第6話魔族と人間、魔王と勇者

優華が子供達を引き取り五年が経った。その間に子供達はみるみる成長し、皆が皆就きたい職業に就くことができた。

リンとドルーは凄腕冒険者として王都で活動している。ダヴィは王宮の騎士になり、貴族を見返すことに成功した。アッシュは宮廷魔道士になって魔法の研究を思う存分やっているらしい。

ブラトは自分の店を持ち、王都で大活躍中だ。五人みんな王都に行き、ギルドは静かになった。

そんな静まり帰ったギルドで相変わらず働いている優華は五人が活躍していることに少し満足していた。

依頼を受け食堂を開く。そんな毎日の繰り返しだが、なかなか充実感がある。

世界の情報もある程度把握できた。これからはあまりすることがないなと優華は静かに紅茶を飲む。机にはマカロンなどのお菓子、手には本を持ちそれはもう優雅なひと時。

こうやって落ち着くのは随分と久しぶりな気がする。冒険者ランクがSランクになってからは王都に呼ばれ他のSランクと戦わされたり、他にも騎士団長や賢者と呼ばれる者達とも戦わされたりなど、大変だったのだ。

だが、それらも終わり、優華はまた一人を満喫することができるようになった。久しぶりの一人ということで少し寂しく感じるところもあるなと優華は思った。

仮面とフードも外してゆっくりしていると、扉を叩く音が聞こえた。食堂はもう閉めたはずだがと訝しみつつ仮面とフードを付け、扉を開けた。

扉の向こう側に立っていたのは王都ギルドの使いだった。Sランクになったときも来て厄介事を押し付けてくれたやつだ。


「お久し振りです。ギルド夜の宮のギルド長にして、大陸に四人しかいないSランク冒険者の中で一番の実力を持っているシンさん」


「長い、やめろ」


「わかりました・・・」


優華はこの男の一言が長いことを知っている。こういうやつには会話を早く終わらせてあげることが何よりも最善になるということも。


「で、なんの用だ?」


「実はですね。昨日、別の世界から勇者様とそのくらすめいと? が召喚されたんですよ。それで勇者様方の教育をシンさん、あなたに任せたいんです」


男の説明を受け優華は少し思考する。

この世界には魔族や魔王がいる。他にもエルフやドワーフ、魔物、聖獣や精霊など、かつて優華が自然を守るために生み出した者たちがたくさんいる。その中の魔族には主に人間の監視などを命じていた。

それを支配と勘違いしたかつての人間達が魔族に宣戦布告をした。魔族やエルフなどが持つ領地は膨大だ。

それも狙った人間達の強欲で傲慢な行動によって、今もなお続く人間対魔族の戦争が起きている。

魔族と人間の戦力差は圧倒的だ。それでも戦争が続いているのは人間達が自分で戦争の無意味さを悟れるようにと魔族が手を抜いている結果だと優華は考察している。

だが当分は人間達が己の間違いに気付くことはないだろう。なにせ歴史が紆余曲折して伝わっているからだ。

まず戦争の始まりは魔族の人間に対する嫉妬が原因だとされている。

その根源となるのが人間は神の使いで他種族を導くべきだと主張する宗教の存在だろう。その宗教曰く、人間は神に祝福を与えられた種族である。また、魔族は人間と相反する存在。神に無礼を働いて、神からの祝福を与えられない種族であると共に、人間を支配しようとする悪である。また、エルフやドワーフなどは人間より下の種族である。人間は救われる。人間は神より愛されし種族であると言われている。

そのような考えによって今も続く戦争が起きたのだろう。

そんな戦争の中で魔族に立ち向かう為に生まれたのが勇者だ。

人間たちが抱く勇者という存在はこうだ。

曰く、勇者は人々の希望、魔族を打ち倒す救世主である。

曰く、勇者にできないことはない。

曰く、勇者は別の世界から訪れる者である。

曰く、勇者は何をしても許される。

これが勇者だ。人間の身勝手から生まれた存在と言うべきものだろう。

勇者を召喚する召喚魔法は優華が遊び心で適当に作ったものなので本当に機能するとはと驚いた。

そこまで考え、優華は先程目の前の男が言ったことを頭の中で復唱する。勇者が召喚されたらしい。それはまだいい。

問題は優華がその教育係に選ばれたことだ。たしかに冒険者最強を教育係に選ぶ判断は正解だ。勇者なのだから強いに越したことはない。

たが優華からしたら人間の勝手な戦争に巻き込まれるのだからはた迷惑でしかない。なので優華の答えは変わらない。


「丁重にお断りする」

 

「理由をお聞かせ願えますか?」


優華の答えは想定内だったのだろう。男は顔一つ変えずに理由を聞いてくる。


「面倒だからだ。それに、私が勇者達を育てるのになんの旨味も感じない」


「はぁ、あなたにはもう少し冒険者最強という自覚を持ってほしいですね。まぁ、だいたいわかっていたんですけど。それにしても惜しいですねぇ。あなたなら勇者様方を最強に育て上げれると思ったんですが」


「はぁ、そんな確証ないだろう」


「もうすでに騎士団最強と言われる子や宮廷魔道士、Aランク冒険者を育てている人には言われたくありませんよ。とりあえず、勇者様方の教育係は他の方に頼みましょう」


「ぜひそうしてくれ」


「では失礼します」


男が帰ったあと、優華は少し考える。勇者が召喚された。このことから察するに、これから戦争が活発化する。そうなった場合、自分は戦力として利用される可能性がある。勇者達の教育係に選ばれたことを踏まえるとその可能性は高い。

随分と厄介なことに巻き込まれたものだ。そう自嘲しながら再び仮面とフードを外しゆっくりと伸び、つぶやく。


「面倒くさいことになったな」


優華の小さく短いつぶやきは、誰もいないギルドによく響いた。



雅彦は困惑していた。目の前で拍手喝采をする人達に。自分達がここにいる現実に。同時に考える。どうしてこんなことになってしまったのかを。

こうなる前、雅彦達は美術の授業を受けていた。突然目の前が明るくなったと思ったら、訳のわからないところに来ていた。

一度整理してみたが全くわからない。どうして自分達はここにいる?

そんな疑問を持ちながら一度周囲を見渡してみる。どこかの城なのだろうか? やけに豪華な装飾品が多く飾られている。

そこで雅彦は自分達に近付く存在に気付く。それは少し肥満体型で豪華な衣装を纏った男だった。男は微笑みながら話しかけてきた。


「よく来てくれた。異世界から来た者達よ。儂はこのイリアス王国の国王ロムルスである。そなた達に来てもらった理由は他でもない、魔族の王、大罪魔王を倒してもらいたいのだ。だが、今は突然呼ばれたことに困惑している者もおるだろう。詳しいことは教皇に聞いてもらうとして、今日はゆっくり休むが良い」


ロムルス王と名乗る人物はそれだけ話して去っていった。

しばらくして、侍女と思われる人に雅彦達は広い部屋に案内された。また、自分達一人一人に自分の部屋が用意されているらしい。とてもいい待遇に少し思うこともあるにはあるが、今考えても仕方ない。まずは皆で話し合うことにした。


「おいおい、なんで俺達はこんなことになってんだ?」


クラスメイトの一人が呟く。クラスメイトは雅彦を含め十五人だ。ちょうど先生が離れた時間に召喚されたらしいので、先生はいない。


「わかることを整理すると、まずクラスメイト全員が召喚されたらしいということと、俺達は魔王を倒さないといけないということだな」


「魔王って、そんなのいるの?」


「わからない。まずは情報がほしい」


「今の状況、雅彦はどう思う?」


話していた一人が雅彦に聞いてくる。雅彦はクラスの中でもいつも皆を引っ張る存在なので必然だろう。


「俺は、ここがどこなのか気になる。イリアス王国というのは聞いたことないし、もしかしたら異世界、とかなのかも」


「なら、魔王とかもあり得るかもな。それを倒さないといけないのか? 俺達は」


雅彦も交え、皆で話していると扉をノックする音が聞こえた。許可を出すとこれまた豪華な衣装を纏った老人が現れた。


「はじめまして、勇者様方。私は神人教の教皇、リックと申します。今日は勇者様方にこの世界について知識を付けて頂くために参りました」


教皇リックを囲む形に雅彦達は座り、話を聞いた。


「まず、この世界は神アテナ様によって創られました。アテナ様は山や川、大地や海などの自然を創った後、人類を生み出されました。人類は私達人間を含め、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族などがいます。その中でも人間は多彩なことができます。なぜなら、人間は神に愛された存在だからです。ですがそれを羨んだ魔族の襲撃により私達は危機にさらされています。魔族は魔物を操るという能力で人間を滅ぼそうとしています。その中でも大罪魔王は特に危険です。彼らはこの戦争を始めた張本人にして、世界を支配しようとする危険な思想を持っています。その存在を打ち倒す救世主が皆様、勇者様方です。勇者様方は人間と他種族にとっての希望です。そして、勇者様は異世界から来る際に特別な称号を得ています。称号の確認の仕方はステータス表示と言う事です。ステータスは自らの称号と使えるスキル、レベルが表されたものです。では皆様、自分のステータスを確認してください」


教皇の言うとおり、皆は自分のステータスを確認し出した。


「あ、俺剣士だ!」 「俺は農業者・・・」 「私は魔法士ね」 「私は・・・聖女!?」


「俺は、勇者か!」


雅彦は勇者だった。そして、雅彦は決めた。これから大変だろうがこの世界を救ってみせると。そう、決めた。



その頃、魔王達は話し合っていた。内容は人間の事ではなく自分達を生んだ邪神についてだ。


「まったく、まだ優華様は見つかってないのか!」


「そう焦るでないスピリチュアルよ。今に始まったことでもあるまい」


「うるさい酒呑童子! もう優華様がいなくなってから十万年は経つのだぞ! あの方に何かあったら私は!」


「はぁ、優華様に限って何かなんてあるわけないじゃない。それに、優華様が前住んでいたと思われる建物も見つけたんだし、そろそろ見つかるんじゃない?」


「たしかにレミエルの言うとおりだね。私的には早く見つかってほしいけど、そう急ぐことでもないのかも」


「妲己は単純すぎる。一刻も早く見つけないと私達がもたない」


「優華様の料理は美味しかったからねぇ。ハデスも大好きだったし」


「でもよシルフ、あの料理には誰も抗えないだろ?」


「ベルゼバブの言うとおり、あれは兵器」


魔王達は優華を探す。親は子の近くにいるべきだと。人間のことには一切触れずに。

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