家族の章
第15話旅に出よう
魔族と人間による講和会議が始まった。魔族と人間の長い戦いがようやく終わるのだ。
「では、この条件でいいか?」
「はい。構いません」
「よし。これで会議は以上だ」
思いの外あっさりと、講和会議は終了した。どちらもが納得できる条件で、どちらも損はしないものだ。だが、一つ問題がある。
「いや、あの、ほんとすんませんした!」
今は帰りの馬車の中なのだが、ヨハンは優華に土下座していた。理由は明白りヨハンは会議の間ずっと呆けていて、まったく話に入ってこなかったからだ。それで優華が全て取り決めることになり非常に面倒くさかった。
スピリチュアルから、度々こいつ殺しますか? と頭の中でたずねられた。衝動的に頷きそうになったがなんとか我慢した。
「ほう? 自分の仕事を私に全部任せて許してもらえると?」
許すつもりは毛頭ない。
「帰ったらうちの猫触らしてやるから!」
「今度からは気を付けろよ」
優華は甘かった。
「おっそろしく早い手のひら返しだ。俺でなきゃ見逃しちゃうね」
ヨハンの言葉も聞こえない程に優華の頭の中は猫で埋め尽くされていた。これが生粋の動物好きだ。
来た道を戻り、優華とヨハンは数日で王都に帰ることができた。
ロムルス王に条件などを話し、無事に魔族との戦争は終結した。今優華がいるのはヨハンの家の前だ。
「シンさん、言っとくが家の猫は簡単に懐かねぇからな。いくら動物に好かれるシンさんだからって絶対に好かれないからな」
「いいから早くしろ」
猫を触らせるという約束を果たしに来ているのだが、ヨハンはものすごく躊躇っている。理由は優華が動物に好かれまくっているからだ。一度会うだけで懐かれてしまうので、彼女のいないヨハンは唯一無二の癒やしを奪われるのが嫌なのだ。
だが動物が関わったことに対することについて優華は容赦がない。ヨハンの気持ちなど知ったことではない。しばらく後ろから圧をかけながら扉を開けることを促し続けると、ようやくヨハンは扉を開けた。
「シンさん、お願いだから俺から猫を取らないでくれよ」
優華はヨハンの言葉に耳を貸すことなく家に入り、置かれていた椅子に座った。目の前には猫がいる。ここでむやみに猫に触れるのは駄目だ。できるだけ警戒させないように、あくまで興味がないように行動する。
すると、猫がこちらに興味を持ったのか、寄ってきた。優華は猫に視線を向け、安心させるような雰囲気を出す。どうやらそれが功を奏したようで、猫は優華の足に擦り寄ってきた。
「そんなぁ……」
一部始終を見ていたヨハンの嘆きの声が聞こえたが無視だ。優華は猫を太ももに乗せ、優しく毛を撫でる。
「ニャ〜」
するととても気持ちよさそうな声を猫は出した。それを見て泣くものが一人。
「どうじでだよぉ…シャーロットちゃ〜ん。なんで俺に懐くのに時間が掛かって、シンさんは一瞬なんだよぉ……」
嗚咽を繰り返してわんわん泣くヨハンがさすがにかわいそうなので優華が声を掛けようとすると、ヨハンの猫ことシャーロットが優華の仮面を外した。
「え? ちょっ……」
そして太ももの上で跳び、ニャッとフードを外した。突然のことに戸惑う優華だが、仮面をシャーロットが加えてヨハンのところに行くのが見えた。
「ん? どうしたシャーロットちゃん。シンさんはいいのか?」
「ニャッ」
「お? これシンさんの仮面じゃねぇか。おいシンさん、シャーロットちゃんに仮面取られてんじゃねぇか。やっぱり最強の冒険者でもうちの子の可愛さには敵わなかったか。なぁ、シンさ………」
ヨハンは優華の顔を見て固まった。まるで信じられないものを見たような反応に優華は少し傷ついた。
「シンさん、あんた、女だったのか?」
「………そうだ、一応女だ」
「そっかぁ……」
気まずい沈黙が流れる。何分か続く沈黙を終わらせたのはヨハンだった。
「なぁ、シンさん。結婚しねぇか」
「何を言ってるんだ君は?」
突然変なことを言い出したヨハンに優華は困惑を隠せない。なぜそんな結論に至ったのか全く持って理解できなかった。
「いや、俺には奥さんいないじゃないか」
「そうだな」
「で、俺もそろそろ奥さん欲しい訳よ」
「そうなのか」
「で、シンさん、結婚しよう」
「なんでだよ!」
久しぶりに大きな声を出した優華だった。とりあえず結婚の申し出は断り、優華はギルドに戻った。明日の朝には旅に出る予定だ。その事もロムルス王には言っているので抜かりはない。村の人々にも旅に出ることを伝えた。料理が食べられないことに嘆いていたが、了承してくれた。
翌朝、優華は村を出た。見送りには村人全員と勇者達が来ていた。一言二言言葉を交わし、別れた。旅の目的については、まだ考えていない。なるようになれといった感じだ。ただ、今の姿では目立ちすぎる。冒険者最強の名は伊達じゃないのだ。
なので優華は仮面とフードを外し、服を改めた。一応服はいくつか持っている。ただ優華は質素な感じが好きなので、持っている中で一番地味なのを選んだ。
イメージとしては探検家といったところだ。サファリジャケットの上に外套を纏い、下はズボン。頭にはサファリハットを被り、腰には短剣が二本取り付けられていて、背にはリュックをかるっている。仮面と怪しいローブを脱げば優華はただの美少女になる。
これで目立つことはないと優華は本気で思っているが、優華程完璧な容姿を持つ者が目立たないわけがなく、案の定街で人の目を集めていた。
(どうしてみんな私を見るんだ? シンにはなっていないのに……謎だな)
一人だけ自体を把握していない優華はそのまま街を歩いた。今いる街は王国の隣の国の街。人間達は自分達の住んでいるところをを大陸だと誤認しているが、元は日本なので島国だ。なので六つの国しかなく、とても狭い。
だがこれからは他種族との交流があるかもしれないので、ずっとこのままとは限らない。一応優華の予定としてはこの街で一泊し、少し進んでからエルフの国に転移する予定だ。この街に来るまでに転移すればいいとも思ったが、通行人が多く、なかなか転移できなかった。
転移すれば確実に目立つので、明日の明け方早くに出発して目立たないように転移するようにする。これなら人目に付くことなく心置きなく転移することができる。
今後の予定を頭で考えながら、優華は今日泊まる宿を探す。宿はできるだけいいところに泊まりたい。最悪野宿でもいいが、というか寝なくていいが、さすがに怪しまれるので避けたい。
だが泊まるならできるだけいいところに泊まりたい。それが優華の心情だ。優華の能力を使えば別次元を創り、そこで寝ることもできる。だが今の優華は旅行気分だ。なので宿に泊まる。
宿を探しながら歩いていると、小さな宿が見えた。いや、厳密に言えばその宿の前に立ち、道行く人に声を掛ける少女が見えた。その少女はまだ幼く、身長も優華より低い。身につけているものは随分とみすぼらしく、体は少しやせ細っている。
声をかけても誰も耳を傾けてくれないようで、目には少し涙が浮かんでいる。
(はぁ、なんか見たくないものを見てしまったな。仕方ない。今日の宿はあそこで決まりだ)
人間を滅ぼした優華だが、それは神としてしたもので、本来の優華はとても優しい少女だ。ご老人や自分より年下の子には特に気を使い、弱者には手を差し伸べるまさに女神のような性格の持ち主なのだ。
人間を滅ぼした時に手を差し伸べたのは家族と動物の方で、人間は切り捨てた。ただそれだけだ。
だが今回は、目の前の少女に手を差し伸べたくなった。
優華は少女に近付き、声を掛ける。
「一部屋、空いてるか?」
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