第31話 毒舌 to Me
スマホのアラームが鳴り、俺は目を覚ました。
疲労感は抜けない、だがアイスピックのように尖っていた神経は幾分マシになった。
ここはどこだ?
ああ、そうだ、大観音像の18階だ。
俺はひと仕事終えて、いまここにいる。あとはババアがアスナミコを説得し、自殺を止めれば大団円だ。
どうやって止めるのだろう?
まあ、しらん、アウトオブマイビジネスだ。
うう、水が飲みたい。
「水をくれ」というと「どうぞ」とソファ横のテーブルに水が置かれた。
出された水を飲む。ババアにしては気の利く・・・いや、誰だ?
「誰?」と聞く。
「私です」と答える。
見上げると、アスナミコがそこに立っていた。
「紅子先生はどちらに?」
「ああ、たしか個人的な用事があるって・・1時間前か、どっかに行ったよ」
「どっかって・・あなたの仕事でしょう?」
「さっきも言ったけど、俺の仕事はババアをここまで連れてくることだ」
「先生は盲目ですよ?」
「間取りは把握したってさ」
「あなた責任感ってないんですか?」
「人並みにはあるつもりだよ」
「信じられない・・・・」
俺は、この娘の欠点のようなものがおぼろげながらわかってきた。かかっている洗脳の種類も。それはババアの言ってた『俺にかかっている洗脳』と同じタイプだろう。
「キミは、真面目だねえ」
「いま関係あります?それ」
「あるよ、俺とキミは同じだ」
「話が見えません」
「じゃあ、これを見てよ」
俺はコートハンガーまで歩いていき、俺のライディングジャケットから1通の紙を取り出して、アスナミコに渡した。
「解雇通知書・・・・」
「キミのお父さんからだ」
「アイツ・・・・!人を何だと思って!!」
「あ、勘違いしないでね、俺はこれをもらって良かったと思ってる」
「でも、こんな紙切れで仕事を一方的に解除するなんて酷い!」
「いいんだ、仕事なんてそんなもんだ、それにキミのお父さんからもらった仕事とこの紙切れで、俺は世の中を生き抜く力をもらった、それで十分だ、俺はこれからの人生を俺の力で生きていく、それはキミお父さんとは関係ない、仕事なんてそんなもんだ、一生を左右することもあるけど、左右しないこともある、一方的に解除されることもあるし、長く共存できる関係もある、youtubeだってそうだろ?」
「・・・・わかりません」
「いや、知ってるはずだ、いくら再生数を稼ごうが、フォロワーを増やそうが、グーグル先生の一方的な契約変更で突然ご飯が食べられなくなる、それにキミは若くてキレイな自分だから、『今は』なんとかやっていけていることも理解している、キミのやっている仕事は、いつか突然終了してしまうだろう」
「当然、次のステップは探していました」
「でも、転生だっけ?してしまおうとしたんだろ?それが紅子先生と出会って、なんか違うって感じたんじゃないの?」
「・・・・先生と、ちょっとお話したかっただけです」
「まあ、もどってくるんじゃない?それまでお話ししようよ、前みたいに止めやしないよ」
俺はアスナミコにも水をすすめた。
「2階の展示を見たよ、虎、の人生は凄いね」
「でしょ!私、チベットの老師みたいな人ってあこがれます」
「それがなんで、転生、なの?」
「先生が言うには、一緒に地下に下りて、新しい宇宙を作ろうって・・」
「なにそれ?わけわからん」あははと笑う。
「私も、正直よくわからないんです」
「そんな訳の分からないことで死ぬの?」
「それが私の命の使い方だって、先生から言われて・・・」
「無視すりゃいいじゃん」
「でも、あの人を倒して乗り越えるにはこれしかないって」
「あの人?」
「・・父です」
「あー」
「父は、他人のことなんてお構いなしの強引な人間じゃないですか、私ずっとキライでキライで、憎くて、憎くて、そのことを初めてお会いした時の滝音先生に見抜かれたんです、先生は『そんな心を持つことがお前の命を縛っている』とおっしゃって『死ねばいい、お前が死ねば奴は立ち直れないダメージを負うはずだ』って」
「あー」
「私、それって最高の復讐だなって・・・母もあいつのせいで死んじゃっていて、私も中学校ぐらいから学校に行けなくなって、寝るたびに透明な手が私の首を絞める幻覚が見えて、もうギリギリだったところで『やってみろ』ってyoutubeに出させられて、中学生youtuberってことでバズって、でもすぐにチャンネル閉鎖して自分のアカウントで今のチャンネルを作ったんです」
「よかったじゃん」
「最初はアイツの思い通りにはいかないぞ!って痛快だったんですけど、だんだん取材させてくれる店が無くなって、結局アイツの娘って事で話を通すことが増えていったんです」
「まぁ、子供が取材してくるっておっかないもんなあ」
「それっておかしくないですか!?私のチャンネル見てもらったら、私がちゃんとやってるってわかるじゃないですか!」
「・・・見て・・もらったら?」
「はい!私ちゃんと食べて、感じたことをしっかりと伝えて、公開前にもちゃんと許可ももらってるのに、なんで子供だからって仕事させてくれないんですか!」
「はは・・・・」
「なにがおかしいんです?私、なにかおかしいこと言いました?」
俺は、客の来ない日を思い出した。まだジュリすら来ていない時の開店したばかりの日々。やるべきことはすべてやって、これ以上はないって思える料理や雰囲気やサービス、満席になっちゃったらどうしよう?っていう杞憂、徐々にすり減っていく貯金、1度でも来てくれたら、ぜったいに満足してもらえるはずだと信じていた未熟な男。
「私お金を請求しているわけでもないし、お店の広告になるってわかってるのに、子供だからって!そんな風に排除されるのホントむかつく・・」
広告を載せても来てくれる客は一時的で安定はしなかった。なにがたりないのか?考えて考えて考え続けた。来てくれる客には全力を尽くした。自分のすべてを出し切っていた。1皿1皿にすべてを尽くした。技術、気持ち、これまでの人生、俺の生命、惜しげもなくすべてを乗せて。はは・・見てくれたら?なんて暴力的で、自己中心的な、幼い発想だ。他人はそんなにヒマじゃない。
「まあ、修練が、足りなかったんだよ・・・」
と過去の自分に言うように俺はつぶやいた。「なにそれ?わけわかんない」とミコは言う。かまわずおれは続ける。
「もっと努力して、分析して、考えて、喜んでもらうべきだった」
「やってる」
「血を吐いて、リスクをとって、改善するべきだった」
「わけわかんない」
EST!をこの不浄の場所、とババアは言った。確かに、極道の勢力争いの中間地点、一般人立ち入り禁止の雰囲気はあったかもしれない。だったらお祓いでもなんでもやればよかった。バーにこだわることもなかった。ジジイは経営は任せると言っていたんだ。餃子とカレーのバーにしたのは、そのほうが素人の俺にとってスタートしやすいと考えたからだ。スナックでも、クラブでも、コンカフェでもなんでも良かった。ジュリがいたのだから、奴に協力してもらってエロ系の店でも良かった。
「youtubeをさ、本気でやってなかったんだろ」
「本気でした!」
「いや、キミを見てればわかるよ、たまたまあった仕事にしがみついていただけで、ヤル気はなかった」
自分のことだ。自分のことを棚に上げて、若い彼女に説教している。俺は自分を殺すことばを彼女に刺し続ける。
「本気だったらもっと改良しているんだって、契約に大人を挟んだり、飲食店レポから方向性を変えたり、チームを組んで役割分担したりね、それをやってこなかったのは、いつでも辞められるように身軽でいたかったからでしょ」
「人を雇うってことですか?」
「そう、リスクになるからね、給料の支払いになると手続きもめんどくさくなるし、その勉強もしなくちゃいけない、めんどくさかったでしょ」
「そこまで発展するまえの状態でした」
「そんないつでも逃げまーすって人間を人は信用しない、店をやっているってことは絶対に逃げないって旗を上げることだ、キミとは覚悟が違う」
仕事には満足していた。一生の仕事になると思っていた。でも俺はジジイほど覚悟していただろうか?人を雇い、借金をしてでも続けたいと思っていたか?違う。本気でやる気だったら、若い女の子のフロアーを雇ったり、飲食コンサルに相談したり、そもそもジジイのグループに助けを求めたりしていたはずだ。
「それをしなかったのは、キミの甘えだ、命をかけていない人間の軽さだ」
甘かった。バイクに乗っていれば家賃が免除される条件。それはジジイの決めた仕事の上をなぞっているだけだ。俺は命がけでバイクに乗っているつもりだったが、逆に言えばバイクに乗りさえすればなんとか生きてい行けるじゃんって軽く考えていた。なんという甘さだ。
「なにをしてでも、どんな悪いことをしてでもyoutubeで食っていこうという気持ちはないだろ?」
極道の争いがなんだ。なんだったら両者を呼んで、ケツモチをプレゼンしてもらえばよかった。それがダメなら警察にでも営業に行けばいい。旭川には自衛隊の基地だってある。お客さんを呼ぶ努力が足りなかった。
「そんなだからこんなエセ宗教に騙されて、ころっと自殺宣言なんてしちゃうんだよ」
ああ、タバコが吸いたい。
「死にたきゃ死ねばいい、君はただのかまってちゃんだ」
ババアのタバコまだあるかな?
「ジジイの愛を逆手にとって、大人を困らせるんじゃない」
そもそも、ここって禁煙だよな。
「『見てくれたらわかる』だって?他人はそんなにヒマじゃないぞ」
喫煙所、どこかな。
「あ、ところでタバコもってる?喫煙所も教えてくれるとうれしいな」
アスナミコは大きな瞳にぼろぼろと涙を貯めていた。口を必死に閉じているが、すぐにその我慢は決壊する。
「わああああああああああん!!!」
と泣き始めた。俺はババアの上着のところまで行き、ポケットをまさぐる。セーラムの箱があった。4,5本まだ入っている。
「まあ、いいからさ、ベランダまでタバコ吸いに行こうぜ」
と伝説の龍の娘を不良に誘った。
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