第18話ヘーニル

ヘーニルは生まれた瞬間に最上の美を見た。その姿は常識など何も分からなくてもこの世のすべての美しさを足しても掛けてもなお足りない程だった。彼女のすべてを知りたい。ヘーニルの叶わない初恋だった。

優華といっしょにいた時間が長いのは間違いなくヘーニルだろう。自分の仕事を終わらせたらすぐに行っていた。だからだろう。いっしょにいればいるほどよくわかる。

優華からしたら、ヘーニルはただの我が子でしかないのだ。我が子に特別な思いを抱くことはない。

だがヘーニルは諦めなかった。自分の思いが伝わるまで諦める気はさらさらなかった。幸いヘーニル自身の寿命はなく、それは優華も同じ。

この長い時間のすべてを使って、優華に愛を伝えることができると思っていた。

だが、先に居なくなったのは優華の方だった。突如現れた神に優華は遠い遠い異世界に飛ばされてしまった。

ヘーニルはその時そばにいなかった。ちょうど離れていたときに優華は居なくなったのだ。ヘーニルが帰ってきた時には、見たことのない女の神しかいなかった。

ヘーニルは真っ先にその神を疑った。女の神はヘーニルを見て自分こそが創造神だと訳のわからないことを言ってきた。

当然ヘーニルは激怒した。この世界の創造神は自分の愛する存在であり、愛する優華の地位を無理矢理奪おうとするこの神は何が何でも殺さなければいけない害虫であるからだ。

だが、一つ聞き出すことがある。


「貴様! 優華様をどこへやった!」


「あら、あなたに関係ある? それに、あの女は私の世界には必要ないの」


「もういい、死ね」


ヘーニルはその言葉を皮切りに、魔術を発動させた。

発動させるのは得意としている植物の魔術。女の神は紙一重でそれを高く飛んで避ける。だがヘーニルは止まらない。

避けられた植物は新たに鋭いツルを生やし、女の神に襲いかかる。


「チッ!」


女は魔術を発動させることでなんとか耐えた。


「何なのよあなた!? なんでそんなに強いのよ! 厄介なのはあの女だけだと思ったのに!」


怒りと困惑で声を荒げる女をヘーニルは冷めた目で見つめる。


(なぜ、優華様はこのような雑魚に………いや、もしかしたらまだ別の神がいるのか? それとも、優華様は単に散歩に出掛けておられるだけなのか?)


ヘーニルとしては優華がどこへ行ったのかが気になっていた。

その気持ちが女に伝わったのか、女は品のない笑みを浮かべ口を開く。


「なに? あの女のことでも気にしてるの? でも残念、あいつは私が転移させたわ。それも、遠い遠い異世界にね」


「なんだと!?」


「あいつももう帰ってこれないわね。私の世界を三つも生贄に捧げた甲斐があったわ。でも、まさかあんたみたいなやつがいたとはねぇ。一筋縄じゃいかないみたい。今日のところはもう用事も済んだし引いてあげましょう」


「貴様………逃がすと思うか?」


ヘーニルの口から身を焼きつくような怒りのこもった声が出る。だが女はそれに怯むことなく余裕の笑みを浮かべる。


「勘違いしないでよね。別にこれは本体じゃなくてただの人形だから。それと、私の名前でも言っておきましょう。私はアテナ。この世界を制す神よ。じゃあね」


そう言い終わると、女の体は事切れたかのように崩れ落ちた。

残るのはヘーニルの怒りと、無力感だけ。


「私は、なんて無力なんだ……」


それからときが進むに連れ、その気持ちは強くなった。大切なものすら守れない無力な自分。行き場のない怒り。

長として妻をもらったが、一人残して引き籠もってしまった。引き籠もっている間、ヘーニルは優華の絵を描き続けた。

一度優華に、絵を褒めてもらったことがあったから。そして何よりも、側に居たいから。離れたくないから。

描き続けた。ただ描き続け、時が過ぎるのを待った。この孤独の時間を埋めるために、描き続けた。絵を描いている最中、少し外を見た。

そこには楽しく遊ぶ子供達がいた。そしてその子供の一人には見覚えがあった。自分の子だ。なんとなくだがわかった。

こんな自分を今も捨てない妻と、一人の子供に罪悪感を覚えた。だけど、だけど、ヘーニルは出られなかった。優華を失った傷があまりにも深く、大きく、まだ広がっていく。


「優華様、優華様、優華様ァ……!」


一人のときだけ異性としての呼び方をする。だがこんなことになるのなら、二人でいるときに名前を呼びたかった。

後悔しても遅い、遅すぎる。

何年が経っただろう。ヘーニルは今日も悪夢にうなされていた。何回も何回も見る悪夢。それは優華がヘーニルを置いていく夢。だけど嫌でも自覚させられる。

あの時そばにいれば。あの時守れていたら。そんな後悔を何度も何度もしている。

物音が聞こえる。誰か来たのだろうか。

悪夢からゆっくりと浮上する。目を覚まし、起き上がる。まだ寝ぼけているのか視界が曖昧だ。

物音がした方を見てみると、そこには最上の美を持つ少女がいた。絹のように白い髪にルビーのような紅い瞳、シミ一つない白磁の肌。顔は最高に整っていて、黄金比さえ超越している程に美しい。

遠い記憶で見ていた顔。忘れることのなかった愛する顔。

だけどそこにいるのはおかしくて、信じたいけど信じられなくてそれは、もう………


「………夢か」


夢としか思えなかった。


「違うぞ」


何度も聞いた声が耳に響く。その声を、その言葉を理解した瞬間、ヘーニルは泣くことしかできなかった。

自分が何を言っているのかわからない。ただ、ただ喜びだけが、胸を満たした。

気付いたら自分は優華に抱き着いていて、嬉しくて、愛おしくて、言葉にできなくて……。

だけど一つだけ言える。もう離したくない。ずっと側に居たい。言葉を伝えたい。抱きしめたい。話したい。触れ合いたい。

ヘーニルは涙の中、気持ちの波に溺れていた。




優華はヘーニルと二人きりで話していた。何やら大事な話があるらしい。


「それで、何のようだ?」


「優華様、私達エルフが一夫多妻制を認めているのを知っていますよね」


「そうなのか」


「はい。ですから私もあと何人か妻を迎え入れることができます」


「なるほど。それを私に手伝ってほしいのか?」


「いえ、そう言うわけではなくてですね。なんというか……そのぉ」


言葉に詰まるヘーニルに優華は首を傾げた。具合でも悪いのだろうか。その証拠にほんのりと顔も赤くなっている。


「あ〜もう何をやってるんですかお父様! 言うならはっきりと言ってください!」


「まぁまぁピュシス。あの人も恥ずかしくて言いにくいのよ」


そしてなぜか扉を少し開けてこちらを覗いている二人が謎で、優華はさらに困惑を深めていた。優華がこのカオスな空間に困惑していると、決心したのかヘーニルが目を見開き、優華を見つめる。


「優華様! 私と、結婚してください!」


「………へ?」


突然の告白に、優華はさらに困惑することしかできなかった。



【後書き】どうもスカーレットです。今回はヘーニルの過去を書きました。結構急ぎ気味で書いたので文章的におかしな点があったかもしれません。

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