第14話講和会議の準備

王とSランク冒険者、そして勇者の会議が始まった。議題は大罪魔王についてだ。優華以外のSランク冒険者達は、魔王を討伐しに行った。

魔王討伐は順調に思えたが魔王の一撃により陣形が崩れ、Sランク冒険者達は致命的なダメージを負った。

殺されるところを待つばかりのSランク冒険者達を助けたのは、魔族の頂点である大罪魔王だった。大罪魔王の名はレミエル。七人の大罪魔王の一人、嫉妬の魔王だ。


「厳密には助けられたじゃなく見逃されたという方が近いな。嫉妬の魔王レミエルは俺達が苦戦した魔王を一瞬で仕留めた。その力は計り知れない。また、少し会話をしてあることがわかった」


「あること?」


「あぁ。俺達は嫉妬の魔王レミエルと会話をし、邪神の存在を確認した」


「「邪神!?」」


勇者やロムルス王が驚きの声を上げる。皆が驚く中、優華の顔が引き攣った。理由は明白。邪神というのは優華だからだ。優華は世界の情報を得るために人間に紛れている。もうだいたいわかったのでバレても問題はないが、できれば穏便に済ませたい。そこではたと気付く。


(いや、私の本当の姿はここにいる者には見られてないから大丈夫か)


優華は自分の本当の姿は今ここにいる者には見られていないため、なんの問題もないことに。優華は何事もなかったかのように済まし顔で話を聞いた。


「邪神というのは、どういうことなのだ?」


「嫉妬の魔王曰く、邪神の名は優華というらしい。邪神優華は世界を壊した邪神であり、世界を創造した創造神でもあるらしい」


「それは、矛盾していないか?」


「俺も詳しくは知らない。ただ、邪神優華は魔族や魔王を生み出した張本人らしい」


「な、魔王を!?」


ヨハンの言葉に反応したのは雅彦。それもそのはずだ。雅彦は魔王を倒すためにこの世界に召喚されたのだから。


「信じがたいが、嫉妬の魔王の反応を見た限り嘘ではないだろう。それが真実の場合、人間は邪神には勝てない」


「………なぜ、そう言い切れるのだ?」


「俺達は、嫉妬の魔王と普通の魔王が戦うところを見た。いや、あれは戦いじゃなくて処刑だな。嫉妬の魔王の動きが完全に捉えられなかった。気が付いたら戦闘が終わってたって感じだ。曖昧でよくわからんと思うが、要は一瞬で普通の魔王を倒せるということだ」


ヨハンの話にまた勇者とロムルス王は難しい顔をする。そしてとヨハンは続けた。


「邪神はおそらく嫉妬の魔王などの大罪魔王以上の強さを持っているだろう。なにしろ、大罪魔王や魔族を生み出した存在だ。それ以上の強さを持っているに違いない」


ロムルス王や雅彦達の顔が曇る。実際ヨハンの予想は当たっていて、大罪魔王が束になったとてしも優華には敵わない。大罪魔王さえそうなのだから人間なんて以ての外だ。


「だが、今のところ邪神は人間をどうこうしようとは考えてないらしい。今俺たちが生きているのが何よりの証拠だ」


「たしかに、それほどの存在が人間に敵意を向けていたとしたら我ら人間などとうの昔に滅んでおったな」


「あぁ。これから俺達がするのは邪神の怒りを買わないようにすることだな。だから、魔族との戦争も考えねばならないと思う。できればもう終わらせたいところだ」


「だが、奴らが無抵抗な我らに危害を加えないとは思わないぞ」


「それなんだよなぁ」


ヨハンとロムルス王が話し合っているがなかなか良い案は出ないようだ。そこで優華は少し助け舟を出すことにした。優華も人間と魔族の争いはない方がいいからだ。


「一回、彼らと交渉したらどうだ?」


さっきまで無言だった優華が口を開いたので自然と会話は止まり、優華に視線が集まる。優華は気にせず続ける。


「嫉妬の魔王と会話できたのなら一応話は通じるんじゃないか?」


優華の案にロムルス王やSランク冒険者達は少し考え結論を出す。


「………いけるかもしれない」


「たしかに、嫉妬の魔王は俺達を見逃した。それに会話もできた。少なくとも話だけは聞いてくれるかもしれない」


「だが誰が交渉に行くんだ?」


「そこは私に考えがある」


優華は新しく案を出し、その案が採用された。まず交渉に行くのは優華とヨハン。これならば何かあったとしても充分対応できる。また、他のSランク冒険者は勇者の護衛をしてもらう。もしものことがあったときのために勇者を守れるように。

交渉を行うにあたって魔族側に手紙を送らなければならない。それは今前線にいる兵士に一任することになった。この時点で危害を加えられたら交渉は決裂だ。

通信のできる魔導具でそのことを前線の兵士に伝え、交渉に行く優華とヨハンは報告を受け、魔族側が応じたらすぐに出発する予定だ。

これで会議は終わった。後は連絡を待つだけだ。ただ待つだけでは少し不安があるので、スピリチュアルと連絡を取ることにした。もちろん頭の中で連絡する。


『スピリチュアル、少しいいか?』


『はい、いかがしましたか? 優華様』


『あぁ、人間との戦争に進展があってな。近々魔族側に交渉に行く。そのことを報告する兵士が来るから攻撃せずに話を聞いて応じてもらいたい』


『承知しました。では知らせておきます。交渉については私が行きます』


『そうか。一応私も人間側として行くからそのことも知らせてほしい。外見は仮面とフードを被った背の高いものにしている。声は男のものに変えているから驚かないでくれ』


『はい。喜びで悶えないように気を付けます』


『あ、あぁ。頼んだぞ』


最後なんか聞き捨てならないことが聞こえたがスルーした。本人は真面目なのだ。だから少しおかしな発言をしてもスルーするのが正解だと優華は知っている。

一応これで交渉が決裂することはないだろう。これで魔族との戦争も終わり、優華は晴れて自由の身になれるだろう。

その次の日、兵士から返事があった。どうやら予定通りに応じてくれたようだ。

返事を聞いた優華とヨハンはさっそく出発することにした。転移門までは約一日だ。見送りに来た雅彦達と少し話して出発した。


「なぁ、シンさん。もし魔族との戦争が終わったら何をしたい?」


「唐突だな。そうだな、私は旅に出たいと考えている」


「旅か? それはまたどうして」


「正直言うと疲れたからだな。もう働くのは嫌だ」


「あんたは本当に面倒くさがりだな」


というような会話をヨハンとしながら行けば、すぐに転移門に着いた。そこからは睡眠も挟みながら行き、無事に兵士の拠点に着いた。ちなみにこの拠点は人間達が攻めてきたときに作られたものだ。年々でかくなっている。

拠点に着くと一人の男が走ってきた。


「シンさん、ヨハンさん! よく来てくれた!」


「おうディレット、出迎えありがとな!」


「いや、これも仕事だからな」


この男の名はディレット。この拠点の責任者だ。つまり人間の軍の指揮官だ。律儀な性格で部下にも慕われている。信用できる男だ。


「ではすまないがさっそく交渉に行ってもらいたい」


「おいおい、少しの労りもなしかよ」


「時間がなくてな。飲み込んでくれ」


「へいへい」


ヨハンはこう言うが、本人も状況をわかっているのだ。その上でふざけているので特になんとも思っていないだろう。

ディレットに従い、優華とヨハンはすぐに出発した。魔族の拠点への距離は馬車で一日程の場所にある。この前の戦いは魔族側が攻め込み、人間側が拠点を守る形になった。

魔族側と言っても魔王が魔物を従わせて独断で攻めたのだが。スピリチュアルが言っていた戦争を終わらせれたというのは、拠点にいる魔族が人間に交渉を持ちかけるものだったのだが、魔王が従わず我だけで行くとか言って台無しにした。

それはともかく魔王とSランク冒険者達が戦ったところよりも奥に拠点があるのでまた馬車で行くことになる。

優華としては転移してさっさと終わらせたいのだがそれは駄目なので結局馬車で行く。道中は至って安全でやっと魔族側の拠点に着くことができた。何度も移動でさすがに疲れた。

魔族側の拠点に着くとすぐに出迎えが来た。


「あなた方が人間の使者ですね。私はライデン。憤怒の魔王軍の参謀を務めております。長い付き合いになるかもしれないので、よろしくお願いします」


「お、おう。俺はヨハンだ。よろしく頼む。……なんか、魔族って聞いてたイメージと全然違うな」


人間は魔族が人間を憎んでいると伝えられていたが、もちろん違う。本来の魔族はとても平和主義で、戦争などしたくない。普通の魔王は例外だが、基本魔族は無害なのだ。


「シンだ。交渉に応じてくれたこと、感謝する」


挨拶もそこそこに、優華とヨハンはライデンの案内に従い、魔族の拠点に入っていった。魔族の拠点は人間の拠点よりも清潔で、整備も充実している。人間との戦いでは死者を出したことがないらしく、出そうになったら退いているらしい。

軍としては駄目なのだろうが、人間との戦いはお遊びで、わざわざ死者を出す必要がないという認識らしい。

ライデンに案内されて優華とヨハンは一つの建物に入った。室内は広く、大きな机が一つと、椅子が複数用意されている。どうやらここが会場らしい。スピリチュアルはまだ来てないので優華とヨハンは先に席に着いた。

しばらく待っていると、扉が開かれた。入ってきたのは少女。軍服を纏い、クリーム色の一つに結んだきれいな少女。だがその纏う雰囲気は少女のものとは思えないほど厳格なものだ。そう、憤怒の魔王スピリチュアルだ。

スピリチュアルは座らずに優華とヨハンの向かいに立つ。ヨハンは突然現れた少女に驚いているが、スピリチュアルは気にすることなく名乗った。


「私は憤怒の魔王スピリチュアルだ。今回の交渉では魔族代表として参加させてもらう。そなた等が人間側の代表と見ていいか?」


普段とは違う王者然とした話し方なのは理由がある。実を言うとスピリチュアルは、コミュ障である。コミュ障というより、他者と接するのが苦手だ。優華と接するときは普通なのだが、他の者と接するとどうにも刺々しい言葉になってしまう。

コミュ障でも王としての話し方は正解なのでそれは別にいい。問題は、目の前の少女が大罪魔王の一人と知ってフリーズしているヨハンだ。


(仕方ない。私が仕切るか)


優華は立ち上がり、人間側として挨拶をする。


「私は人間代表のシンと申します。隣の者はヨハンです。彼は少し戸惑っているようなので、私が代わりに挨拶させていただきました。無礼な事だということは充分承知しています。彼も大罪魔王殿に会うのは初めてで緊張しております。どうかご容赦ください」


「そなた等の無礼を許そう。今回はあくまで交渉だからな。では、さっそく本題に入るか」


こうして、魔族と人間の講和会議が始まった。

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