第4話仕事開始

優華のギルド夜の宮の仕事が開始した。

今日も優華は早起きだ。ギルドの前に食堂の日時を書いた看板を建て、厨房に入る。

一応レストランも開始したが、あまり客は来ない。あまり待つのが好きじゃない優華は予定を変更することにする。

そして、食堂は昼だけになった。看板も書き直し、別の仕事に入る。


「シンさん、依頼ができるということで来たのですが、今はよろしいでしょうか?」


そう、村の依頼だ。朝と夜のレストラン時間をなくすことで、依頼に使う時間を増やすことができる。

昼のレストランが終わったら、子供達の鍛錬にも時間を充てられる。

朝と夜のレストラン時間は犠牲になって正解だった。

そんな思考は、村長の声に掻き消された。


「今日は村を代表して私が来ましたが、明日からは村の住民も来ると思います。よろしければ依頼を受けられる時間をお聞かせ願えますか?」


「わざわざすまないな。午前はだいたい依頼を受けられるから、それくらいに来てほしいと伝えてくれ。それと、昼はここは食堂として活動するからそのことも頼む」


「承りました。ですが、食堂を開かれるのには食材がいりますよね? 私共の村にはあまり食材がありませんので、ご提供はできないと思います」


村長は実に申し訳無さそうに言う。だが、優華からしたら食材は簡単に『創る』ことができるので、困ってはいない。


「心配するな。食材は私が用意するから、村の人達はただ食べに来てくれ。村の人達には金は取らない」


「そ、そこまでしていただけるのですか!? ですがそれでは、ギルドの方に得がないのでは?」


「私は金を使うことがないから問題ない。それに、村の人達だけだ。他のところから来る人たちには金を取る」


「それなら・・・いいんでしょうか?」


尚も言葉を濁し、遠慮する村長に優華は言い切る。


「この村は他の村よりも飢餓に苦しんでいるんだろ。子供が飢えて死ぬより、元気に走り回っている方がいいだろ」


「そ、そうですね。ですがさすがにシンさんだけに負担させてしまうわけには行きません。料金は、村が安定したときに必ず払います。そうでないと、私共も納得できません」


「・・・わかった。じゃあそうしよう。私が食堂を開くのは昼だけだ。朝と夜は自分達で食べてもらうことになる」


「ありがとうございます。・・・すみません。話が脱線していました。今日受けていただきたい依頼は、簡潔に言えば魔物から村を守る柵の制作です。冒険者の方にこのようなことを頼むのは場違いだとは思うのですが、作ることのできるものはもうこの村にはおりません。ぜひお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「ああ、問題ない。私のギルドは雑用から法律で裁かれないものなら全てに対応する」


「ありがとうございます! では、早速ご案内します」


勢いよく立ち上がり、優華を先導する村長は実にいきいきしとした顔をしていた。

村長に連れてこられたのは村の広場だった。ここではいつも村人などが仕事をしているらしい。

いち早く優華達に気付いた村人が近付いてきた。


「村長さんどうしたんですか? こんなところで」


「実は村の柵を作ろうと思ってだな。新しくできたギルド夜の宮のギルドマスター、シンさんに協力してもらってな」


「・・・大丈夫なんですか? 冒険者はそういった依頼は極端に嫌うって言いますし」


「大丈夫だ。シンさんのギルドは雑用から魔物退治まで幅広くやってくれるそうだ」


「夢のようなギルドですね! それに、村長さんが言うなら間違いなし。シンさん! これからよろしくお願いします!」


適当に会話を聞き流していた優華はその言葉に応える。


「よろしく。柵は今日中にできるから好きな時間にギルドに取りに来てくれ」


「そんなに早くですか!? ありがとうございます! 助かります!」


「では、私はギルドに戻る。すぐにできると思うから、早く来てくれ」


「はい! ありがとうございます!」


村人に見送られながら優華はギルドに戻った。

ギルドに戻ると、早速柵を創った。少し手を加えたので、魔物の攻撃ではびくともしないだろう。

すぐに出来上がり暇なので、子供達の稽古を付けることにした。

冒険者になりたいリンとドルー、騎士になりたいダヴィはまずは体力作り。

村の外周を走らせる。(監視付き)

魔道士になりたいアッシュにはひたすら自分の中にある魔力を感じるトレーニングだ。

これが結構難しく、集中力のいる訓練なのだ。

料理人になりたいブラトには買い出しを頼んである。

食材を揃えるのは料理をする者にとって基礎だ。

子供達は果たしてこの訓練を乗り越えられるのだろうか。さあ、乗り越えてみせろ! 邪神の試練を!

、となんだかんだ考えていたら依頼主が来た。


「シンさん、依頼したものはできました?」


「ああ、そこに置いてある。取っていってくれ」


「早いですね。それに、こんなに頑丈とは」


お礼を言いながら村人は立ち去ろうとする。だが、優華は待ったの声をかける。


「そろそろ昼だ。ここは昼に食堂になる。食べていかないか?」


「それはありがたいです! 昼はいつも適当な物を作って食べているので。村の人はみんないつもそんな感じなんですよ」


どうせなら宣伝してもらうため、食事をしてもらうことにしたのだが、村の事情を聞いて思いの外忙しくなりそうだと思いながら、子供達を呼んでくる。


「リン、ドルー、ダヴィ、アッシュ、ブラト、昼だぞ」


各々が作業を終わらせ帰ってくる。


「シンさん、きつすぎない?」


帰ってきて早々文句を言うリン。ブラト以外大体がヘトヘトになっている。


「これくらいしないと鍛錬とは言えないだろう」


「シンさん、魔力を感じるコツって何かある?」


「自分で見つけるのが一番だが、強いて言うなら体の中に流れるものを見つけることだ。それを操ることで魔法が使える」


「わかったわ。午後からやってみる」


意気込むのはいいがまだやることが残っている。それは、今から開く食堂だ。

子供達に昼ご飯を食べさせ、とろけている内に食堂の席などを整える。

来るかはわからないが一応用意する。


「シンさん! ご飯美味しかったです。しっかり広めておきますからね!」


そう言って帰った村人だが、本当に広まるのだろうか?

そんな不安は一瞬で解消された。

ぞろぞろと入ってくる村人達、うまいうまいと言い、また来ると出ていく村人達。

客が来るのはいいことだと思うが、これは少し行き過ぎていると思う優華であった。


次の日の朝、優華は村の見回りをしていた。一応冒険者なのでこのくらいはしておこうと思ったからだ。

だがそれは建前で、冒険者ランクを上げることにある。ランクが高ければより多くの情報が集められるだろう。

今は世界を知ることが何よりも大事だ。

ランクを上げれば上げるほど入手できる情報の量も多くなるだろう。

なのでランクを上げることは必要だ。

そこで優華はふと冒険者カードを見る。今はなんランクなのだろうかと。

冒険者カードを見て始めに目に入ってきたのはBの文字。そしていつの間にか変わってしまった冒険者カードの色。

そう、優華は知らぬ間にBランクになっていたのだ。なので冒険者カードが銀色に変化しているのにも納得がいく。

だが理解するのにはそれ相応の時間を要した。

どうやら優華がやっていた食堂や盗賊退治が評価されたらしい。なんだかんだでSに上がりそうなのでしばらく放置でいいだろう。

考えるのに集中していると、人は注意力が減るものだ。それは神でも例外ではない。

優華は後ろから忍び寄る一つの影に気が付かなかった。

その影は優華目掛けて一直線に向かってくる。

ドン、と背中に衝撃が走り仮面が落ちた。優華が振り返るとそこにはぶつかった衝撃が吹き飛ぶほどに衝撃的なものがいた。

それは兎だ。真っ白な兎だ。普通の人は訳がわからなくなっていただろう。兎がぶつかってきたのだ。思考が停止するに決まっている。

だが、優華は違った。神の身体能力をフル活用した目にも留まらぬ速さで兎を抱き、モフり始めたのだ。

そう、優華は過剰なまでのもふもふ好きだ。そこにもふもふがあるなら直ちにモフる。それが優華だ。もちろんもふもふのない生物が嫌いなわけではない。

動物とは仲良くしたいというのも優華の考えだ。

だがここ最近、人混みなどに入ることが多く、結構な疲労が溜まっていた。

なので今している行動は完全な不可抗力である。満面の笑みでモフり、吐息を溢しているのも不可抗力である。

こんな光景でも客観的に見れば美少女が動物と触れ合っている最高の絵になるのだから驚きだ。

だが、一番驚いたのは偶然この光景に居合わせた誰かだろう。



ダヴィは困惑していた。師匠のシンに用事がありきたのだが、見つけたと思ったらいつも付けている仮面が転がっていて、師匠は兎と戯れている。

驚きと困惑が混ざった微妙な顔でダヴィは状況を整理し、兎に顔を埋めている師匠に声をかける。


「あー・・・シンさん、お楽しみのところ悪いんだけどいいかな?」


ダヴィが声を掛けたら師匠のシンはビクッと体を震わせ、ゆっくりとこちらを向いた。それと同時に、フードも脱げた。

振り向いたシンの顔は羞恥心で溢れていた。

たが、ダヴィはそれどころではなかった。

見てしまったのだ。シンの顔を正面から。

その瞬間、ダヴィはなんとも言葉にし難い感情が心に広がることを自覚する。

それがなんなのかははっきりわからないが目の前のシンの顔を見ていると胸が苦しくなる。



優華は羞恥に悶えていた。人に見られたのだ。自分のあの姿を。今すぐにでも逃げ出したい気分だ。だが弟子から逃げるのはなにか違う気がする。今すべき最善の行動は何事もなかったように振る舞うことだろう。

優華は立ち上がり固まっている弟子に声を掛ける。兎も名残惜しいが逃がす。


「何のようだ?」


そこで優華はもう一つの異変に気付く。声が変わっている。厳密には変えていた声が元に戻っている。それと、視線が低い。そこから考えられるのは自分は今、仮面を付けていないということだ。

仮面にはいろいろな機能を付けてある。声を変えるのと他にも身長を盛るという機能もある。それを付けていない優華は元の低身長に戻ってしまっているのだ。

身長にコンプレックスを抱く優華は急いで仮面を付け、いつの間にか脱げていたフードを被る。

そこでようやくダヴィが復活した。


「いや、あの・・・朝食を作りたいから、呼んできてってブラトに頼まれて」


「わかった。わざわざすまないな」


たどたどしい言葉遣いのダヴィに少し疑問を感じた優華は、ダヴィの身長を少しいやだいぶ羨ましがりながらギルドに向かうのだった。

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