第5話小さな仕事
ダヴィが恋に落ちてから数日がたった。その間も特に何もなく平和そのものだったが優華は少し退屈していた。
もう優華はBランク冒険者だ。そろそろクエストを何かこなしたほうがいいかもしれない。そんなことを考えていると、ドルーがやってきた。
「師匠師匠、もう魔物を狩ってもいいかな? 俺達充分強くなったと思うんだ!」
ドルーが目をキラキラさせて優華に問うてくる。最近はいつもこんな感じだ。それに優華はいつも通り答える。
「ダメだ。たしかにドルー達は強くなった。だがまだ魔物を相手にはできない」
「えぇ~でもよ〜」
なおも食い下がるドルーに優華は一番大事なことを教える。
「命は尊いものだ。それを奪うのには相応の覚悟がいる。ドルー、君にその覚悟はあるか?」
真剣な優華の声音にドルーは黙る。そして考え込む。遠巻きに見ていた他の弟子も、真剣に考える。
「俺は、まだ覚悟できてないと思う」
ゆっくりと答えたドルーに、優華は言う。
「そうか。なら、遊び感覚で命を奪わないように」
「おう!」
ドルーの後ろ姿を見送りながら、優華は考える。これからの彼らの訓練内容と、自分のランクについて。
まずは弟子達の訓練内容だが、これはまだ大丈夫だ。問題は優華自身のランクについてだ。今の優華のランクはB。そしてこれからも延びていくだろう。ただ、そうなった場合目立つことは確実だ。
誰が自分のことを知っているかわからない状況で目立つのは得策じゃない。なので極力目立たないようにしたい。
とりあえずは王都のギルドに行き、ランクのことを伝えたほうがいいかもしれない。それならばさっそく行動することにした。
まずは弟子達にこのことを言っておく。
「みんな、少しいいか?」
優華の声が掛かると皆が作業をやめ、優華を見る。
「私はこれから王都に行く。その間の留守番を頼みたいんだが」
優華がそう言うと、弟子達は少し不安な顔をする。
「あの、シンさん。なんで王都に行くのか聞いてもいい?」
リンが代表して聞いてくる。
「冒険者ランクのことについて少し相談に行きたくてな」
「私達も、ついて行っちゃ、だめ?」
優華は少し考える。今のところこの子達を連れて行く予定はない。それに普通に転移して聞いて戻ってくるだけなのだ。
そんなに時間も掛からないし、転移したらそれこそすぐだ。正直ついて行ってもなんのとくにもならないと思う。
だが、もう少し考えてみる。今の優華は一応人間として見られている。そして今はBランク冒険者だ。はたしてBランク冒険者に転移は可能なのか? はっきり言おう。無理だ。
転移は魔術であり、魔法ではない。そして、転移に似ている魔法なんてものはありはしない。そんなありもしない技術を使うBランク冒険者が現れたらどうなる?
間違いなく目立つ。別に人がいない場所に転移したらいい話だが、出ていってすぐ帰ってきたら目の前の弟子達はどう思うだろうか?
結論、疑われないためにもこの子達を連れて行こう。優華は頭の中でそう結論を出し、連れて行くことにした。
「たしかに、時間が掛かりそうだがらな。わかった。一緒に行こう」
優華の言葉を聞いた弟子達は先程とは打って変わって笑顔ではしゃいでいる。おそらくよほど不安だったのだろう。
置いていく気満々だった優華は少し後ろめたさを感じた。
それから優華達はさっさと準備を済ませ、翌日の朝には出発した。その時に一時店を閉めると言ったら村人達にとても残念がられたがこればかりは仕方なく、後で何か無料で作ってやると言ったら納得してくれたのでよかった。
そこからは順調に進んでいき、優華達は無事王都に着くことができた。
初めての王都に弟子達は目を輝かせて、あちらこちらに視線を送っている。微笑ましい光景だ。
宿に着き代金を払った優華はそのまま乗ってきた馬車を置かせてもらい、部屋に入った。
部屋は広く、六人程度なら割と余裕だ。汚れもなく清潔に保たれているので代金が高かったのも納得できる。
「私はこれからギルドに行くが君達はどうする?」
「もちろん俺は行くぜ!」
ドルーが我先にと宣言するがリン達はまだ考えているようだ。ドルーにも見習ってほしい。
考えをまとめたリン達は口を開いた。
そして結局全員で行くことになった。冒険者ギルドに着き優華はこの前と同じ受付嬢に話し掛けた。
「冒険者ギルドへようこそ。お久しぶりです。シンさん」
「久しぶりだな。今日は冒険者ランクについて聞きに来た」
「冒険者ランクですか? 冒険者ランクは自由に上がる仕組みになっていますが、何か質問でも?」
「あぁ、いきなりBランクになったからな。聞きに来た」
「え? もうBランクになったのですか!?」
目を見開く受付嬢に証拠として冒険者カードを見せる。受付嬢は大きく目を見開き、溜息をはいた。
「なるほど。どうやら事実のようですね。ところで、いったい何をしたらこんなに早くランクが上がるんですか?」
理由を聞かれた優華は少し考えて、答えた。
「強いて言うなら盗賊を片付けただけだな」
「え? 一体何人の盗賊を?」
「おそらくいくつかの盗賊の根城を滅ぼしたくらいだ」
「この短期間に?」
「あぁ」
受付嬢はまた深いため息を溜息をはいて優華に向き直る。
「シンさん、たしかにこの冒険者カードにはその記録が記録されていて、その話は信用できます。ですが、あなた冒険者になってから一度も休んでいませんよね?」
「………たしかにそうだが」
思い返せばここ最近働き詰めでろくに休んでないことを思い出した。
(たしかドルー達を拾ってからはさらに忙しくなったな。というより、なんか受付さんがすごく怖い目をしてるんだが)
「シンさん、冒険者は適度に休んでいいんです。あなたは休みなんていらないと言うかもしれませんが休みは必要です。体を休めないとクエストにも支障が出ますから。ギルドに帰ったら必ず休んでくださいよ? 拒否権はありませんからね?」
(ひぇ………)
受付嬢の圧に萎縮した優華はコクコクと頷いた。そして心から誓った。
(こいつは絶対に怒らせないぞ!)
と。正直怒られる機会の方が多そうだ。
ある程度話をし終えた優華達は宿に戻った。ドルー達は残念がっていたがあれでは優華の身が持たないので致し方ない。
一応予定ではこのまま帰るのだがそのことをドルー達に伝えたら全力で拒否られたので予定を変更する。
そのまま買い物をすることにした。帰るのは明日だ。
人混みに行きたくない優華だが、この子達が迷子になる可能性が高いので一緒に行くことにした。
まず来たのは服屋だ。理由はリンとアッシュが新しい服がほしいと言ったからだ。
そして、今優華にはピンチが訪れている。発端はリンの好奇心からだ。
「そういえば、シンさんの素顔って見たことないわね」
「………たしかに。私も気になるわ」
「おう! それは面白そうだな! シンさん、顔見せてくれ!」
「けっこう長い付き合いになるんだしいいんじゃないですか?」
「………」
先程までは服に興味のなかった男子組も混じってきた。ダヴィは黙っていたが。
「いいじゃん師匠、見せてくれよ! 減るもんじゃないんだからさ!」
(頼み方おっさんみたいだな)
正直優華としては別に見られたとしても問題はない。どうやら邪神のことについて知っている者は限りなく少ないらしいからだ。
いや、邪神というのは一応知られている。ただそれが優華でないのは確かなのだ。
主に絵本などで登場する悪しき神が邪神というふうに伝わっているらしい。その見た目は大抵がおどろおどろしい化け物の姿をしている。
優華の見た目は人間なので邪神と間違われることはないだろう。
(でもなんでルリは私を邪神と思ったんだ?)
ただ元の姿がいいだけで今の姿は邪神と呼ばれても遜色ないということを優華は知らない。
まぁそんな感じで優華が元の姿を見せても邪神とバレることはまずない。なので別に見せてもいいが、優華は決めかねていた。
(正直、顔見られるの慣れてないんだよな)
優華はあまり人に顔を見られるのが好きではない。そもそも目立つのが嫌いな優華は人間の頃でも常にマスクを身に付けていた。
「私はあまり人に顔を見られるのが好きではないんだが」
「え〜、でも俺達も気になるんだよ。だって俺達弟子だぜ。師匠の顔くらい知っときたいよ」
ドルー達の期待する目に優華はとうとう折れてしまった。
「………わかった。見せるが、あまり騒がないでくれ」
優華の了承の言葉を聞き、ドルー達はさらに目を輝かせた。でもダヴィだけは目を伏せていた。顔も少々赤い。
そんな弟子達の様子に戸惑いながら優華は仮面とフードを外した。
仮面を外した影響で元の体格に戻り、フードを外した影響で優華の雪のような白い髪が姿を表す。
「あまり見られたくないんだが………」
「シンさん……女の子だったの!?」
リンが大げさに反応する。他の子はただジッと優華のことを見るだけで何を考えているのかわからない。いや、よく見たらアッシュの鼻息が荒くなっている。
そしてダヴィが顔を真っ赤にして目をそらしている。
また店内からの視線が一心に集まってきて、優華の耐久値がゴリゴリと削られていく。
(これだから、素顔を晒すのは嫌なんだ………)
神になってから優華はなぜか視線を集めることが多くあった。魔族を創造して一緒に暮らしていたときも自然と視線を集めていた。
随分前にとある理由があって魔族を離れたが、だいたい今と同じ状況だった。
ただ優華は原因が全くわかっていないので、仕方ないのだが。
それからリンが優華に似合う服を買うと言ってきたりアッシュに次は二人で来ないかと言われたりしながらも買い物は終わった。
一夜宿で過ごし、優華達はギルドに帰宅した。
それからはまた弟子達の修行に付き合ったりギルドの運営をしたりと忙しい生活が続いた。時が経つのはあっという間で、弟子達が旅立つのもあっという間だった。
おかげでまた一人になってしまった優華だが、これからも面倒事が起き続けることをまだ知らない。いや、知りたくもないようだ。
余談だがダヴィは相変わらずだがドルーとブラトも同じように優華を避けられるようになってしまった。
罪な女である。
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