第42話幸せな日々の終わり

ラファエルは戦いの様子を見ていた。あの二人なら多分大丈夫だと思うが念のためだ。なんたって相手は化け物の中の化け物。油断はしない方がいい。

万が一があった時の場のために、ラファエルは輪廻の輪を回収しておくことにした。

輪廻の輪は天使の魂に保管することができる。だがその天使の魂が破壊された時点で輪廻の輪も破壊され破滅することになる。

輪廻の輪がある部屋に入る。中には幾重にも重なった複雑な魔法陣があった。これが天使の輪だ。

ラファエルはこれを自分の魂に保管し、転移した。もし二人が勝てば魂が破壊したとしても輪廻の輪により再構築され天界に戻ることができる。

二人が負けたとしても天界には戻れないが死んだ天使を復活させることはできる。だからこれは戦略的撤退であり逃走ではないのだ。

自分を納得させ、ラファエルは光を纏いながら転移した。



少し経ち、輪廻の輪に通じる扉を開く者がいた。二人を殺したレミエルだ。レミエルは部屋を見渡し、輪廻の輪の反応が消失しているのを確認しため息を吐いた。


「やられた。あの逃した天使は少しは頭が回るようね。逃げる前に殺しておくべきったわ」


己の失敗を反省する。逃げられる前に始末しておくべきだったと。このままでは優華の任務を遂行できない。

もし任務を失敗した事が知られたら失望されてしまうかもしれない。そうなってしまったら私は………。心の中が絶望に支配される。

目に涙が浮かび情緒がぐちゃぐちゃになる。不安と絶望で頭を抱えそうになったその時だった。

辺りに轟音が鳴り響き、部屋に土煙がもうもうと立ち上る。

土煙が晴れ、そこに立っていたのは軍服を着た少女だった。その手には塵になっていく天使の頭が握られていた。

軍服の少女スピリチュアルはレミエルを見て怪訝そうな顔をする。


「なんだ? なぜ貴様はそんなまるでこの世が終わる事を知ったような顔をしている?」

「……ズビーーーー!!!」


首を傾げるスピリチュアルに気付いたレミエルは、感情のタガが外れたように泣き出しスピリチュアルに抱きついた。


「な、なにを!?」

「スピー、私、私。天使取り逃しちゃった、輪廻の輪回収できなかっだーーーー! どうしよう、このままじゃお母さんに捨てられちゃう!」


スピリチュアルはこの現象をよく知っている。レミエルはこうやって、メンタルが崩壊したら子供のように泣き叫んでしまうのだ。

こうなったら手がつけられない。徹底的に家族に甘え、願いを聞かないと落ち着かないのだ。

だがスピリチュアルにそんなことはできない。姉妹とはいえライバルなのだ。ライバルの甘えを許すほどスピリチュアルは甘くない。

だからスピリチュアルがするのは励ましでも甘やかしでもなく、叱責だ。


「レミエル、私は呆れたぞ」

「え?」

「優華様が私達を捨てるわけがなかろう。あの方はどこまでも私たちを愛して下さっている。それを貴様は信じられぬのか?」

「………」

「貴様がどう思おうが自由だがな、これだけは言わせてもらおう。親子の絆がそう簡単に敗れると思うな」

「………ごめんなさい、取り乱したわ」

「ふんっ。落ち着いたのなら急ぐぞ。外にいる天使は全て排除した。後は優華様に全て伝えるだけだ」

「えぇ」


あまり気乗りしないのか、その返事は弱々しかった。



優華が待つ城へと転移したスピリチュアルとレミエルは、優華達の待つ部屋の扉を開け、唖然としていた。

そこには、円卓の机をぐるりと囲んだグラサンをかけスーツを着た神森家が居たからだ。

当然優華もいる。


「……報告を」


その優華がこちらを見ずに報告を求めてきた。何が何だか全くわからない二人だが、とりあえず報告することにした。

報告を聞き終えた優華は一度深く頷き、口を開く。


「報告ありがとう。確かに輪廻の輪を回収できなかったのは残念だが、君たちが無事でよかった」

「……おこら、ないの?」

「君は十分頑張ってくれた。次に成功したら何も問題ない」

「……次は失敗しない」

「…がんばれ」


ものすごくいいことを言っている。だが、シュールなことこの上なかった。グラサンをしている少女が良いことを言ってもただただシュールになるだけなのだ。


「あの、優華様一ついいですか」

「ん?」

「なぜ、こうなったのですか?」

「説明しよう!」


意気揚々と立ち上がったのはグラサンスーツ姿の優子だ。得意顔で説明し出した。


「このゲ◯ドウポーズ会議は二人がどんな反応するかのドッキリだったのです。ですが急に暗い雰囲気で入ってくるのでどのタイミングでドッキリとバラすか迷いました!」

「この体制微妙に疲れる」


優華がため息を吐きながらグラサンを外す。その動作は仕事人じみていてかっこいいなと二人は思ってしまった。

上着のボタンを開けて肩にかける姿もカッコ良く、見惚れてしまった。


「どうした?」

「い、いえ、なんでも!」

「……お姉ちゃん、その格好は反則だよ」

「え?」

「全くこの姉は……」


何もわかってない優華に呆れる優子。優華は自分の容姿に何も思っていないのだ。羞恥心があるのはいいのだが、あのような動作を当たり前にするので学生時代はいじめられながらも数々の女子生徒を堕としてきたのだ。

なんならいじめる側の女子は私だけを見ていてほしいという理由でいじめていたのだから手に負えない。


「とりあえず、戦争は終わった。天界も手に入ったことだし、新しい種族でも創るか?」


一人とぶつぶつ呟く優華だが、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

ただそれにツッコムのにグッと堪え、魔王の二人を交えた会議を行う。

天使がもたらした被害はゼロなのでそこまで変わらないらしいが。

会議が終わる頃、ふと優太が気付いたように優香を見た。


「優華って今学校とか行ってるのか?」


瞬間ギクっとする優華。それもそのはず。冒険者を辞めて旅を終えた優華は自室で自堕落な生活をしていたからだ。

並行世界に繋げたネットでアニメを見たりゲームをしたり、漫画や小説を読みまくり、魔道具作りなども寝ずにやっていた。

神は睡眠を必要としないので健康的には問題ないが堕落した生活なのは間違い無いだろう。

それをなんとなく察した優太はそれはもういい笑顔で、道連れにしてやるという信念で優華に提案した。


「それじゃあ優華、一緒に帝都にある学校に通おうぜ」

「え……」


優華の顔に絶望が宿った。まるで今日注射があることを知った子供、または夏休みの最後にこれまでやらなかった宿題を前にした小学生のような顔だ。


「それいいね!」

「そうね、ここ最近優華の生活を見てたけど、あまりいい生活とは言えなかったもの。いい機会だわ」

「え、まだ決まったわけじゃ……」

「優華、父さんは応援してるぞ!」

「私行くって言ってな———」

「優華、行きなさい」

「はい……」


優華の夢のような生活は、幕を下ろしたのだった。

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