第52話

 お風呂には最初に唯奈ゆいな里依紗りいさが向かった。

 いまの彼女達は擬態を解いた素の姿に戻っている。


 リビングに戻ってきたエイシャにお茶を入れる。

「はい」

「ん、ありがと」

 隣り合って座る俺達を見て「当たり前のように隣に座るのね」とアフェクトは呟いた。

「ねえ、エイシャはレオがこんな能力を持っているから一緒にいるの?」

 言葉を発したあと、アフェクトは意地の悪い聞き方をした。そう後悔の念を抱いた表情を向けてきたけど、一度口から出た言葉はもう帰らない。だからこその後悔か。

 俯いてしまったアフェクトが謝罪の声をあげようと顔を上げたその時、気にした感じも見せずにエイシャが被せるように答えた。

「私はレオに惹かれたから一緒にいる。こんなことができるのを知ったのはあとから。もしこの力が無くてもレオを好きになっていた」

 はっきりとそう口にしてくれた彼女の手を握って「ありがとう。俺もエイシャのことが好きだ」と彼女に伝える。


 砂糖を大量に口に含んだ。そう表現するのが最適と言える表情を俺たちに向けてきたアフェクトに向かって「アフェクトも加わりたい?」とエイシャは問いかけた。

「「なっ」、なにを言ってるんだ、エイシャはっ!?」

「ん〜、私と一緒で(独身)男性探索者を避けていたアフェクトにはいい話だと思った。レオにとっても」

 にっこりと無邪気な笑みを浮かべているけど、本当の気持ちはどうなんだろうか? 訊ねようと口を開きかけたところに唯奈ゆいな里依紗りいさがお風呂から出てきた。

「あ〜、サッパリした」

「お先に頂きました」

「ん、次はアフェクトとミドヴィスがお風呂いってくる」

「あ、ああ」

「はい」


 アフェクトとミドヴィスを送り出したあと、唯奈ゆいな里依紗りいさに冷えたレモン水(もどき)を持ってくる。

「はい、しっかり水分補給しなよ」

「「ありがと」う」

 二人が一息ついたところで改めてエイシャに問う。

「エイシャは奥さんが増えてもいいの?」

「「えっ!?」どういうこと!」

「実はさっきエイシャがアフェクトに奥さんに加わらないかって言ってたんだよ」

「なんで! あっ、いや、あの…… エイシャの好意に甘えてる私がいうことじゃないかもだけど、エイシャに独占欲は無いの?」

「そうだよ、私にも礼央れおの一番になりたいって気持ちはあるんだよ」

「ん、知ってる。でも、負けない」

「エイシャ、無理はしてないよな?」

「ん、してない。ありがとレオ」

「そうか……」

「そんなに深刻そうにしない。私は必要だと感じたから、そう言っただけ」

 静かにそう告げたエイシャの表情は凛として強い意思を滲ませていた。それは唯奈ゆいな里依紗りいさにも伝わったようだった。

「わかった。ただ、俺もアフェクトのことはまだそんなに知らないし、無理に勧誘しないようにしてくれよ」

 アフェクトが俺に惚れるというのは想像できないから、こっちからそういうことを意識させなければ奥さんが四人になることはない。俺はそう考えた。その想いは三人にも届いたようで頷き返してきた。


 それから程なくしてアフェクトとミドヴィスがお風呂から出てきたので、次はエイシャだなと思っていたのだが「ん、いこ」と手を引かれてしまった。

「「あっ……」」と言う唯奈ゆいな里依紗りいさの声を背に俺達はお風呂場に向かった。


 ちゃぽん……

 頭と身体をお互いで洗い合いっこして湯船に浸かってエイシャの身体を後ろから抱きしめていると天井から水滴が一雫落ちてきた。


 カタン。

 お風呂の入り口、扉の外で物音がした。そのタイミングで浴場の四隅に配置していた灯りのうち二つが消える。多分、燃料が尽きた。

「ん、誰か来た」

「んん? 誰が来たんだ?」

「ん、レオ。入り口の上に水球を作っておいて」

「あ、ああ、わかった」

 耳をすませるとシュルっと衣擦れの音も聞こえてくる。でも、俺達が最後にお風呂に入っていることを考えると、いまお風呂に入ってきたのが誰か想像がつかない。

 俺の足の間で身体の向きを変えたエイシャがその胸を俺の胸に押し付けて耳元で囁いてきた。

「合図したら水球を割って」

「ああ、分かった」


 俺は入り口に背を向けた形になっているがエイシャがタイミングは教えてくれるらしいからそれに備える。

 そしてもうひとつ灯りが消えた。あとひとつだけになった灯りだけだと浴室内を照らすには不十分だった。俺の目が慣れるより前にガタっという音がした。


「ん、いま」

 俺の耳に息を吹きかけるようにしてエイシャがタイミングを告げる。それ同時に水球が弾けてバシャっという音が浴室に響いた。


「ひゃっ!?」「ひゃう!?」

 聞こえてきた二つの悲鳴、その声を俺はよく知っていた。

「冷た〜い……」

「もう、なんでぇ」

「二人とも、何してんのさ……」

「ん、何してる?」

「えっと、その……」

「私達も、その……」

「ん、ハッキリ!」

「「一緒に、入りたい!」の!」

「えっ!?」

「ん、言えた」

 耳元で囁いたエイシャの声は穏やかでどこか嬉しそうだった。

「ん、二人も早くきて。身体が冷える」

「そ、そうだよね。身体が冷えるもんね」

「あ、そ、そうだよね」

 エイシャの呼びかけに掛け湯だけ済ませて二人は湯船に向かってきた。俺(とエイシャ)の右に唯奈ゆいな、左に里依紗りいさがほぼ同時に入ってきて目のやり場に困った俺は天井を仰ぎ見ていた。


礼央れおくん、私も唯奈ゆいなも、タオル巻いてるから……」

「そ、そうよ…… そんなに、意識されると、恥ずかしい……」


 このあとエイシャが俺に抱きついていることに気がついた二人が暴走するのだけど、二人の名誉のためここではあえて伏せておきたいと思う。

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