第15話

 唯奈達が支流側に入って二日。

 両側を切り立った崖に挟まれたところでは崖の上から猿(額に角が二本あるから猿と言っていいのかどうか)からの投石を受けた。


「わっ!?」

「痛っ!」

 完全に探知の範囲外からの投石に気がつくのが遅れた唯奈里依紗りいさだったが、かろうじて回避することに成功した。

 ただ、投石の量が多くてミドヴィスはいくつか被弾していた。

 縄張りに侵入してしまったのか崖の上に目を向けると猿達は「キー、キー」と威嚇の声をあげてきた。

 その数の多さと一息に登れない程の崖の上からの投石に私達は逃げることを選択した。

「走って! 縄張りを抜けよう」

「うん」

「はい」

 ゴロゴロとした石の上は走りにくい。

 それでも飛び石の要領で石の上を飛んで走って行くと暫くして投石は止んだ。


 十分な距離をとって一度休憩することにした。

「はぁ、はぁ、酷い目にあった……」

「ほんとだよぉ、あんな上から縄張り主張してこなくてもいいのにね……」

「怪我はありませんか?」

「んん、怪我はしてないかな? それよりミドヴィスの方は大丈夫?」

「私も問題ありません」

「そ、じゃあ、ついでにご飯にする?」

「そうだね、そうしよっか」

「はい、わかりました」

 そう言ってミドヴィスは背負っていた背嚢はいのうを降ろした。

「あっ……」

「どうかした?」

「その…… 背嚢はいのうに穴が……」

「「えっ!?」」


 背嚢はいのうは縫い目から裂けてそこそこ大きな穴が開いていた。

 底の方に衣類を詰めておいたんだけど、それもはみ出していた。

「もしかして…… 保存食も?」

「……はい、申し訳ありません。取りに行ってきます!」

 あの猿の縄張りに保存食を取りに戻ろうとしたミドヴィスの腕を掴んで制する。なにせ振り返った視線の先ではさっきの猿達が私達の保存食を食べに降りて来ているところだった。

「あんなとこに入っていったら怪我じゃ済まないよ。ご飯は魚か獣を獲りに行けばどうにかなるから」

「すみません……」

 申し訳なさそうにするミドヴィスだけど、以前にも食料が足りなくなった経験がある私達はそこまで悲観的にはなってない。

「じゃあ、魚を獲りやすいとこまで移動しよう」

「川幅の狭いところか入江状の地形のとこがあればいいけど」

 魚獲り網とかないから三人で岸に向かって追い立てて獲れないものかと考えている。それで駄目なら獣を獲ることも考えようかという方針にした。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 暫く川沿いに下っていると不自然に川が堰き止められた痕跡があった。

「あきらかに誰かが堰き止めた跡だよね」

「うん、それに苔の荒らされ方からして最近だね」

 対岸側の上流から下流に向けて川幅を狭めるように石が積まれているのに三分の一程で途切れている。それに所々の苔が踏み荒されているのが確認できた。


「作りかけ、なのかな?」

「でも、これ完成図が浮かばないね」

「それはおいといて、人がこの近くにいるかも知れないってことじゃない? 川で漁をしている人なら何か知っているかも」

「そうだね、その人を探そう」

「ミドヴィスも人の痕跡を探して」

「はい」


 探索を開始してからすぐに獣道が見つかったとミドヴィスが私たちを呼ぶ。

「ご主人様、こちらに獣道があります」

 そこには痕跡を隠す気がないとでも言おうか、人が歩いた跡が残されていた。

 それも時間はそれほど経っていない。その証拠に折れた枝が生々しい。

「ミドヴィス、その折れた枝に臭いは残ってる?」

「樹液の臭いが強くてわかりにくいです。ん?でも…… この臭い、どこかで」

「とりあえず、川にいた人を追いかけよう」

「ミドヴィス、痕跡を辿れる」

「はい」


 獣道をミドヴィスの先導に従って進む。頻繁に人が通っている訳じゃないのだろう、張り出した枝を打った跡が散見される。

「山菜でも採っていたんでしょうか?」

 きのこ類や果実を採った痕跡まである。

 そのまま少し進むと進行先から香ばしい魚の焼ける匂いが漂ってくる。

「ひょっとして川で獲れた魚を焼いてる?」

「それなら話を聞くのにちょうどいいよね」

「美味しそうな匂いですね」

 本能に忠実にミドヴィスは鼻をヒクヒクとさせて漂ってくる匂いを嗅いでいる。

「……うん、ホントに美味しそうな匂いだね」

「そうだね、もう燻製肉にも飽きたし、分けてもらえないかな」

 すっかりその匂いにやられている気がしないでもないが食欲が刺激されすぎている。周囲への警戒を怠ったまま唯奈達は獣道から開けた場所に出た。

「「あっ!?」」

「えっ?」

 そこには探し求めていた人が居た。


◇◆ ◇◆ 礼央れお Side. ◇◆ ◇◆


 きのことサーモン(に似た魚)の包み焼きを二人で頬張る。イメージはサーモンのホイル焼きなんだけどバターのコクとか色々物足りないのは置いといて、限られた食材・調理器具ではいい感じにできたんじゃないかな。


「ん、美味しい」

「ああ、上手くできて良かったよ」

 実験的な料理だったから上手くできているか一口食べるまではドキドキしていた。俺としても思ったより良くできたと思うしエイシャの評価も悪くない。

 サラダの方はもっとドレッシングに改良が必要だと感じる。

「マヨネーズもなんかもう少し足りないんだよなあ……」

「ん、これで足りないの? 美味しいのに」

「コクが足りないのかな?」

「試食ならいくらでも付き合う」

「うん、その時はよろしくね。あっ、そろそろこっちもいいよ」

 魚の塩焼きをエイシャに差し出して俺も一串とり齧り付く。

「ん、旨い。良い塩加減」

「ん、んん〜〜〜っ」

 エイシャは両腕をブンブンと振りながら美味しいと全身で伝えてくる。あんまり腕を振って魚を飛ばすなよ…… 幸い魚が飛ぶことはなかったけどね。

「満足してくれたようで良かったよ」

「ん、ありがと、レオ」

 肩が触れるくらいの位置にいたエイシャがレオに撓垂れ掛かる。

「どうする、ライパンは明日狩りにいく?」

「ん、明日でいいんじゃない。今日はゆっくりしたい」

「うん、そうしようか」

 ガサっという音に川へ続く獣道の方をエイシャと振り返る。

「「あっ!?」」

「えっ?」

「ん?」

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