第13話嫉妬の魔王
「ふはははは! やはり人間は脆弱だ。手も足も出ない。いや、我が強すぎるからか! このような脆弱な存在に手を焼く大罪魔王共も大したことはなかった! これなら、あの邪神さえも我の敵ではない!」
「あら、それは許せない発言ね」
ゆっくりと声のする方を見て、ヨハンは息を呑んだ。そこには少女がいた。とてもきれいな少女だ。黄紫の髪に緋色の瞳、白い肌にはシミ一つなく、一見すると見目のいい少女にしか見えない。だが、纏う雰囲気は魔王の比ではないほど禍々しく不気味だ。
「き、貴様は……!」
「久しぶりね。たしか、イタカだったかしら?」
少女の名はわからないがその存在感だけでとてつもない存在ということはわかる。それを裏付けるように魔王イタカも狼狽えていた。
「なぜ、貴様がここに!? 嫉妬の魔王レミエル!」
「なっ、嫉妬の魔王!?」
ヨハンが叫び、セネクスが目を見開いた。目の前の少女が、勇者が倒そうとしている大罪魔王の一角だという事実に驚くとともに納得した。この存在感だ。並大抵の相手ではないと考えてはいた。
「気安く名前を呼ばないでくれる? 不愉快だから」
魔王レミエルは絶対零度の目で魔王イタカを見つめる。魔王イタカは冷や汗を流しながら魔王レミエルを睨んだ。だが、その目にはたしかな恐怖と焦りの感情がある。
「で、何だったかしら? たしか、邪神を倒せるとか言ってたわね。あなた、相当馬鹿なのかしら」
「な!? 馬鹿なのは貴様らだろう! このような脆弱な生物になにを手こずっておるんだ! 大罪魔王が聞いて呆れる。いい機会だ。今ここで貴様ら大罪魔王を葬り、邪神も殺し、我がこの世界を支配してくれる!」
「は?」
瞬間、魔王レミエルから殺気が放たれる。その殺気はとてつもない圧力を秘めていて、ヨハン達はまともに動けない。
「私の前で優華様を殺す発言を二回したわね。あなた、もう死んでいいわよ」
「調子に乗るなーー!」
魔王イタカが魔王レミエルを攻撃しようと触手を伸ばす。だが、遅すぎた。すでに決着はついていた。魔王イタカの上半分が地に落ちる。まさに一瞬、刹那の間に魔王イタカは殺された。
ヨハンは思う。次元が違いすぎると。自分達があんなに苦戦した魔王イタカを、魔王レミエルは一瞬で、おそらく一撃で屠った。魔法も使わずにだ。
「さて、貴方達はどうしましょうか」
そんな次元の違う怪物が、自分たちを見る。この状況はまさに蛇に睨まれた蛙だ。自分たちはもう殺されるのを待つばかりで、抵抗してもあっさりと殺されるだろう。
「まぁ、今回はこの愚か者に用があっただけで、別に貴方達に用はないから見逃してあげましょう」
怪物の言葉に、ヨハンとネメシスは目を見開く。どうやら自分達は見逃してもらえるらしい。
「なにを驚いているの? もしかして、私が貴方達を殺すとでも思った?」
小首を傾げる怪物は心外だという面持ちでヨハン達に言い聞かせた。
「今私は気分がいいし、暇がないの。貴方達にかまっている暇があるなら優華様と過ごしたいもの」
「優華……様?」
聞いたことのない名前にヨハンは困惑する。怪物の少女は困惑するヨハンにどこか得意げに話した。
「優華様は私のお母様よ。優華様は自分のことを邪神と呼んでいるけれど」
「邪神!?」
ネメシスが反応する。ヨハンも、自らを邪神と呼び、魔王達を誕生させた存在に危機感を募らせる。そんなヨハン達の様子はお構いなしに魔王レミエルは話を進める。
「優華様はこの世界を創造した創造神でもあるの。だから邪神という呼び方は私達からすれば違うわ。でも、世界を一度滅ぼしたらしいし、あなた達からすれば邪神なのかもしれないわね」
まるで想い人を語るように邪神を説明するレミエルはとても穏やかだった。だが、言っている内容は穏やかではなく、邪神の恐ろしさがわかるものだった。
「質問だ。その邪神優華とやらは、儂等人間をどう思っておるのだ?」
ネメシスが魔王レミエルに質問した。先程の魔王イタカへの態度を見て、答えてくれるとは思わなかったが、魔王レミエルは嫌な顔せず答えてくれた。
「優華様はあなた達のことなんてなんとも思ってないわよ。生きても死んでもどうでもいいんじゃないかしら。ただ、優華様は身内に甘いから、優華様の身内に手を出したら容赦はないでしょうね」
どうやら邪神はヨハン達に興味はないらしい。ただ、身内に手を出したら破滅が待っているのだろう。
「さて、話すことも話したし、私はこれで。魔族への被害もなかったし、今回は見逃してあげる。じゃあね」
そう言って魔王レミエルは闇に包まれ姿を消した。
ヨハンはため息を一つつき、空を見上げる。空には月が昇っている。だがその月は見たこともない緋色の月で、先程会話をした怪物を彷彿させてならない。
「大罪魔王に邪神、か」
面倒事がいくつも増えた気がする。邪神がどんな存在なのかはわからない。だが逆らってはいけない存在だということは嫌でもわかる。
「これは、報告するのが面倒そうだ」
これからの事について心の底からため息をつき、ヨハンは仲間を連れて、王国に帰還することにした。
勇者は特別だ。この世界に来るときに強力なスキルを貰え、個人差はあるが成長も早い。成長すれば普通の魔王ならば相手できる程強くなれる。だが、ここまで覚えの悪い勇者は初めてだと優華は思った。
今優華は勇者の修行をしている。基礎体力はできていたので後は技術なのだが、これがどうにも進まない。
やはり平和な世界で生きていたので仕方ないとは思うが、このままでは駄目だ。別に優華は勇者がどれだけ弱くても構わないが居候されるのはごめんだ。どうせ強くなっても大罪魔王は倒せないのだから、早く強くなってさっさと出ていってほしい。
だがあまりにも技術を覚えてくれなくて困っているのが現状だ。
照間や莉々奈、愛流はまだ称号の影響で覚えるスピードが早くていいが、問題は雅彦だ。勇者の称号には成長スピードを早くするものはないため成長が遅いのは仕方ない。だがあまりにも遅すぎる。
本人はよく頑張っている方だが、なかなか身につかない。雅彦は凡人だ。凡人なりに朝は誰よりも早く起きて剣を振り、夜は誰よりも魔法の練習をしている。身が持つか心配になるほど自分を追い詰めて修行しているが身に付かない。だがそのおかげか少しだが腕を伸ばしている。
問題はそれがいつまで続くかだ。人間には限界がある。その限界がいつ来るかは優華にもわからない。だが早く出ていってほしい身としては早く成長しろと言いたい。言えないのだが。
成長するスピードがどうしても遅いのでなんとも言えない。本人の熱意は十分なので雅彦を中心的に修行をさせたらいい感じになるだろう。これで強くならなかったらある意味才能だ。
ここ最近は依頼も増えなかなか忙しい。忙しいのは依頼だけではなく、勇者の修行や大罪魔王達に会いに行ったりといろいろしてきたからだ。さすがの優華でも疲れた。
(もう放浪でもしようかな)
こんなぶっ飛んだことを考えるくらいには疲れてしまった。もう勇者の修行なんてほっぽりだして旅に出たいくらいだ。娘には会うので問題はない。それに、そろそろ他の子達にも会いたいので少しの間ギルドを空けたいというのは本当だ。決して面倒事から逃げようという事ではない。断じてない。
さすがに勇者の修行という面倒くさいことを押し付けられているのでそれが終わってからになるが。
そんなことを考えていると、王都の使いが来た。いつものやつだ。
「どうした? なにかようか?」
「はい。療養中だったSランク冒険者の方々が王宮に帰還しました。今まで聞けなかった事などについて聞きますので、シンさんと勇者様方には早急に王宮に来てください」
どうやら王宮からの呼び出しのようだ。少し前にSランク冒険者達が魔王と戦った。だが敗れてしまい、絶体絶命のところに大罪魔王が現れ魔王を屠り姿を消したという。その詳細については怪我の治療を終えた後に話すことにされていた。
もちろん優華は全て知っている。レミエルから聞いたからだ。手を出さなかったことを褒めてあげればすごく喜んだので覚えている。
優華はいいが人間側は正確に情報を共有できていないようで、優華も立場上行かなければならない。
「わかった。みんな、行くぞ」
優華は雅彦達に声を掛け、王都に行くことにした。王都へは馬車で三時間くらいで着いた。今はロムルス王の私室の前だ。会議するときはいつもロムルス王の私室ですることになっている。
扉を開けるとSランク冒険者とロムルス王、神人教の教皇がいた。教皇の名前はファールだ。
「久しぶりだな、シン殿」
「久しぶりだな、ロムルス王」
ロムルス王と優華は互いに挨拶を交わす。Sランク冒険者達も優華に気付き親しげに声を掛けてくる。
「久しぶりじゃのうシンよ。息災じゃったか?」
「あぁ。君達は酷くやられたようだがな」
「そう言うなよシンさん。俺達も頑張ったんだぜ?」
「あれは相手が悪かったとしか言いようがないわ」
軽口を叩き、挨拶も終わったところで本題に入ることにした。ロムルス王が室内にいる人を見回して、会議を始める。
「今日集まってもらったのは他でもない。ネメシス殿達に何があったのかを詳しく聞かせてもらいたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます