒だった。高校に至ってはずっとクラスも一緒だったし、こっちに来てからとなると二人と別行動をとることはあっても唯奈ゆいなと二人っきりということは無かったように思う。


「どうしてルゥヴィスの人は私達を呼んだんだろうね」

「俺は…… すぐに追い出されたからなぁ…… 唯奈ゆいなは何か説明されてない?」

「ううん…… 私達も討伐や救援に行くくらいのことしかしてないし、よくある『魔王が復活する』なんて話も聞いてない。わざわざ、私達を召喚しなくてもいいんじゃないかって思う程度のことしかしてない気がする……」

 そうなんだよな。俺も探索者組合にいた時にもそんな話は聞かなかった。上層部が混乱を避けるために情報を秘匿している可能性が無いとは言えないけど。


里依紗りいさがもう一度剣を手にしたのはね。エイシャの存在があったからなんだよ……」

「えっ、それって、どういうこと?」

「聖女って言われていても里依紗りいさは深い傷の治療はできなかったの。でも、エイシャは礼央れおのために治癒魔術をかけ続けていたんでしょ? それを聞いた里依紗りいさ能力の低さちからのなさを嘆いてた。あっ、このこと言ったら駄目だからね」

「言わないよ…… ごめん、きっと唯奈ゆいなにもつらい想いをさせたんだろうね」

「ううん…… ちゃんと、今、こうして温もりを感じられてるから、だからいい……」


 そっと身体を支えるように地面に突いていた唯奈ゆいなの手に俺は手を重ねた。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 東の空がうっすらと明るくなり始めた頃、唯奈ゆいな以外に起きている者がいないこの状況をいいことにバッグの中から作り置きのサンドイッチの入ったバスケットを取り出し、ふと気になったことを訊ねた。


「昨日のリキャンのことだけど、どう思う?」

「う〜ん、気になるのは血臭なのよね。進行方向から漂ってきた以上は出発前に確認しておくべきだと思う」

「じゃあ、もう少しだけ付き合ってくれる?」

「ええ、エンリ(里依紗りいさ)に声をかけてくるわ」

「あと、エイシャにも声をかけておいて」

「わかった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る