第5話

◇◆ ◇◆ 唯奈ゆいな里依紗りいさ Side. ◇◆ ◇◆


 唯奈ゆいな達二人はジェドの街に着いてすぐに探索者組合に向かった。

 そこで礼央れおのことを受付にいた女性に訊ねた。

「すまない、こちらに礼央れおという探索者はいるか?」

「レオさんですか?すみません、貴方達は彼とどういったご関係ですか?」


 型通りの受け答え、これは想像できていたので唯奈ゆいなは身分証代わりの探索者組合証を見せる。

「っ!すみません、こちらにお越しください」


 二人は二階の応接室に通される。

「あの、レオさんは何かしたのでしょうか?」

「あ、いえ、私達は礼央れおを捕らえに来たわけじゃ無いんだ」

「では、レオさんをどうして探してるんですか?」

礼央れおは私達と同郷なんだ」

「そう、なんですね」

「それで、礼央れおは何処にいるんだ?」

「レオさんは素材採取に出てから戻っていません……」

「う、うそ、そ、それ、は、何時のこと、です、か……」

 それまで口を開かず黙っていた里依紗りいさが狼狽えて受付さんに詰め寄ろうとしていたところを唯奈ゆいなが制する。

「落ち着け、里依紗りいさ

「っ!これが、落ちついて、いられるものですか」

 里依紗りいさがあまりにも取り乱したものだから逆に唯奈ゆいなが落ち着きを取り戻した。今はそれより詳しい情報が必要だと思い直した。

「詳しい話を聴かせてもらえますか?」

「はい、レオさんは指名依頼を受けてリジュ採取に向かいました。採取場所はおそらくこの辺りかと思われます」

 そう言って受付さんは壁に貼ってあるこのジェドの街周辺の地図、その一点を指差した。


「ここは、人を襲うような獣も殆どいない比較的安全な採取場所です。その日は午後から強い雨が降っていました。夕方になってもレオさんは戻られなかったのですが、雨をやり過ごしているんだろうと私達は考えていました」

 ここ数ヶ月の間に降った強い雨といえば、私達も移動の途中で足止めを食ったあの三日間か。あれはひと月くらい前じゃなかったか。

 もし、川に流されたのだとすると状況は絶望的……  そんな嫌な予想が頭に浮かぶ。その間にも受付さんの話は続いていた。


「雨がやんだあと、採取場所近辺の確認に向かった探索者の方から崖周辺が崩れているとの報告がありました。恐らくレオさんはそれに巻き込まれてしまったのでは無いかと……」

 信じたく無い情報に頭がぐわんぐわんとまわる。

 ガタンと音を立てて里依紗りいさが立ち上がる。

「信じない、礼央れおくんの姿を見るまでは!」

 そう叫んで里依紗りいさが部屋を飛び出して行った。私は受付さんに「礼央れおが戻って来たらお姉ちゃんが心配してたって伝えてください! ちょっと里依紗りいさ、待ちなさい!!」そう言い残して里依紗りいさのあとを追いかけた。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 崖崩れがあった場所はすぐに分かった。

 川沿いに続く山道が大きく崩れていてその先に進めなくなっている。

里依紗りいさはそこにいて、下を見てくる」

「うん、気をつけてね」

 里依紗りいさは手に持つ錫杖を強く握りしめて、不安を押し殺している。それでも肩の震えは目に見えていて、ぎゅっと抱きしめて囁く。

里依紗りいさ、大丈夫だから、ね」

「うん、唯奈ゆいなも気をつけてね」

「じゃあ、行ってくる」


 里依紗りいさを抱きしめていた腕を解き、崖下に向けて跳躍する。元の世界でなら絶対にしない行為。

 この世界に来て『勇者』として身につけた身体能力は約二十メートルの崖下までの跳躍を可能にした。崩れたところを下っていくより、こっちの方が安全に降りられる。


 崖下の河川敷はそれ程広くない。土砂によって川幅の三分の一は塞がれているが水深はそれなりにある。

 これは礼央れおが遭難した当日、もし私達が見舞われただけの雨が降っていたのなら上流で降った雨で水嵩は相当増えていたんじゃ無いだろうか。

 それから日が暮れるまでの間、私達は礼央れおの痕跡を探した。

 それらしい痕跡を見つける事ができず、その場で野営をして明朝探索を続けることにした。


里依紗りいさは、料理上達しないね」

「そういう唯奈ゆいなだってそうでしょ」

「うっさいなあ、でも、本当にそう、だね…… こっちに来てからも三人でいる時はずっと礼央れおが料理してくれてたもんね……」

「うん…… また、礼央れおくんの、ご飯、食べたい、な……」

 声を殺して涙を流す里依紗りいさと天を仰いで涙を流す唯奈の姿をとらえているのは夜空に浮かぶ三つの月だけだった。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 翌朝、川の音の変化で目が覚めた。

 バチャ、バチャと耳慣れない音に警戒を強め、周囲の気配を探る。それらしい気配はなく、今も続く音のする方へと警戒しつつ進む。

 そこでは二メートル程の流木が川の中で何かに引っかかって回っていた。

「何かが絡んでる、のか?」

 見える範囲でその流木には蔦が絡んだりしているようには見えない。別の何かが絡んでいるのか?

「私、見てくる」

 胴衣とスカートを脱ぎ、錫杖と共に私に預けて里依紗りいさが川に飛び込む。いまだに泳ぎに関しては私より元水泳部員の里依紗りいさの方が優れている。制止する間も無く、里依紗りいさは上流側から回る木に向かって泳いでいく。何かに気付いたのか、息を吸い込んでトプンという音を残して里依紗りいさはその木に向けて潜った。

 何度か木が引っ張られるような感じに動いたあと里依紗りいさが川から上がってきた。


 その手には遊動索が握られていた。

礼央れおくん、流されたかも……」

 里依紗りいさがそう言う理由は、手に持った遊動索。

 他の人の道具と混同しない為に三人で決めた印がそこにはあった。

「一度、組合に戻って、この辺りの水害について確認しよう。多分だけど増水してたら結構流されてるかもしれないし」

「うん、そうだよね。帰って来てないんだから」

「捜索に必要な物資も仕入れないとね」

「うん、絶対探しだす」

「ああ、絶対見つけような」

 ほんの少しだけ見えた希望に縋りつく。

「待ってろよ、礼央れお!」

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