第9話人間と魔族

朝日はどこの世界でも変わらないのだろうか。そんな疑問とともに雅彦は目を覚ました。見慣れない天井、やけに豪華な装飾品、ここが異世界と改めて実感させられる朝だ。

雅彦が着替えて自室を出て、王宮の食堂に行く。王宮の食堂は広く、王宮の使用人の殆どが利用しているらしい。流石にロムルス王達は別室らしい。

雅彦が食堂に着くと、先に来ていた照真と出会った。

照間は勇者パーティーで雅彦と同じ男なので、随分と仲良くしている。


「おはよう、照真」


「あぁ、おはよう」


照真は目を擦りながら答えた。どうやらあまり眠らなかったらしい。雅彦は照真に質問した。


「寝れなかったのか?」


「あぁ、だって今日はSランク冒険者達に会うんだろ。だから緊張してあまり眠れなかっんだよ」


「なるほど、それか。たしかに今日はSランク冒険者の人達と話し合ったりするんだったな」


今日は大陸に四人しかいないSランク冒険者の人達と会う予定が入っている。

Sランク冒険者とは、簡単に言っていしまえば冒険者の中でトップクラスに強い人達のことだ。召喚された雅彦達にとって、冒険者なんてアニメや漫画でしか見たことがない。

一体どんな人達なのだろうかと雅彦が思いを馳せていると、莉々奈と愛流が来た。


「おはよう莉々奈、愛流」


「おはよう」


「おはようございます」


莉々奈は明るく誰にでも別け隔てなく接する人だ。愛流は真面目で人のためにならなんでもする優しい人だ。

皆が揃うと同時に朝食が机に並べられた。この世界の食事はとても美味しいとは言い難いものばかりだ。

だから、雅彦達には耐えられなかった。いつも同じメニューで、あまり味のしない食事というのは、安全な日本という国で育った雅彦達には合わないのだ。

味の薄い食事をした雅彦達は、王宮のメイドが来るまで少しのんびりしていた。


「なぁ、これからどうなると思う?」


ふと照間がそんなことを呟いた。少し言葉が足らないので雅彦は質問した。


「どうなるって?」


「だから、俺達のこと。俺達はこれから魔王ってやつを倒さないといけないんだろ。本当にできるのか?」


「・・・できる。僕は勇者だ。どれだけ困難な道だろうと、進まないといけない」


雅彦は覚悟を決めている。自分は世界を救うのだと、救えるのだと、信じている。

そんな雅彦に照間はそうか、と満足そうに肯いた。


「雅彦、私達もついていくからね」


莉々奈も笑顔で雅彦に言った。それを肯定するように愛流も肯いた。


「ありがとう」


皆の反応に雅彦は照れながらお礼を言った。

そうこうしていると、王宮のメイドが来た。


「勇者雅彦様、聖女愛流様、剣士照間様、魔法士莉々奈様、国王様がお呼びです」


「わかりました。すぐ行きます」


雅彦はメイドに案内され、ロムルス王の自室に来ていた。中には雅彦たちの他にロムルス王と執事、三人の見知らぬ人がいた。

三人はおそらくSランク冒険者なのだろう。しかもこの中に、ドルージバとリンの師匠がいる。だが不自然なことに、一人足りない。気になっているとロムルス王が変わりに質問してくれた。


「シン殿はまた断ったのか?」


ロムルス王の質問に、執事が答える。


「はい。また断られました」


「またか・・・」


「また?」


ロムルス王の発言がわからなかった雅彦はふと口に出していた。それを聞いたのか、一人のSランク冒険者が説明してくれた。


「実は、もう一人のSランク冒険者のシンさんは、こういう会議にはほとんど出席しないんだ」


「なぜですか?」


「シンさんはすごく面倒くさがり屋だからな。それに、あまり世の中に興味や関心を持っていない。自分がどう思われているのかにも興味がないし、こんな会議もどうでもいいと思ってんだろうなぁ」


雅彦は困惑した。冒険者のシンといえば冒険者最強にして人類最強と呼ばれるほどの実力者だ。そんな人物が面倒くさがり屋だとはどうしても思えなかった。


「ま、シンさんは移動することもないからいつでも会いに行けるんだがな」


「そうなんですか・・・」


シンの話をしているとロムルス王が咳払いをして仕切り直した。


「では今から勇者殿達とSランク冒険者による正式な交流を始める。まずは自己紹介からだ。Sランク冒険者達から始めてくれ」


「じゃあまずは俺だな」


そういったのは雅彦がさっきまで話していた冒険者だ。


「俺はSランク冒険者四位のヨハンだ。趣味は魚釣りで剣を主体に戦ってる。よろしく」


ヨハンは軽くお辞儀をするとヘラヘラと笑いながら次を促した。


「私はSランク冒険者三位のフラゴル。魔法を主体に戦うの。よろしく」


ヨハンの次に自己紹介をしたのは白のローブを纏った金髪の魔法使いだ。


「儂はSランク冒険者二位のセネクスじゃ。この戦斧で戦うんじゃ。勇者殿の力、早く見たいのぅ」


最後に自己紹介をしたのはやたら筋肉質な老人だ。背丈も大きく、この面子の中では一番大きい。そして、本能で強者と理解してしまうほどの威圧も感じられた。今の雅彦では足元にも及ばないだろう。

Sランク冒険者の紹介も済んだので、次は雅彦たちの番だ。雅彦を先頭に自分の戦闘で使う武器などを一言付け加え行う。最後の愛流が済んだところでロムルス王が口を開いた。


「これから勇者雅彦殿らは魔族と戦うことになる。魔族の力は強大だ。それ故に備えをしておきたい。まず、Sランク冒険者達には雅彦殿らの教官になってもらいたい。今の教官の二人は急用ができたそうなのでな。教官は同じく二人でお願いしたい。もう二人は魔族の砦へ攻めてもらう。よいか?」


「少しいいかの?」


ロムルス王の提案に質問をしたのはセネクスだった。セネクスは顎の白髭を触りながら言った。


「王の言うことはわかった。だが、どちらも一人でよいのではないか?」


セネクスの質問を聞いた王は少し唸り、答えた。


「たしかに教官は一人でも良いかもしれない。だが、魔族は別だ。奴らは一体一体が強力な力を持っている。そして、今回攻める砦には魔王が一体いる。一応大罪魔王ではないらしいが、とても強力だ。万が一のことがあるかもしれない」


魔王、魔族全体を統べる大罪魔王とは違い、魔族のごく一部を配下にしている者たちだ。普通の魔族とは比べ物にならない程の力を持っていて、今の雅彦の勝てる相手ではない。雅彦が固唾をのんで聞いていると、ヨハンが呟いた。


「魔王、か。だったら砦には俺達三人が行って、雅彦達の教育はシンさんに頼めばいいんじゃねぇか?」


ヨハンの発言に、少しの沈黙が部屋を満たした。少しして、ロムルス王は結論が出たのか、口を開いた。


「たしかに、それが一番良いかもしれん。他の二人の意見も聞かせてくれぬか?」


「私もそれでいいと思うわ。シンさんは教えるのうまそうだし。それに、攻めるのなら数は多いに越したことはないでしょ」


「儂も賛成じゃ。小僧の意見を飲み込むのは癪だが、シンに任せることにしよう」


「わかった。では、雅彦殿らの教官はシン殿に任せ、他の三人は魔王を討伐してもらう。早期決戦を行うために今日すぐに出発してもらう。それでいいか?」


ロムルス王の問いにSランク冒険者達は無言で頷いた。

どうやら雅彦達の指導はリンとドルージバの師匠、冒険者最強のシンになったようだ、雅彦は少し困惑したが、あの二人の師匠だ、たぶん大丈夫だろうと自身を納得させた。




雅彦がSランク冒険者と会う前日、優華は魔族の娘カリーナを保護し、家族に届けようした。その道中、憤怒の魔王スピリチュアルと再開した。スピリチュアルの協力もあり、カリーナを無事家族の元へ戻した。優華はすぐに帰ろうとしたが、スピリチュアルのお願いを聞き、魔王城に泊まることになった。

スピリチュアルに案内され、優華は自分の部屋を訪れた。その部屋はとてつもなく広かった。百畳を有に越える広さで、天井も軽く見積もって十メートルはある。

家具もいくつかあり、どれも巨大だ。天井まである本棚が六個、五メートルくらいある魔術式テレビが一つ、縦幅五メートル、横幅三メートルのベッドが一つ、部屋の床をすべて隠すカーペットがある。他にもクローゼットやら椅子や机もあるが、どれも巨大だったり豪華だったりする。

どちらかといえば小さく質素な部屋を好む優華は、少し残念だった。


「優華様。部屋はこれだけではありません。ここは数ある部屋の一つです。他にも様々な種類の優華様専用の部屋をご用意しております」


「・・・それは本当か!?」


「ふふっ・・・はい、おそらく一番優華様が気に入りそうな部屋があるので案内しますね」


スピリチュアルに案内された部屋は、本当に優華の理想だった。

先程とは圧倒的に狭い、おそらく十畳ほどの部屋に、ベッド、テレビ、テーブル、本棚、ゲームなどの優華にとって必需品だけが詰まった部屋。これこそ、優華の理想の部屋だ。

目を輝かせてみていると、不意にスピリチュアルが話し掛けてきた。


「気に入っていただけましたか? 食事は城の食堂にて行われるようになっています。優華様の個室もありますので、お好きな方をお選びください」


「わかった。じゃあ私は個室にする」


「そうですか。承知しました。では、給仕のものに伝えておきます」


「ありがとう」


「いえ、ご心配なく」


しばらく待っていると、給仕の者がやってきて、優華は個室に案内された。個室は正直言って個室という広さではなかったのだが。考えていても仕方がないので優華はご飯を待つことにした。

しばらくして、ご飯と一緒にスピリチュアルが入ってきた。


「? どうした、スピリチュアル。なにかようか?」


「いえ、大したことではないのですが………その、えっと、あの、久しぶりにいっしょに食べたいなと思いまして」


珍しくおろおろと狼狽えながらお願いしてきたスピリチュアルを見て、優華はふふふ、と笑った。以前はわがままやお願いを全くしなかったスピリチュアルが、こうして自分と食事がしたいと言ってくれた。


「いいぞ。私も話したいことがあったし、一緒に食べよう」


「! ありがとうございます!!」


それから優華とスピリチュアルは久しぶりにいっしょに食事や会話を楽しんだ。スピリチュアルと会話をしてわかったことがいくつかあった。

まず、人間たちとの戦争についてだが、遊び感覚で行っているらしい。元はと言えば人間のせいなので仕方ないが、少し憐れだ。

後は新参の魔王についてだ。どうやらその魔王は人間に積極的に攻撃をしているらしい。人間達とのバランスを崩さないためにもスピリチュアル達は警告したのだが、話を聞かず今も攻撃しているらしい。


「せっかく戦争の落とし所が見えてきたところなのですがあの魔王のせいで台無しになりました」


たぶん魔王をこの目で見ることはないだろうなと優華は思った。

一通りこの世界の情勢がわかったので、もうこの話は終わりにした。あいつは消し炭だなとスピリチュアルが呟いていたような気もしたが気にしない。


「優華様、せっかくなので私が優華のお食事のお手伝いをします!」


優華が食事をしていると、不意にスピリチュアルが意味不明の文を発した。何をどう手伝うのか、優華にはわからなかった。


「? どういうことだ?」


「はい、あーーんです」


不意に差し出されたスプーンに優華は意味を理解した。正直言って、ものすごく恥ずかしいが、娘の頼みだ。致し方あるまい。


「あむ、むぐ・・・うん、おいしい」


優華が笑みをこぼしながら咀嚼する様子をスピリチュアルは愛おしそうに見つめていた。そして、何かを期待するような目線で優華を見ている。


「・・・わかった。スピー、あーーん」


恥ずかしさに頬を赤く染め、目をそらしながら優華はスピリチュアルにスプーンを運んでやる。すると、スピリチュアルは輝く笑顔で受け取った。


「ありがとうございます!」


お礼を言うスピリチュアルに、


(困った娘だな)


と、内心で呟いた。

なんやかんやあり食事を終えた優華はなぜかスピリチュアルとお風呂に入り、なぜかいっしょに寝ることになった。


(なぜだ?)


「あの、優華様」


「ん?」


「どこにも、行かないでくださいね。それと、おかえりなさい」


「うん。遅くなってごめん・・・ただいま」


大きなベッドで二人、スピリチュアルは母がいる安心を、優華は自分を思ってくれる我が子の優しさを感じた。

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