第39話天使戦争

会議が終わった私達は無事に世界に帰ってきた。もう今日は疲れた。だから早く寝る。そうしようと思ったのに。


「ねぇお姉ちゃん、さっきの話、何か心当たりあるでしょ?」

「!?」


突然そんなことを聞かれた。

……なぜバレた。完璧なポーカーフェイスで乗り切れたはずなのに。


「乗り切れたとか思ってるんろうけど、普通に顔に出てたからね?」


……頭の中読むのやめてくれ。時々優子が私より人間辞めてる時がある。あ、もう人間じゃなくて神だったか。……ふふ。


「で、お姉ちゃん、なんで動揺してたの?」

「優華、良かったら話してくれないか?」


どう答えようか。天使達の探している神能の二つを私が持っているだけなんだが。でも私が鑑定をした限りクレヴァーが言ってた臙脂えんじというランクでは表示されなかった。ということなんだが。

とりあえず正直に話そう。

私は神能の事を噛み砕いて二人に説明した。


「えー、とちょっと待ってね。つまりお姉ちゃんは『創造』と『破壊』の二つの神能を持ってるけど、二つともランクは臙脂じゃないってこと?」

「そうだ」

「説明をただ繰り返して言っただけで理解してないだろお前。優華、それ大丈夫なのか?」

「何がだ?」

「いやお前が天使やら悪魔やらに狙われないかって話だ」

「ランクが違うから多分大丈夫だろ」

「そうか?」


兄さんは首を傾げて唸り始めてしまった。でも正直私は心配してない。天使とは何度か戦ったし、あの二匹程度なら子供達で十分対処できる。

そしてクレヴァーの魔術に写っていた天使達は一人でもいれば殲滅できるだろう。

悪魔も天使と戦力は拮抗しているらしいので警戒する必要はない。一応人間達が攻撃されないように迎え撃たなければいけないが、難しいことでもない。

だから仮に天使と悪魔と戦争をするにしても戦力はこちらが大幅に偏っているため勝つのは容易だ。

でも、もしかしたら隠し球があるかもしれないし、一応警戒だけしておくか。

私は子供達に念話で天使と悪魔について気を付けておくように伝えた。


『じゃあみんな、気を付けてくれ』

『お母さん、もし戦闘になったら活躍に応じて何かご褒美が欲しい』


ハデスがご褒美を要求してきた。確かに、労働に対する報酬は必要だな。私働いたことないが。


『わかった。何がいい?』

『一日お母さんを好きにできる券』

『わかった。じゃあそれで』

『!?!?!?』

『よし!』


なぜか私の返答を聞いた他の子達は驚いていたが、ハデスは納得したようなのでいいだろう。その後なぜかやる気を漲らせる子供達を不思議に思いながら、私は報告を終わらせた。



優華が魔王を始めたこの世界の中枢達に呼び掛けをして三日が経った。その中枢を担う神獣フェンリルは世界と世界の狭間を駆けていた。優華によれば今日には天使達がどこかの世界に現れるそうなので、今日は一段と気合を入れる。

天使を一番多く駆除できたら一日優華を好きにできる券を貰えるらしいので、やる気は充分だ。

もし券を手に入れたらフェンリルとしてはよく深くて畏れ多いが添い寝してもらおうと考えている。母親の温もりを肌で感じたいのだ。

フェンリルは自分はなんてよく深いんだ、と思っているが他の子供達はもっとえげつない要求を考えている。フェンリルを始めとした四大神獣、クラフト、スピリチュアル、比較的まともなお願いだが他はヤバイ。

ある者は優華との真剣勝負、ある者は着せ替え人形、一日限りの結婚生活、呑み勝負など、ろくでもないものばかりだ。

それを思えば添い寝なんてよほど健全だ。

そんなことも知らないフェンリルは優華との添い寝を想像してにやけながら世界と世界の狭間付近を駆ける。

すると、少し遠くに転移の反応が現れた。


「どうやら我は運がいいようだな」


フェンリルは転移の予兆がした方向へと駆けた。数秒で到着したフェンリルが見たのは、前に教えられたマネキンに翼が生えたような生き物、つまり天使の群れだ。


「な、なんだ貴様は!?」

「獣か?」

「普通の獣の何倍もでかいぞ!」


フェンリルを見て慌てふためく羽虫に神獣は開戦の言葉を告げる。


「我こそは四大神獣の一角、神狼フェンリル! 羽虫共、駆除の時間だ!!」


開始と共にフェンリルは口を開け、魔力を集中させる。そして呆然としている天使に向かってそれを放った。



魔術『ランスダンス』



瞬間、紅のランスが幾千本放たれた。天使はランスに貫かれ、魂を破壊されていく。生き残った者もいるようだが、この魔術はこれで終わらない。

天使を貫いたランスの群れが嵐のように旋回し始める。


「ぎゃあああああ!!!」

「たす、たすけ!」

「うわああああ!!!!」


天使の群れだった者は一瞬にして血と肉塊の海になった。所詮は烏合の衆だ。フェンリルのような絶対的強者には到底敵わない。


「ふむ、まだ来るか」


だが懲りずに天使達はまた転移してきた。先程よりは個々の力は上がっているがそれでも所詮烏合の衆、結果は同じだ。


「羽虫共が、我のための礎になれ!」



フェンリルが天使を蹴散らしている中、他の者達も世界の狭間を駆けていた。

美しい朱の髪に紅と黄金の目を持つ額に二本の角を持つ少女もそうだった。


「あの犬め、先を越しおって。妾のポイントが減るではないか!」


名を酒呑童子、別名『強欲の魔王』は嘆いていた。

先程天使達が転移してきたのだがフェンリルに取られたので別のところを探しているのだ。


「例の券を手に入れることができたら、母上と酒呑み勝負をするんじゃ。これだけは絶対譲れん」


普段は大罪魔王の中でも二番目の常識人なのだが、酒が絡むと途端に馬鹿になるのがこの酒呑童子だ。


「愛しの母上との酒呑み勝負、何度夢見たことか。再会したときには遠慮しておられたがこの機にぜひやってもらうのじゃ!」


その願いが叶ったのか、目の前に転移の予兆が現れた。出てきたのは天使の群れ。ただ一匹だけ力が桁違いな者がいた。

他の天使にはない三対の翼に大きな輪が頭に浮いている。

その実力は普通の天使の数千倍はあるだろう。


「どうやら、当たりのようじゃな」

「なんだ貴様は?」

「妾は邪神優華に仕える大罪魔王が一人、強欲の魔王酒呑童子じゃ。頭を垂れて盛大に敬うとよい」

「ふん、幼児が偉そうに。私が最上位天使イェグディエルと知っての狼藉か?」

「そなたなぞに興味はないのでな。では、始めよう」


そう言って酒呑童子は自身の武器を顕現させる。炎と共に現れたそれは、紅の剣身に赤黒い炎を纏わせる大剣だった。

周囲の空間が揺らぐ程の熱を発するそれは、太陽の熱が可愛く思えてしまうほどの熱を持ち、全てを燃やし尽くさんと燃える炎は、地獄の災禍でさえ可愛く思えてしまうほどの邪悪さを持っていた。


招来

炎剣『フラガラッハ』


それがこの剣の名。

大罪魔王を始めとしたこの世界の中枢にある存在に優華に与えた至高の武器の一つだ。 


「さぁ、踊り狂おうぞ」

「!?」


酒呑童子が大きく剣を振るう。途端、炎が天使の群れを呑み込み、一瞬にして魂ごと燃やした。灰すらも燃えて無くなり、残るはイェグディエルだけとなった。


「はぁ、はぁ、なんだ、今の一撃は」

「そなたはこれぐらいでは燃えんかったか。だがまぁ、これでしまいじゃ」


酒呑童子は片手を翳し魔術を発動させる。



魔術『死小火』



「は?」


イェグディエルの体に小さな炎が現れる。しかしその小さな炎は、一瞬にしてイェグディエルの体と魂を燃やし尽くした。

その結果を満足そうに酒呑童子は眺め、得意げな顔で呟いた。


「フェンリルよりは殺したな。もしやワンチャンあるのでは?」


イェグディエルなんかよりも優華と酒を呑むことの方がよほど気になるようだ。

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