第33話温もり

私は自室に篭っていた。優太達と会った時からずっとこうだ。

やっぱり直に会ったのは間違いだった。ずっと胸に秘めてきた思いが爆発してしまった。

あの人達に会いたい。でも、会えない。私は罪人だから。

過去のことを思い出す。遠い遠い、始まりを。

夏の、とても暑い時期だった。その時私は高校生で、いじめを受けていた。

始めは私物を隠されたり、陰口を言われたりだったが、段々とエスカレートしていった。最終的には人目も構わず罵声を浴びせてきたり、校舎裏に呼び出され、暴力を受けることもあった。

でも、正直言ってそんなことは大したことではない。

私が人を呪ったのは家族が同じような目に遭っていると知った時だ。

優子と優太は私と同じようないじめを受け、父さんと母さんは上司や同僚からパワハラを受けていたのだ。

そこからはなぜ人間がこの世に必要なのかを考える日々が続いた。家族を傷付ける人間なんて、自然を壊す人間なんて、この世の中に必要なのだろうか、と。

あの日、私は夢の中で、に出会った。不定形なそれは、自らのことを地球と名乗った。そしてこう言ったのだ。


『神になり、人間を滅ぼしてくれないか?』


私はそれに頷いた。

朝起きると、神と目の色が変わっていた。そこから一ヶ月間私は自分の力を試すために引きこもった。何度も何度も魔術を検証して、最適な魔術を編み出していった。

一ヶ月後、私は人間を滅ぼした。

その時の私は何も思わなかった。そこから新しい世界を作っていって、今に至る。

今ではあの時の選択が良かったのか疑問に思えて仕方がない。

それに、私は無実の人を大量に殺したのだ。それだけだったらまだ良かったのかもしれない。

アテナに異世界に飛ばされた私は旅の中で狂い、殺人鬼なってしまった。

数々の世界でデスゲームを開催して人を殺すことに快感を覚えてさえいた。

そんな私が、血に濡れた私が、あの幸せそうな家族を、壊すわけにはいかない。ましてやあそこに戻りたいなんて言っては行けない。

私は血に濡れ、髪も瞳も前とは違う。

十万年前と姿の変わらない、彼らの日常に存在してはいけないんだ。

でも、どうしたらこの溢れ出る思いを抑えることができるんだろうか。

会いたい、話したい、抱きしめたい、さびしい、苦しい、怖い、投げ出したい、泣きたい。

いろんな思いが溢れ出る。私がこんな事を思ってはいけないのに。

今まで何人の人を殺したと思ってるんだ、この殺人鬼め。殺人鬼の私には、地獄がお似合いだ。幸せを掴んではいけない。

私は1人を、孤独を愛さなくちゃいけない。他の人に頼って、困らせてはいけない。私がそばに居るだけで、周りが不幸な目にあってしまう。

だから頼らない。頼れない。

私は孤独が好きだ。孤独なら、誰にも関わらなくて済む。誰かを不幸にしなくて済む。失わなくて済む。何も感じない、無になれる。

……ハデスにはお世話になった。でも、もう居られない。あの人達のことだ。今後もハデスのところを訪ねるだろう。あの子にも、迷惑をかけてはいけないから。

私は素早く書いた手紙を置き、転移を発動して誰もいない花畑に来た。

ここは私の秘密の場所だ。人間はもちろん、他の種族や魔王達にもこの場所は知られていない。

十万年の間に少しは変わったかもと思っていたが、何も変わっていない。そのまま地面に寝そべる。芝生なので汚れない。

空は星がよく見える程に晴れ渡っていた。


「もう夜か」


星は夜の闇を切り裂くように輝いていて、とても綺麗だ。私もあれくらい綺麗だったら、一緒に入れたのかな……。

胸にまた思いが溢れてくる。

でも今度は一つだけ、とても強い思いが。


「寂しい、な」


口に出したら、もう止まらない。

寂しい、寂しい、寂しい、寂しい。

1人はつらい。

十万年の間に子供達は変わっていなかった。可愛い子達だ。親として、愛してもいる。

だからこそ、彼らに迷惑はかけられない。親しい者達だからこそ頼るわけにはいかない。

だからだろうか、あの子達と会わない時間が多すぎて、少し距離ができたように思ってしまう。

いや、私が一方的に距離を置いてるのかもしれない。子供の気持ちに応えられない、不出来な母親で申し訳ない。

これからどうしようか。ずっと、ここにいようかな。誰にも見つけられなくて済むし。

ずっとここで……。

ザッ、と音がした。

ここは誰にも知られてないはず。誰だ?

私は体を起こして周りを見渡す。


「え……」


どうして、ありえない。だって、ここは誰にも知られてないはずだから。私の秘密の場所だから。

なんで、あなた達がいるの?


「お姉ちゃん、救いに来たよ」

「……優子」


なぜここにいるのか、どうしてわかったのか。私が疑問を口にする前に、優子は強い瞳でこちらを見ながら語り出した。


「お姉ちゃん。私達ね、どうしてお姉ちゃんが離れようとするのか、必死に考えたの。でも、わからなかった」


口が開かない。困惑と疑問、喜びと悲しみが溢れ出て、何を言えばいいのかわからない。


「ハデスさんが教えてくれたんだ。お姉ちゃん、神になったんだよね」


何か、よくない予感がした。これから続く優子の言葉に、言いようのない不安を覚えてしまう。


「人間と神は生きる時間が違う。お姉ちゃんは不老不死だから、私達とはいられない。そう思ったんでしょ」


間違いではない。

私が優子達と居られない理由の一つだ。

待って、まさか…!


「気付いた? 私達、不老不死になったの」


不老不死。それは、名前の通り死ななくなる事。フィクションなんかでは不老不死になるために悪事を働く敵なんかがいるが、私からしたら愚かでしかない。

不老不死は素晴らしくなんてい。老いが来ず、傷を受けても再生する。その一方で、自分の意思で死ねなくなるのだ。

他の人が寿命で死んでいく中で、一人取り残されていくのは地獄よりもなお辛い。

そんな存在に、この人達はなった?

なんのために。そんなものに。


「どうして……」

「私達はお姉ちゃんを一人にさせたくないから」

「なんで!!」


私はたまらず叫んでしまった。でも、叫ばずにはいられない。


「死ねなくなるんだよ!? 他の人はみんな死んでいく中で、取り残されていくんだ。みんなが変わっていく中で、一人だけ時間が止まったように取り残されて、仲のいい人も全員死んで。私は、あなた達にそんな悲しみを背負って欲しくない!!」

「お姉ちゃん……」

「今からでも遅くない。人間に戻ろう?」

「それで、お前は救われるのか?」


優太が心配そうな顔で私を見る。


「優華お前、今の自分の顔わかるか? ものすごくつらそうだぞ。いつもそうだよお前は。一人だけで全部背負って抱え込む。もうちょっと俺達を頼ってくれよ。それとも俺達の事嫌いで、頼れないか?」

「違う。嫌いなんかじゃない。好きだから頼らないんだ。好きな人達に、迷惑をかけたくない」

「迷惑なんかじゃない。お前に頼られることは少なかったが、迷惑なんて一度たりとも思ったことはない。俺達は家族だろ? 迷惑なんてかけてなんぼだ」

「………」

「優華」


神森優弥が私のことを見る。その顔は優しさで満ちていた。


「君は言ったよね。一人だけ取り残されるって。あれ体験談でしょ。一人だけ取り残されて、悲しかったよね。でもこれからは僕達が君と一緒に暮らせる。だからさ、また家族になろうよ」

「無理だよ……」


温かい言葉を向けられ、甘えそうになる。でも私にそんな資格はない。だって私は……。


「私はたくさん人を殺したの。一人や二人じゃない。もっとたくさんの人を。だから戻れないよ。こんな血に濡れた汚い私じゃ、あなた達とはいられない……」


パァン!

私の頬が叩かれた。

私を叩いた神森優良は、私より何倍も痛そうな顔で怒っていた。


「優華。私達がそんなことで、あなたを見捨てるとでも思っているの? 人を殺したからってなんですか。その罪ごと私はあなたを抱きしめます」


そう言って本当に私は抱きしめられた。


「あなたは真面目すぎるのよ。もうちょっと私達に甘えなさい」


私の意思に関係なく、涙が溢れてくる。。


「あなたは一人じゃないの。私達がついてるわ。罪なんて包み込んであげる。死ねないなら一緒にいてあげる。私達は家族なんだから」


家族。その言葉が私の心を溶かしていく。戻りたかった。でも戻れなかった家族。

アテナに飛ばされて帰ってきた時、みんな死んでいた。何日も泣いた。泣いて泣いて泣き喚いた。

転生したと知った時、本当はとても嬉しかった。良かったと本気で思った。

だからこそ、会いたくなかった。

ずっと怖かった。私の罪を知って拒絶されるのが。私だけ残ってまたみんな死んでしまうのが。

もう悲しみたくない。家族を、大事な人を失うなんてこりごりだ。

だから会わないようにしていた。会って悲しみを負うくらいなら、会わない方がいいって思ってた。

でも、こんなに優しい言葉を投げかけられたら、もう耐えられない。


「うん?」

「私、寂しかった」

「そうなの」

「もう一度、私が一緒にいることを、許してくれる?」

「家族はいつも一緒にいるものよ」


私は母さんの胸の中に顔を埋めた。温もりを確かめるように。

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