第10話レミエルの嫉妬
ゆっくりと、優華は目を覚ました。昨日いっしょに寝たスピリチュアルはもう起きているのかいなかった。
子供より遅いのは自分でもどうかと思うが、存外疲れが溜まっていたのかもしれない。優華はかれこれ千年くらい寝てないのだ。
千年前に寝たのだって暇だったからで、深く寝てはいない。
神になってから睡眠が不要になり、趣味に没頭して百年が過ぎていることもあった。あのときは時間感覚が狂っていたのだと優華も自覚している。
最近は人間と同じ時間感覚になっているため趣味に没頭するのは自重している。
実際は夜な夜な武器作りや魔術開発などをやっているのだが、それは入らないのだろう。
(何はともあれ、着替えるか)
着替えをさっさと済ませ、優華は部屋の扉を開ける。扉の前にはノックをしようと立っていたのだあろうスピリチュアルの姿があった。
「おはよう、スピリチュアル」
「おはようございます。優華様」
お互いに挨拶を交わし、一緒に食堂に向かった。
食堂に向かう途中に
「もっと早かったら優華様の寝顔を拝めたのに………!」
という不穏なスピリチュアルの呟きがあったような気がするがなかったことにした。
食堂に着くと優華は広いテーブルに案内された。昨日のような個室も良かったが、朝の場合なら静かな広間で食べるのもいいかもしれない。
そう優華が思っていると、朝食が運ばれてきた。ラインナップはパン、スクランブルエッグ、ウインナー、サラダになっている。スクランブルエッグにはケチャップとマヨネーズがかかっていて優華の好きな味だ。
朝食に舌鼓を打っていると、何やら騒ぎ声が聞こえてきた。声の方を見てみると、二人が言い争いをしていた。
片方はスピリチュアルで、もう片方は大罪魔王の一人だ。見た目は黒を基調としたゴスロリを着た黄紫髪の少女だ。背丈は優華より少し低いくらいだ。
「レミエル、久しぶりだな」
優華が声を掛けるとレミエルは固まり、スピリチュアルを無視して優華を凝視した。
(あれ? なにかおかしなこと言ったか?)
レミエルの様子に優華は戸惑ったが、何かを言う前に勢いよくレミエルに抱き締められた。
優華が驚いて見てみると、そこには目から涙が溢れたレミエルの姿があった。
「優華様……どこに行ってたの? 心配したんだからぁ……!」
胸の中で泣くレミエルを優華はそっと抱きしめる
優華が魔王達と離れていた時間はあとから知ったが十万年程だったらしい。
優華自身それ程時間が経っているとは思わなかった。
優華が一人になったのは数千年ほど前からで、それまではある神に別の世界に飛ばされ、異世界を旅していた。
おそらくその間魔王達に寂しい思いをさせていたのだろう。
「ごめん、レミエル。心配かけたな」
「うー………もう、もう絶対に離さないんだからぁ……!」
レミエルが泣き終わるまで優華は優しく抱きしめ続けた。
「なんで……私……」
レミエルは少しすると落ち着いて、すぐに赤面した。
「うー、私のクールなイメージがぁ……」
(元からクールだったか?)
レミエルは昔から何も変わっていないようだ。少なくとも優華にはそう見えた。
「お前は元からクールではないだろう? レミエル」
「あら、私は昔からずっとクールよ? 生真面目で根暗だったあなたとは違ってね」
「なんだと陰湿蝙蝠」
「なに? 文句でもあるの、根暗トカゲ」
バチバチと火花を散らす二人を横目に、優華は朝食を完食した。ナプキンで口元を拭き、改めて二人を見る。
昔からこの二人はよく喧嘩をしていた。それを見るだけで、なぜか帰ってきた感じがした。でも、そろそろギルドに行かなければならない。
「二人とも、喧嘩は良くないぞ。あと、私はそろそろ出ていくから」
「え?」
「は?」
なぜか戸惑う二人に優華も戸惑った。
(言葉が足りなかったか?)
珍しく言葉が足りない事実にたどり着いた優華は言葉を付け足した。
「あぁ……そろそろ仕事の時間なんだ。また帰ってくるから」
「だめよ! 私まだ優華様と一緒にいたい!」
「やめろレミエル、迷惑になるだろう」
「あんたは昨日一緒に居たからそんなこと言えるのよ! 優華様、絶対に逃さないからね」
またも抱きしめてくるレミエルに優華はある覚悟を決める。
(絶対にやりたくない手だったが仕方ないか)
優華はある提案をレミエルにする。
「レミエル、すまないが仕事は外せない。でも、スピリチュアルの手伝いをしたら帰ってきたあとなんでも言う事を聞くぞ」
レミエルは優華の提案に優華より紅い瞳を輝かせ、行動した。
「スピリチュアル! 仕事をお願い!」
「ふん! なぜ私がお前に仕事を? 優華様を独占にしたいのは貴様だけではないからな?」
「チッ、じゃあ今暴れている魔王を始末してくるわ。優華様、それでもいいわよね?」
「あぁ、無理するなよ」
「わかってるわ。じゃあ……」
「待てレミエル」
すぐに行こうとしたレミエルをスピリチュアルが呼び止めた。
「何よ、邪魔する気?」
「違う。出発は明日にしておけ。今日の天気は雨だ。泥だらけで帰ってこられるのは迷惑なのでな」
「そう、なら明日にするわ」
「じゃあ、私は帰る。また明日」
「はい。また明日お会いしましょう」
「絶対に来てよね! また明日!」
レミエルとスピリチュアルの様子を見届け、優華は魔術を発動する。
魔術『転移』
転移は文字通り別の場所に移動する魔術だ。これは空間に干渉して行うもので、一応魔法としてもあるのだが魔力の消費量が多く燃費が悪い、そして求められる技術が高いので使えるものはそういない。
人間なら尚の事、他種族でも使えるものは限られてくる。
大罪魔王やエルフの長、ドワーフの長、獣王、精霊王、妖精女王などは一応神の位に位置する者なのでカウントしない。今使えるのはその直属の部下などだろう。
転移でギルドに戻ってきた優華はまた仕事を始めた。
また依頼を受けて村人達に料理を振る舞ったりしているとあっという間に夕方になった。
もう客もいないので食堂を閉めようとしていると息を切らした王都ギルドの使いがやってきた。
「こんにちはシンさん。遅くにすみません」
珍しく減らず口を叩かない彼の様子に優華は困惑したが、とりあえず対応した。
「なんのようだ?」
「今日王城でSランク冒険者と勇者様方との今後の方針についての話し合いがあったのは知っていますよね?」
(知らないな。言ったらめんどくさいことになりそうだから言わないが)
「それで、決まった方針を伝えに来たわけです。いや疲れましたよ。なんせ王都からここまで結構距離がありますからね。貴方が来てくれていたらこんな疲れることもなかったんですが」
「そんな事言えるのなら疲れてないだろ。で、その方針は?」
「はい。実は今王国は魔王軍の砦に攻めようとしていまして。攻めるのは貴方以外のSランク冒険者様方が行くことになっています」
「で、私は何をしろと?」
「話が早くて助かります。今、貴方のお弟子さん方は用事ができてしまって勇者様方の育成が進んでいないんですよ。なのでそこをシンさんにやってもらいたいというわけです」
「断る」
「ダメです」
断ろうとする優華の意見をキッパリと拒否する使いはどこかやつれた様子だった。
「これで私に仕事が回ってきたらどうしてくれるんですか。絶対にダメです」
「………わかった。引き受ける。だが条件付きだ」
渋々引き受けた優華はある条件を使いに出した。
「何でしょう?」
「私は王城に行きたくないから勇者がこっちに来い」
「はぁ……わかりました。ではそう伝えることにします」
また仕事が増えると嘆きながら帰った使いを見送り、優華はギルドに入っていった。
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