第25話

 採取依頼からの帰還途中。

 湿った空気を感じると思って風上側を振り返ると街道に出た時は晴れていたのが嘘のような曇天。

 周囲に雨をやり過ごせるような場所は見当たらない。


「まいったな、あれ、すぐにここも降り出すかも」

 俺の呟きを聞きつけた皆んなも振り返って現状を把握する。

「帰るまでに一度は降ると思ってた。でも、あれは強く降ってそう」

「そうだね、まるでカーテンみたい……」

 里依紗りいさがカーテンと形容したように離れた場所から見ると雨の降ってるところだけ空から帯状にベールがかかっている。

「あそこの岩のところから林に入ってすぐに開けた所がある。そこに天幕を張る?」

「私はその方がいいと思う」

「そうだね、降り出す前に行こう」

「「うん」」

「はい」

「ん」


 エイシャを先頭にして林に分け入って行く。馬車が時々入って来るのかわだちの跡もあった。

「この先って馬車の休憩場所?」

「ん、そう。街道沿いには所々に有る。この時間なら誰もいないと思う」

「それは助かるな」

 バッグから天幕を取り出すところを見られるとややこしいから誰もいないのは好都合。脇道に入ってすぐにポツポツと大粒の雨が降り始めた。天幕を林との境に近いところに設営する。

「ペグを打つから、そっちお願い」

「分かった」

「ん」

「私、こっちやるから、ミドヴィスも手伝って」

「はい!」

 慌ただしくも正確に作業を行う。その間にも雨足は強くなってくる。

「うわっ、本降りになった」

「ん、終わった。中に入る」

「うん、唯奈ゆいな里依紗りいさ、そっちは?」

「大丈夫!」

「こっちも、もう終わるから!」

「分かった。じゃあ、また後で」

「「うん!」」


 エイシャが待つ天幕の中に急いで入る。時間があれば天幕の周りに溝を掘っておきたかったけどそんな時間は無かった。わずかな時間で結構濡れているから、そんなことをしていたらずぶ濡れになっただろう。天幕の入り口から三人の天幕の方を見ると最後にミルヴィスが中に入っていくところだった。

「ん、体を拭かないと」

「あ、有難う」

 背後から頭にタオルを被せられて、エイシャの可愛らしい手がわしゃわしゃと動いているのがタオル越しに感じられた。

「エイシャは濡れてない?」

「ん、もう拭いた」

「なら、良かった」

「この雨、少し降り続くかもしれない」

「そっか、夕方までにあがるといいけどな」

「ん、ユイナが嘆く」

「燻製肉に?」

「そう、アレは硬いって文句を言っていた」

「あ〜、それ分かるなあ」

「私も、もう前の食生活には戻れない」

 そう言って背後から俺の身体を抱きしめてくる。

「胃袋を捕まえちゃったかな?」

「胃袋だけじゃない、よ」


 エイシャの手を少しだけ離してもらうように導いて身体の向きを変える。互いに向き合い抱きしめ合う。

「捕まえた」

「ん、捕まった。これからも捕まえていて」

「ずっと、捕まえてるよ」


 雨宿りを始めてから一時間ほどが過ぎた頃、外が騒がしくなってきた。

 二人で天幕の外を窺うと向こうの天幕でもミドヴィスが天幕の入口をおさえて二人が外を窺っていた。目配せをして音のした方を見る。

 丁度、二台の馬車がこの広場に入って来るところだった。

 一台は荷馬車でアンクロから交易品を運んでいるもの。もう一台は見たことのない意匠の装飾が施された馬車。どちらの馬車の御者もフードを目深に被っていて表情が窺えない。

「問題を抱えて無ければこちらに声をかけてこないと思う」

「荷馬車の方は前に市場で見かけたことがある」

 特徴的な樽から唐辛子が溢れている意匠が施されている。香辛料を求めて市場に行った時に見かけたことのある馬車だった。

「もう一台はアンディグに向かってるのかな?」

「ん〜、ブレウまで行くんじゃない。アンディグで一泊するかも知れないけど」

「まあ、俺たちには関係ないか」

「ん、そうだね」


 天幕に打ち付ける雨の音はいまだ強さを緩めることは無く少しだけ入り口を閉めて動向を窺うことにした。

「大丈夫だと思うけど、エイシャは備えてて」

「ん、わかった」


 結局、俺が危惧したようなことは起きずにすんだ。

 雨足は少しだけ弱まったけど今も強く振り続けている。

「やまないね」

「ん、やまない」


 二台の馬車は少し距離をとってそれぞれの護衛役の探索者が天幕を張っていた。可哀想なくらいずぶ濡れになっていたけど。

「風邪ひきそうだよな」

「ん」

 全くの他人事として眺めている俺達。けど、もう少し遅かったら俺達もああなっていたんだなと呑気に考えているとゴロゴロ、ドーンっと稲光と轟音が轟いた。

「うわっ!」

「う、ひっ!?」

 声を詰まらせたエイシャがギュッと俺にしがみついてきて、その手は震えていた。

「エイシャ、雷、怖い?」

「ん、ごめん、このままでいさせて」

「いいよ」

 宥めるように肩を抱く。手を離したことで天幕の入り口が閉じる。その時、隙間から覗いた向こうの天幕の中から唯奈ゆいな里依紗りいさがきつい視線を向けてきていた。見なかったことにしよう。

 不可抗力だし、それにあとが怖い。


 最初の落雷から三十分しないうちに雷は遠ざかっていった。だけど、雨は夕方になっても降り続いていた。

 天幕の中で火を使うことも出来ないから調理済みのものをバッグから取り出して夕飯に、とはいっても大したものは入ってない。昨日の焼き魚とスープに硬いパン。パンはスープに浸して柔らかくして食べる。今度フレンチトースト(っぽいもの)作ってみるか。皆んな喜ぶよな、きっと。

 でも、砂糖がなあ…… 市場で見かけた物は随分高値だった。

「どうにか安く砂糖が手に入らないかなあ……」

「ん、レオは砂糖が欲しいの?」

「ああ、パンをもっと美味しく食べれないかと思ってな」

「美味しいパン! 仕方ない、市場に買いに行こ」

「いや、だから市場の砂糖、高かったんだよ」

 いや、元の世界の感覚で言うと塩も胡椒も割高だし、醤油や植物油は見たことが無い。色々欲しい調味料が手に入らないんだよな。当然、米と大豆も見かけない。

「どこかに無いかなあ……」

「今回の報酬で砂糖を買いに行くのは?」

「却下です。三人分の日用品や色々買う必要があるでしょ?」

「あうっ…… 残念」

「まあ、その辺は帰ってから考えよ、ほらエイシャは先に寝て」

「ん、当直お願い、おやすみぃ」

 雨は夜半まで降り続いた。

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