住宅街でクラクション鳴らす馬鹿に死の報いを

猪木洋平@【コミカライズ連載中】

第1話

「あんたバカぁ? またテストで悪い点を取ったんですって?」


「う……仕方ないだろ。中学に上がってから、勉強が難しくなったんだから」


「ふふん! 仕方ないわね! なら私が教えてあげるわ!」


 彼女は幼馴染の姫乃。幼稚園からの付き合いで、事あるごとに俺を虐めてくる。


「いや、いいよ別に……」


「はあ!? 何言ってんのよ! この私直々に教えてあげるって言ってるのよ!?」


「だってお前、スパルタじゃんか……」


「なっ……! 当たり前じゃない。だって……」


「だって?」


「私と一緒の高校に通えるように、あんたには頑張ってもらわないといけないんだもん!」


「……そっか。ありがとな姫乃」


「べ、別にお礼なんて言わなくてもいいわよ!」


 姫乃が顔を赤らめる。そして、その横顔を見た俺は思わず見惚れてしまう。彼女の容姿はとても整っている。腰まで伸びた長い黒髪に、整った目鼻立ち。肌も白く、スタイルも良い。そんな美少女と幼馴染なのだから、他の男子生徒達からはいつも嫉妬の視線を向けられてしまう。彼女に愛想を尽かされないように、俺も頑張らないとな。俺はそう決意を新たにして、高校受験に臨む。姫乃との猛勉強の甲斐あって、無事に中堅上位の進学校に合格した。


「颯太……。えっとね、その……」


「俺から言わせてくれ。姫乃、好きだ。付き合ってくれ」


「……うんっ!」


 こうして俺達は恋人になった。高校生活はとても楽しいものだった。クラス行事、夏休みの海水浴、クリスマス、初詣、バレンタインデー、修学旅行……。俺達は数々のイベントを恋人同士として謳歌した。そして三年生になり、再び猛勉強をした成果もあり、それなりに名門とされる大学に揃って進学することができた。


「サークルは何にする? いや、部活動の方がいいか?」


「大学では勉強と遊びに集中したいから……。部活動よりはサークルかな? 颯太はどうするの?」


「俺は面白そうなサークルを探してみるつもりだよ」


「じゃあ私も同じところに入ろうかな」


 俺達が所属したのは『古今東西ゲーム研究会』というサークルだった。部員数は十名程度だが、みんな気さくな性格で居心地が良い場所だ。特に先輩に美男美女のカップルがいて、俺達のことを可愛がってくれた。活動内容は気が向いた時に、部室でお茶をしながらゲームをするだけ。だけどこれがとても楽しくて、俺達は何度もこの部に足を運んだものだ。

 そんな楽しい大学生活も終わりを迎える。俺の就職先は大手寄りの中小企業。一流とは言えないまでも、給料はそれなりに高く安定している。姫乃は地元の市役所から内定を貰った。これで将来も安泰だろう。

 だから俺達は結婚した。結婚式では、新郎の友人代表として高校時代の親友がスピーチをしてくれた。また、中学や大学での友人達も駆けつけてくれた。本当に良い式だったと思う。――そして現在に戻る。


「あなた、ご飯できたわよ~」


「ああ、今行くよ」


 俺は姫乃が作った料理を食べる。


「うん、美味い! やっぱり姫乃の作る飯が一番うまいな!」


「もう……、大袈裟なんだから」


 姫乃が照れくさそうに笑う。結婚して数年が経過した俺達は、ローンを組んで一軒家を購入した。こうして夫婦水入らずのラブラブ生活を送っている。


「今日は少し疲れているみたいだし、早く寝なさいよ?」


「そうだな……。明日も仕事があるし、早めに休むことにするよ」


 時刻は夜の十時。少し早めだが、早すぎるという程の時間帯でもない。俺はベッドで横になり、まどろみ始める。その時――。プーッ!!! 外からクラクションの音が聞こえてきた。


「くっ……。またか……」


 俺は目が覚めてしまう。


「住宅街でクラクションを鳴らすなんて、何を考えているんだ……。確かに、やや見晴らしの悪い場所ではあるが……」


 俺達が新築の一軒家を購入したのは、閑静な住宅街だ。周囲に飲食店やコンビニはない。少し不便ではあるのだが、それよりも静かで落ち着いた場所に住みたかったのだ。だが、誤算が一つあった。この住宅街――それも俺達の家の前を通っている道は、知る人ぞ知る抜け道になっていたのだ。

 交通量は多くない。せいぜい、一時間に十台といったところだろうか。しかしそれゆえか、それぞれの車はかなりのスピードを出す。制限速度三十キロの住宅道路なのに、おそらくは五十キロ以上出ているだろう。しかも見晴らしの悪い場所でも減速せず、クラクションを鳴らしながら走り抜ける。そのせいで、俺の眠りを妨げられてしまうことが度々起きていた。


「ふぅ……」


 俺は溜め息をつくと、カーテンの隙間から外を見る。先程クラクションを鳴らした車は、既に遠くへ走り去っている。どうしようもない。一台や二台ならば、尾行して注意するという手段もなくもない。トラブルになる可能性はあるが、それで改善されるならやってみる価値はあるだろう。だが、実際には一台や二台ではない。それらを自力で注意して回るのは現実的ではなかった。


「警察も動きやがらないしな……」


 警察に相談したこともあった。だが、あの人達は何もしてくれなかった。職務怠慢もいいところだ。こんな状況が続いていると、流石にストレスが溜まる。しかし、ローンを組んで購入したせっかくの一軒家なのだ。このクラクション問題を除けば、姫乃との新婚生活に何の問題もない。俺は我慢して、日々を過ごしていく。そして――。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


 新しい命が生まれた。元気な女の子だ。姫乃と相談して、彼女は夢未と名付けた。これからは姫乃と夢未を守るため、ますます頑張らねばなるまい。俺は決意を新たにする。

 だが、俺のそんな決意は簡単に打ち砕かれることになる。それは、夢未が三歳になったとある日の朝のことだった。


「あなた……。夢未が……」


「…………は?」


 俺は自分の耳を疑った。夢未が車にはねられて死亡したのだ。原因は、夢未が道路に飛び出したこと。そこに乗用車がクラクションと共に突っ込んできたらしい。

 確かに、親である俺達が子供をちゃんと見ていなかったことが問題なのかもしれない。しかし、ここは住宅街の道路だぞ? それも、制限速度三十キロの……。ちゃんと法定速度を守っていれば、子供が飛び出してきても停車できるじゃないか……。

 俺達夫婦の悲痛な訴えは、全く聞き入れてもらえることはなかった。それどころか、俺達夫婦は加害者扱いされた。子供の面倒をちゃんと見ないネグレクトな両親。そういうレッテルを貼られてしまった。マスコミの取材はひっきりなしに続いた。ネットでも叩かれた。


『最低なクソ家族』


『子供を殺すとか人間じゃない』


『犯罪者夫婦』


 そんな言葉を浴びせられた。違う……。俺達は悪くなんかない。住宅街で暴走する車が悪い。悪いのは車の方だ。だが、世間がそれを許さなかった。俺達に味方はいなかった。誰も助けてくれなかった。

 プーッ!!! あんなことがあったというのに、今日も家の前ではクラクションが鳴り響く。夢未を殺した車とはまた別の車だろう。クラクションと共にこの住宅街の道路を走り抜けるのは、一台や二台ではないのだ。


「ひっ! 夢未が……夢未がぁ!!!」


「落ち着け。落ち着くんだ、姫乃……」


 クラクションの音が聞こえる度に、姫乃は取り乱してしまう。俺は姫乃の背中をさすることしかできなかった。


「うっ……。ぐすっ……。ごめんなさい……。私がもっとしっかりしてれば、こんなことには……」


「お前のせいじゃない……。全てはあの車が、あいつらがいけないんだ」


 俺はクラクションの音が嫌いになった。全ての車が憎い。俺は改めて事件を向き合い、住宅街をクラクションと共に爆走する車の存在を世間に知らしめようと思った。その矢先だった。


「ひ、姫乃……」


 俺は浴室で冷たくなった姫乃を抱きしめる。なぜだ……。どうしてこんなことになったのだ。つい十年前までは幸せそうに笑っていたのに……。俺達はずっと幸せでいるはずだったのに……。なんで……。どうして……。どうしてなんだ!? 俺は姫乃の遺体を前に泣き崩れていた。その時――。俺は決意した。


「あいつらだ……。あいつらに死の制裁を!!!」


 絶対に許さない。必ず復讐してやる。俺は涙を流すことをやめた。クラクションの音を鳴らし続ける者達への怒りで心を満たした。

 夢未と姫乃を失った俺に、これ以上失うものはない。会社を辞め、残った貯金で最低限の衣食住を満たしながら、俺は行動を開始する。そして――。


「まずはお前からだ」


「き、君はあの時の!? あれは事故だ! 突然飛び出してくるのが悪いんだ!! 私も被害者なのだよ!! ちゃんとクラクションで通行は知らせていただろう!!!」


 子供がクラクションの意味なんか理解できるかよ。爆速で住宅街を走り抜けていい理由にはならない。確かに子供をちゃんと見なかった俺達も悪いが、お前が法定速度を守っていれば緊急停車も……。いや、こんな問答を今さらするつもりはない。


「お前の言葉に聞く価値はない。死で償え」


「なっ!? く、来るなっ!!」


「逃がすかっ!」


「ひぃっ!」


 俺は奴を追い掛け、何度も包丁を突き立てた。


「あっ。あぁ……。あああ……」


「まだ死んでいないのか……。しぶといな……」


「た、たすけ……」


「うるさい」


「ぎゃあーーっ!!!」


 俺は念入りに、何度でも刺した。これで夢未の復讐は果たした。だが、まだまだ氷山の一角……。毎日、毎晩のように俺の家の前をクラクションと共に爆速で走り抜ける車は後を絶たない。


「次はお前だ!」


「ひ、ひいっ!」


「逃げるな!」


「ひいいぃっ!」


「死ね!」


 俺は必死に逃げ惑う男を追いかけ、何度も包丁を振り下ろす。また別の日。今度は二人まとめて始末してやった。


「ふふふ……。はーっはっは! ざまあみろ! 俺達一家の苦しみを思い知ったか! ははは! あはははははは!!!」


 俺は高笑いする。もう、何も怖くない。待ってろ、夢未、姫乃……。復讐を終えたら、またあの世で一緒に――。

 プーッ!!! 俺の感傷的な気持ちはクラクションの音によってかき消される。クラクションの主は俺のことを嘲笑っているように思えた。


「……ふん」


 俺はクラクションの音が嫌いだ。だが、今は不思議と心地よく感じる。


「また次の獲物だ。今回の獲物は、どんな声で泣いてくれるかな?」


 そんなことを呟きつつ、車の追跡を始める。俺が四十六人連続殺人鬼として裁かれるまで、まだしばらくの時間がかかることになるのであった。

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