第40話過ち
天使の数は多い。だがそれでも、圧倒的な力を持つ者達が複数存在する世界に喧嘩を売れば、運命は決まってしまう。
「見つけた」
黄紫色の髪と緋色の目を持つ少女、レミエルはその端正な顔に笑みを浮かべていた。
彼女の前には、天界に繋がっているであろう転移門が設置されていた。どうやら天使は先に先兵をこちらに転移させ、本命の軍をこの転移門を使って進軍させるつもりなのだろう。
その推測を肯定するように、転移門の周りには力のある天使達が集まっていた。
どうやらレミエルに気付いたようで、警戒しているようだ。
「何者だ!」
天使達の問いにラミエルは悠々と答える。
「ゴミに名乗るほど、私の名は安くないわ」
それが、開戦の合図だった。レミエルは一匹の天使に近寄りその頭を体から切り離した。
溢れる鮮血が宙を緋色に染める。だがその血液は突然静止し、意思を持ったように形を槍に変え、天使達を攻撃し始めた。
血の槍に貫かれた天使は魂を破壊され、飛び散った血液でまた槍が生成される。殺せば殺す程に槍は増加しいき、逃げ惑う天使をまるで未来が見えているかような正確さで貫いて行く。
数分後、転移門の前に天使の姿は一つもなかった。殲滅が完了したのだ。
だがレミエルは、これで終わらせるつもりはない。目の前にある転移門。それは天使達のアジトに繋がっている。つまり、転移門を通れば数え切れないほどの天使を殺すことができるという訳だ。
天使を殺せば殺すだけレミエルの野望に一歩近付ける。
そう、優華を一日好きにできる権利を手にすることが出来るのだ。
「この勝負勝ったわね」
レミエルは勝ちを確信して門の前に移動する。
だがいざ門を通ろうとした瞬間、轟音が鳴り響いた。
その轟音の正体を察したレミエルは、うんざりとした顔で後ろを振り向く。
そこにはクリーム色の髪を持つ軍服の少女、憤怒の魔王スピリチュアルが立っていた。
「あらスピリチュアル、何の用かしら」
「いや何、貴様の手伝いをしてやろうと思ってな」
レミエルの問いにスピリチュアルは淡々とそう告げた。心にもない事を言うスピリチュアルにレミエルは嫌な顔を隠す事なく睨みつけた。
「これは私が見つけたものよ。あなたに横取りされる筋合いはないわ」
「私も貴様と協力なんてしたくはないさ。だが、そうは言ってられんのだ。いくら我らが強かろうと、一人では殲滅するのに時間がかかる。それは私と貴様二人でも同じだ」
「ふーん、じゃあどうするの?」
「魔王軍を使う」
スピリチュアルはそう言いながら指を鳴らした。スピリチュアルの指の音に応じたように、彼女の後ろに魔法陣が現れた。
その魔法陣が強く発光し消滅すると、二つの軍が現れた。
二つの軍のうち一つはこの世界の食物連鎖の頂点に立つ龍の軍だ。絶対的な力を持つ代わりに個体数は少ないのだが、ここには千を越える龍が存在していた。
もう一つの軍は五千を越える吸血鬼の軍だった。
吸血鬼は魔族の中でも特殊な種だ。魔族とは魔物の特性と姿を持つ人間なのだが、吸血鬼はその限りではない。
吸血鬼は魔物の特性と姿を持たない。だがその代わりに、何度傷を負っても治ってしまう不死性を持っている。
何度殺されても死なない不死の軍団がそこにいた。
スピリチュアルは二つの軍に振り返り、両手を広げて声高らかに叫ぶ。
「憤怒と嫉妬の魔王軍諸君、今回は初の実戦だ。相手は天使という名の羽虫共だ。あまり気張らなくてもいいが、油断はするな。負けは断じて許さん。負けという行為は優華様の顔に泥を塗る事に等しい! そんな事は絶対にあってはならない! どんな手を使ってでも天使共を滅ぼし、優華様の戦力を、天界のゴミ虫どもに見せつけろ!」
スピリチュアルの言葉に、軍の全員が沸き立つ。
それぞれが胸に熱い想いを刻み、進軍が開始した。天使の転移門を潜り、進軍する軍の先頭に立つスピリチュアルに並んで歩くレミエルが恨みがましい声で文句を言う。
「やってくれたわね」
「文句は言わせんぞ。これは優華様がご提案された事だからな」
「!? それを早く言いなさいよ!」
魔王達にとって、優華の事は何よりも優先される。優華の提案ならば文句など一つもない。逆にやる気が天元突破している。いつものレミエルとは思えない程素直にスピリチュアルの指示に従った。
「貴様はあの奥の、趣味の悪い城を落とせ。私の軍で雑魚共を相手する」
「わかったわ」
「貴様に限って失敗はないだろうが、油断はするな」
「お母様が与えてくれて任務よ。油断なんてするわけないわ」
二人は仲が悪いが、互いの強さは認めている。だから心配は一切していない。二人はライバルで、戦友なのだ。
最上位天使の中でも特別な天使である天使長ミカエルは焦っていた。
今回の侵攻の目的は質の良い魂が潤沢にある世界の掌握と、あわよくば神能創造の回収する事だった。
だが、その選択は間違いだった。
創造の情報は何も掴めなかった。これはまだ良い。だが問題は一つの世界にあった。
それは数日前にイェレミエルが召喚され、そのまま消滅した世界で、他の世界よりも魂の質が段違いに高い世界でもあった。
ミカエルはイェレミエルが消滅した原因を調査するため、最上位天使バラキエルを派遣した。だが派遣した先でバラキエルも消滅してしまった。
明らかに何かがおかしい。なので今回の侵攻ではその世界を重点的に戦力を割り振った。
そして今日の侵攻で、己の間違いを悟った。
あの世界は、化け物の巣窟だったのだ。
送った天使は全て全滅した。その中に最上位天使が二人いたのだがその二人も消滅してしまった。残り最上位天使は自分を含む四人だけ。
そしてその内の二人は他の世界に侵攻している。そして絶望的な先ほど転移門を使われ、天界に侵攻してきている軍が二つある。
そのどちらもが強大な力を持ち、並大抵の天使では太刀打ちできない。それに追い打ちをかけるかのように今展開で戦える兵士は少ない。だいたいが侵攻に出向いているからだ。
だがミカエルが城から動く事はできない。この城には天使の輪廻を司る輪があるからだ。これを破壊されれば死んだ天使は天使に転生することができず、他の転生してしまう事になる。
そうなった場合二度と天使は生まれなくなり、悪魔との戦争にも耐えられず数を減らし衰退する事になってしまう。そんな事は絶対にあってはならないのだ。
だが兵士ではない天使が殺されるのも駄目だ。なのでそこは残っているもう一人の最上位天使に任せるしかない。
しかし一人では到底足りないため、侵攻している最上位天使を呼び戻す。
事情を説明すると二人ともすぐに駆け付けてようなので、二人が来るまで自分達で時間を稼ぐ他ない。
「ガブリエル、頼んだぞ」
「あら、他人任せなんて貴方ダサいわね」
「!?」
突如響いた甲高い声の方に振り向く。そこには黄紫色の髪の少女がいた。少女の双眸は紅く煌めき、ドス黒い闇を感じる。
「貴様はもしやあの世界の!」
「ええそうよ。私は偉大なる邪神優華様に仕えし魔王の一人、レミエル。貴方なんかに名前なんて知られたくないのだけど、一応貴方も王なのよね。今から死ぬ虫の王といえど、最低限の敬意は払うわ」
ミカエルは高慢な少女を観察する。弱点はないか、何か付け入る隙はなにのか、と。だが目の前の少女はなんの油断も、隙もなかった。
そして余裕の笑みで宣言する。
「今日からこの天界はお母様の所有物になる。だから、貴方達ごみ虫には消えてもらう事にしたの」
ミカエルは己の過ちを、再度悟った。
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