第21話邪神VS女神2
戦いの中で、優華は少し悩んでいた。それは、アテナが召喚した天使のことだ。今目の前にいる天使イェレミエルは、結構な実力者だ。そして神と同じように受けた傷をすべて癒やしてくる。
殺すには魂を破壊するか魔力を枯渇させるかしか、手がない。
(どうするか…魔術は時間がかかるし…じゃあもうあれを使うか?)
そこで優華は一度、辺りを探ってみる。どうやら周りには動物などの生物はいないようだ。
(これはけっこう周りを巻き込むからな。周りに生物がいないならちょうどいい)
優華が今から使うものは、威力が高すぎて周りにとてつもない被害が出てしまう。だがアテナがこの国の人間を全て贄にしてくれたおかげで、その心配がなくなったというわけだ。
本当は優華もあまり使いたくないのだが。
「はぁ…仕方ない。少し、本気を出すか」
優華は普段は亜空間に仕舞っている武器を取り出す。
それは、優華が神を相手に想定して作った武器の一つだ。
名を―
「神刀『
柄が赤の、白い鞘に刃を納めるこの世界では見ない剣、刀だ。
優華は十握剣を腰に据え、右手で柄を握る。
「本気? さっきまで押されてたのに何を言ってるの」
アテナの言うことはすべて無視して優華は構える。イェレミエルも何かを感じ取ったのか、加速しやすいように低く構えた。
一瞬即発の空気が漂う。おそらくこれが最後だろう。だが優華に緊張はなく、ただ凪いだ気持ちが広がるだけ。
先に仕掛けてきたのはイェレミエルだった。まっすぐ優華に向かって加速する。
優華はそれを待つだけで、追撃しようとはしない。とうとう目の前までイェレミエルが来て、剣を振り上げる。
その様子を見たアテナが勝ちを確信した直後――
「が……ぁ……」
――イェレミエルが崩れ落ちた。
アテナは倒れたイェレミエルを見て、絶句した。
イェレミエルは体を斜めに断ち切られていた。それならばまだマシだったのたが、神ならひと目見ただけでわかる。イェレミエルの魂までもが、完全に絶たれているのだ。
優華は一歩も動いていない。だがそれでも、誰にも気付かれることなく、イェレミエルの魂を斬ったのだ。そして、斬られたのはイェレミエルだけではない。
「え?」
アテナが気付いた頃にはすでに、その魂は斬られていた。魂を失った体は、灰のように崩れていく。アテナの体も、崩れ始めていた。
「うそ…でしょ」
信じられないといった表情で、アテナは優華を見る。涼しい顔をして、自分を見下ろしていた。アテナは己の死を感じながら、最後の悪あがきをする。
それは目の前の優華を害することではない。そんなことに意味はない。アテナが最期にするのは、おそらく優華に一番効くだろうことだ。
「!? 待て!」
どうやら優華もアテナのすることに気付いたようだ。アテナはほくそ笑む。最期に目の間の怪物に一泡吹かせれた、と。
そして言葉にする。自分の憎しみを。
「家族との別れは、誰だって悲しいわよね。私を殺したことを後悔して、絶望しなさい!」
アテナはそれだけ言うと塵のように消えた。アテナが消えるのと同じように、ファーナーテクスの建物も全て塵になった。残ったのは手を伸ばして止めようとした優華だけ。
「まずいことになったな…」
アテナを排除したあと優華はヘーニルの家で悩んでいた。
悩みの種はもちろん最期にアテナか行ったことだ。アテナは最期に魔術を使った。対価はおそらく国だろう。あそこにもう人間はいなかったが、充分糧になる。
行使された魔術は、この世界に四つの魂を迎えさせるものだ。ようはこの世界に、四人の転生者を生み出したのだ。だがいくら国が糧になったとしても、転生者を生み出すなんてことは容易ではない。おそらく転生者は、過去の人物の可能性が高いだろう。
その四人が誰なのか、優華はわからない。ただ転生者を生み出す際、アテナが特別な力を与えていたのはわかっている。
それはとても強力なスキルで、おそらく勇者よりも強力なものだろう。鍛えれば魔王を単独で倒す化け物(一般から見た視点)級になる可能性だってある。
もう人間と魔族の戦争は終わっているが、もしかしたら無実の魔王が殺されることだってあるかもしれない。
転生者にそんな気がなくてもあの女神が何もしていないとは到底思えない。精神を操作され無意味に暴れまわる殺戮者になる可能性もある。
そして最悪なことに、優華は今転生者がどこにいるか知らない。アテナが最期の力で魂を隠したからだ。
だが一応検討はついているので問題はない。おそらく転生者は全員人間に生まれるだろう。それだけはわかった。
女神アテナは人間の頂点に立っていた神だ。なので転生体も人間でないと行えない。なので必然的に転生者は人間になるわけだ。
そして気掛かりなことがもう一つある。それは、どうしてアテナが転生者をすぐに迎えることができたのかについてだ。
アテナが最期に使ったのは魂を呼び込むだけの魔術だ。普通ならそれに対する器がいる。あの一瞬でそれを用意することは不可能だろう。
(まさか、もう器は用意されているのか?)
既に器となる人間は作りていて、そこに魂を憑依させることならおそらくあの魔術でも可能だ。
そしてそれが実際に起きている可能性が高い。つまり、既に転生者は、自我を持っているのだ。
「はぁ…めんどくさい」
転生者が既に自我を持っているとしたら、完全に後手に回っている。転生者が行動を起こしている場合対応が遅れてしまう。
(早急に転生者を見つけるか)
思い付けば行動は早い。優華は人間達の近くにいる子に連絡する。
『ドゥン、少しいいか?』
『え!? ゆ、優華様!? 戻ってこられたんですか!?』
『あぁ、久しぶりだな。世間話もしたいが、今回は仕事を持ってきた』
『はい! 何なりとお申し付けください!』
『私は女神を名乗る神を排除したんだが、その自称女神が最期に悪あがきしてな。この世界に転生者を迎えさせた。ドゥンにはその転生者を見つけ出して監視してもらいたい』
『なるほど。了解しました! ちなみにその転生者とやらのわかっていることをお教えください!』
『人数は四人、全員が人間だ。正確な場所はわからないが、人間の国にいることは確かだ。見つけたら、私にも報告してくれ』
『承知しました! これだけあれば充分です。必ず期待に応えてみせます!』
『頼んだぞ』
『つきましては優華様、その任務が終わればご褒美をください!』
『お安い御用だ。何をご所望だ?』
『優華様に何でも言うことを聞かせられる券です!』
『………わかった。用意しておく』
『ありがとうございます! それでは!』
ドゥンとの念話が切れる。
(一応これで大丈夫だと思うが…警戒は解かないでおこう)
ドゥンはこの世界の神の一柱で、ヘーニルと互角の強さを持っている。死ぬことは万が一にもないだろうが、想定外なことが起きる可能性は充分にある。
だがあまり心配しすぎてもだめだ。今の優華の目標はこの世界にいる子供達に会うことなのだから。転生者の事は気が抜けないが、気を入れすぎるのも疲れるだけだろう。
「とりあえず旅を続けるか」
心配事は多いが、今は子供達が優先だ。
目標を改めて確認すると、いいタイミングでヘーニルが呼びに来た。夕飯なのだろう。
これから先なにが起こるかわからない。だが少しでもこのような温かい日が続けばいいと、優華は思う。
だが優華は知らない。転生者が優華にとって無視できない存在であることを。
女神アテナの思惑が、優華にとって何よりも恐ろしいことであることを、優華はまだ、知らない。
【後書き】どうも緋色です。ゴールデンウィークなので張り切って書いちゃいました。いっしょに遊びに行く相手がいないぼっちの余裕ですね。……悲しくないですよ?
みなさんはゴールデンウィークいかがお過ごしですか?
僕はぼっちです。僕みたいなことになっていないよう祈っています。
最後に、ここまで読んでいただきありがとうございました。
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