第14話

◇◆ ◇◆ 唯奈ゆいな里依紗りいさ Side. ◇◆ ◇◆


 アンクロを出て五日。

 ミドヴィスを加えた私達は川に沿って南下を続けた。彼女は小柄ながら本人が言うようにポーターとしては申し分ない働きを見せていた。

 その嗅覚を活かして礼央れおを見つけることはまだできていないけど早い段階で獣を見つけてくれるのでその点では捜索に注力することができた。


 体力の消耗を抑えるためにも戦闘は極力避けたかった私達だったけど、全ての脅威を回避することができたわけではない。


 風上から強い血臭が漂ってきた時も最初に気がついたミドヴィスの声に全員がそちらに警戒を向けていた時、川の中から大きなトカゲ、いや腹側が毒々しい赤色ということはイモリ、それが静かに這い出してきた。

 ルゥビスに方にはこの手の大型水棲生物は稀だったから私達は完全に失念していた。

 大きなイモリ(名前は忘れた)に最初に気がついたのは水辺に一番近かった里依紗りいさだった。ゴトっと石が動いた音に振り返った里依紗りいさと大イモリのつぶらな瞳がバッチリと合った。

「い、いやぁ〜!?」


 悲鳴に振り返った唯奈とミドヴィスには大イモリに襲い掛かられそうになって後退る里依紗りいさの姿が目に映った。

里依紗りいさ、下がって! ミドヴィスは警戒!」

「は、はい!」


 里依紗りいさと大イモリの間に入るようにして剣を構える。

 きっさきは大イモリに向けたままにして相手の出方を窺う。イモリって肉食なんだっけ? と少し間の抜けたことを考えていると大イモリはビックリするくらいの速さで身体の向きを変えて川の中に入っていった。


「ふ、うぅ〜」

 戦闘になるかもしれない。そう考えて、どこか緊張していた唯奈は大きく息を吐いた。

 この世界に来て獣の討伐は何度も経験した。それでも、やっぱり命を奪う。その行為に慣れることはない。

「戦闘にならなくて良かった……」

 思わず呟いた言葉は二人には届かなかった。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 それから更に南下すること、七日。

 この辺りまで下ってくると川原の岩も角がとれて丸い石がゴロゴロしているのが目立つ。

 所々に中洲があって大きなものになるとあしすすきのような背の高い植物が多く見られる。そんなところはそこまで行って確認した。

 その度に何も見つからなかったことに安堵してきた。


 中流域に差し掛かってからは流れの緩やかなところが多くなり川幅が広くなってきた。それに伴うようにして捜索にかかる時間が増えていった。

「もう少し行くと川幅が絞られるところがあったよね」

 アンクロで手に入れた地図を広げて捜索方針を話し合う。

 ここまでは大きく蛇行することなく流れて来た川筋はこの先で絞り込まれてその先で大きく蛇行する。


「地形的に考えると絞り込まれたところで流れが速くなるよね」

「そうだね」

「その先で大きく蛇行してるということは、そこで氾濫が起きていたとしてもおかしくないよね」

「ここだよね」

 地図上で大きく曲がる川筋を指差す。その近くには小さな町がある。アンディグと記されている。

「そこを過ぎると東からの川と合流してこれまで以上に川幅が広くなって捜索はかなり難しくなるよね」

「うん。地形的にはアンディグまでに礼央れおを見つけたい……」

 私達の暗く沈んだ雰囲気にミドヴィスがオロオロと狼狽える。

「すみません…… 私が見つけられないばかりに……」

「ううん、ミドヴィスは悪くないよ」

「本当は私達も分かってる。遭難してからひと月も経ってから捜索している時点で望みが薄いことも…… でもね、礼央れおくんの姿を見るまでは諦められない……」

里依紗りいさ……」


 里依紗の頬にいつの間にか溢れていた涙。そっと頬に手を添えて涙を拭ってくれる唯奈ゆいな、その手に里依紗も手を添える。

 きっと、唯奈ゆいなだってつらいだろうに。ありがとう……


 この日はそのままここで野営することになった。

 河原から一段高くなった土手の上に雨除けのタープをかけたりしていく。

 設営や料理をすることで気持ちを切り替えた。

 まあ、料理といってもアンクロで買った保存用の燻製肉に一緒に買ったタレをかけて炒めたものと根菜を刻んで燻製肉と一緒に煮込んだスープ。

 この燻製肉、硬くて唯奈はあまり好きじゃない。

礼央れおくんのご飯食べたい……」

 里依紗りいさが溢したその呟き、それは唯奈も同じ気持ちだった。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 その日から二日が経過した。

 川幅が狭まってくるところに差し掛かり両岸に切り立った崖と大きな岩塊が見えてきた。よく見るとその岩塊と崖の間に向けて流れる支流があった。これは地図には記されていなかったけど、新しくできたようには見えない。

「ねえ、どうする?」

「普通に考えると川幅の広い方に流されていると思う。けど、狭い方が流れは早くなる筈だよね」

 都合良く痕跡があればいい、だけどそんなのは物語の中だけ。

唯奈ゆいなはどっちだと思う」

 ずっと地図を睨んでいると里依紗りいさから意見を求められた。

「うん、根拠は弱いけど私は支流の方を探したい」

「どうして?」

「うん、上流を見て」

 緩く弧を描く上流からの流れはこの先の岩塊に向かっているようにも見える。唯奈には増水して流れが早くなっていた支流に流された。そう考えるとその可能性を否定できない。

「可能性は否定できないね、でも、こんなの判断出来ないよ……」

「二手に別れるのは現実的じゃないしどうする?」

 このまま迷っていても先に進むことはできない。それなら直感に従おう。スッと手を伸ばしたその先は支流側だった。

「行こう、支流側に」

「うん、行こう。こういう時の唯奈ゆいなの直感は当たるもんね」

「はい」

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