第9話

 買い物と食事を済ませてエイシャの家に戻った俺達は何故かベッドの上にいた。とはいえ、別に艶っぽいことをしている訳じゃない。

 俺の足の間に腰を下ろしたエイシャを背中から抱きしめているだけだ。

 エイシャはこれが気に入ったようで家に入るなり、片付けそっちのけでハグを要求された。


「んふ〜っ、これ、落ち着く……」

「喜んでもらえて良かったよ」

 エイシャのご所望通りに俺の手は彼女のお腹、おへその上と下腹部に添えられている。言っとくが二人ともちゃんと服は着ているぞ。


「レオは、魔術とか使えないんだよね?」

「魔術? ルゥヴィスで鑑定された時に何も無いって言われたからなあ」

「それにしては魔力が多い気がするんだよねぇ」

 そう言いながら俺の腕の中で彼女はゆらゆらと揺れる。

「ねえ、想像してみて…… 掌から私に魔力が流れてくるところを……」

「ん? んん、やってみる」


 目を瞑って掌から魔力が流れているところを想像する。とは言っても魔力というものがピンとこない。

 5分ほどうんうんと唸っているとエイシャが堪えきれずに笑い出した。

「うんうん言っててなんかおかしい。レオが魔術と言われて想像するものはなに?」

「魔術かぁ」

 探索者にとって有用な魔術、生活・補助・攻撃・防御と思い浮かべていくけどやっぱり一番便利なのはこれかな。


「収納魔術とかあったら便利じゃない?」

「収納魔術?」

「そう、背嚢の代わりにポーチとかに収納魔術をかけておいて、それで荷物を運ぶ。作る時の魔力量に応じて収納量が変わるとかどうかな?」

 俺の手から離れてベッドを降りて棚をガサゴソと漁ったエイシャは小さなポーチを手に戻ってくる。


「ポーチ、これでもいい?」

 エイシャの持って来たそれは元の世界のウエストバッグのような物。それを手に取ってみる。

「小物入れるのに便利かと思って買ったけど、思ったより収納量がなくって使ってない」

 サイズ的に大判コミックくらいでまちが三センチ程度のしっかりとした作りのよもぎ色のウエストバッグ。

「うん、良い感じ」

「ん、そのバッグにレオの考えた収納魔術がかかったところを想像してみて」

「難しいこと言うね」

「ん、何事も実験」

「ま、いいか。やってみるね」

「ん、やってみて」


 そう言われて想像するのはバッグの中に広がる広大な空間と通常空間が繋がるイメージ。ソート機能や状態保持の機能があると便利だなあ。それに取り出したい物のリストがあってそれをイメージして取り出せるようにしたら便利じゃないかなあ。

 そんな俺のイメージがポーチに流れこんだ気がした。それも結構強く思い浮かべたから脱力感が半端無いな。

 目を開けるとエイシャがキラキラした目を俺に向けてくる。

「すごい! 面白い! 魔力が流れたと思ったら、バッグが光った!!」

「ん? 魔力って、目に見えるの?」

「ん、目にみえる程の魔力を持ってる人は見たことがない。レオが初めて!」


 ものすごく興奮しているエイシャは無邪気でとても可愛くて抱きしめたくなって、つい手が伸びそうになった。

「はやく、はやく、上手くできてるか試してみて!」

「あ、ああ、そうだな。なんか適当になくなっても良さそうな物ある?」

「これなんかどう?」


 かごを編み込んだ際に使った蔦の切れ端。長さ的にも本当に端材っぽいし、もし変な感じに失敗してても惜しく無いからそれでいいか。

「じゃあ、試してみるな」

「ん」

 二人してバッグの口をジッと見つめる。蔦の端材が中に入っていく。ここまでは成功、ある程度まで入ったところで俺の手から蔦が消えた。

「「わっ!」」

 いきなり蔦が消えたことで俺達は驚きの声をあげて顔を見合わせた。

 俺はバッグのリストをイメージする。そこには『蔦(端材)』があった。

「おっ、やった!」

「成功?」

「ちょっと待って。今、出せるか試すから」

 今度は蔦を右手で取り出すことをイメージする。その瞬間、右手に蔦の感触が伝わってくる。


「わっ! なにも無かったのに蔦が出た!!」

「一応、成功かな?」

「すごい! すごい!」

「どれくらいの物まで入れられるか試してみようか?」

「ん!」


 それから俺達は家の周りにある色々な物をバッグに入れては出すことを繰り返した。結論から言うと動かせる物であれば無尽蔵に入る感じ。

 実際の最大容量は不明。身につけるか、身体が触れていれば使用できる。そうでないと駄目。あと状態保存の機能は今、温かいスープを入れて確認しているところだ。


 家に入った後も俺達は興奮したままだった。

「すごいレオ! これがあれば大荷物を持って歩かなくて済む!」

「でも、これだけだと怪しまれるから普通の背嚢はいのうも持って行った方がいいよな」

「ん、そうだね」

「エイシャの分も作ってみようか?」

「ホント!」

「ああ、やってみたい」

「じゃあ、これでやって!」


 エイシャは部屋の奥から俺の持っている物より小振りな濃紅こいくれない色をした背嚢はいのうを持って戻ってきた。小振りとは言っても上質な革で作られたそれはとても手触りが良く、使い込まれて良い感じに味のあるものだった。


「じゃあ、やってみるな」

「うん!」

 さっきの要領でエイシャの背嚢はいのうに収納魔術を付与していく。今回はそれに加えて使用者の制限(エイシャと俺)、背嚢はいのう自体に防汚、撥水を付与するイメージを思い描いて、そのイメージを背嚢はいのうに流し込んだ。さっき以上の脱力感が俺を襲った。

「ふわぁ……」

 エイシャのあげた声に目を開けるとエイシャの背嚢はいのうに光が収束していくところだった。


 その光が収まったあと、最初に俺がちゃんと機能するかを試す。

「うん、問題ないな」

「ね、私にも!」

「物が入っていく様子を想像してみて」

「ん、やってみる」

 少しだけ緊張した面持ちのエイシャが近くにあった水差しを手に持って背嚢はいのうに入れる。俺の時と同じで途中まで入ったあと、パッと消えた。

「わっ、不思議……」

「今度は中身を想像してみて」

「ん、わっ! 水差しって文字がある!?」

「水差しを取り出したところを想像してみて」

「ん、やってみる…… わ、わっ! ホントに出てきた!」

「よしっ!」


 これでエイシャの分も出来た。感動している彼女に補足で説明する。

「その背嚢は使用者制限をかけてエイシャと俺以外は使えないようにしているからね」

「ありがとう、レオ!!」

「わっ!」

 ガバッとエイシャに抱きつかれて俺は後ろに倒れ込んだ。

 エイシャの唇が近づいてきて口付けを落とされた。

 柔らかな唇がなん度も俺の唇に触れる。

「んふふっ、大好き、レオ……」

「ん、俺も好きだよエイシャ」

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