第30話 伝説の龍虎

スマホの光を頼りに大観音頭部から下りてきた。

ベランダのドアを明け、外に出ると自然光が刺さってくる。細胞が目を開くのがわかる。蛇が興味深そうにこちらを見ている。


奥から佐々が出てきた。


「先生!お疲れでしょう、セミナーまでごゆっくり休まれてはいかがですか?」

「む、そうするか」


改めて滝音を観察してみる。写真で見るよりも若く感じる。立ち姿が武道家のそれで、1本の鉄の柱を体内に入れているように感じる。近くにいるだけで押されるような圧がある。これが滝音か、伝説の竜虎の虎か。


「では、セミナーは16時から始まるから、それまで休んでいるとよい」

「はい」とアスナミコが言った。

「はい」と俺も答えた。目の前にいる人間を飲み込むオーラ。ジジイにも確かに似たものがある。


「龍虎か・・・」とつぶやく。酒の席での与太話としか思っていなかった人物の片割れだ。存在すら信じていなかった。「昔は俺ワルでよぉ・・」と言うチンピラ崩れのおっさんや、末端の構成員や、ぎりぎり堅気にとどまっている準社会人のフェアリーテイル。それが伝説の龍虎。そのリアルと遭遇したことによる衝撃が強く残っている。


しかも、もう片割れはあのジジイだという。マジか。


俺は伝説の龍虎の「龍」に脅しをかけて、レース用CBRを強奪してしまったのか。


ハハハ・・・と乾いた笑いがでてきた。なんかもう、これ以上怖いってことはないな。EST!に来ていたヤクザのお客さんの会話を思い出す。


「やつらに狙われたらよぉ、チャカでもないと止めらんなかったのよ、たかが高校生によ、極道張ってる組織の人間が・・・まーそんなけ強かったのよ、怖かったのよ」


「伝説の龍虎の目的は強さよ、金とか女じゃねえ、タイマンでの強さにしか興味のない連中だったね、だから喧嘩で匕首出した奴がいてよお、そいつは龍虎の道場に拉致されて、根性叩きのめされて、ついには殺されたってハナシよ」


「女にはそりゃモテたよ、常に10人は周りにブンブンいたなあ、虫みてぇによお、そしてその周りにはマッポが常にくっついてたよ、龍虎の通学にはパトカーが毎日お出迎えしてたってよ、それも組織犯罪対策課、今でいう4課の連中よ、メンツも糞もねえわな」


「龍虎が解散して、どっちも極道にならなかったのはどうしてだろうなあ、龍にはいい女ができて、虎は頭が良くて東大に行ったってハナシだからな、それが原因っていう奴もいるけど、俺はいつか本人に会ってハナシを聞きてえって思ってるのよ」


その店のオーナーが、その龍虎の「龍」だったなんて誰も知らなかった。


18階の部屋まで螺旋階段で下りようとすると、後ろから1人ついてきた。佐々だ。


「ちょっといいですか?」

「なんですか?」

「まま、ここではなんですから部屋で」


部屋まで一緒に歩いた。部屋に入ると、ソファに沈み込んだ。すでに体力は使い切っている、その上に暗闇やら黄金やらでメンタルが暴れ狂っている。ああ、落ち着きが欲しい。EST!を開店して、どーせジュリぐらいしか来ない客を待ちたい。はは、それも今日失ったのか・・・なんて日だ。


ババアもソファに座り込み、その5秒後には「グー」と寝息を立てて寝ている。早!眠りに入るの!と驚いた。もっと驚いているのは佐々で「えーと」とすまなそうに切り出す。


「あ、すいません」

「いえ、こちらこそ、お疲れですよね?」

「まあ、そうですね」

「かんたんに終わらせますから」

「はい」

「話はアスナミコさんのことなんですが」

「ええ」

「彼女、本当に自殺するんですか?」

「そう言ってますね」

「いやー、まいったなあ、そうゆうことされるのって困るんだよなあ・・」

「困るんですか?」

「困りますよ!我々はカルト集団じゃありません!人類救世を掲げた集団です、善行を積み、弱っている人をエンパワメントし、永遠の未来に導くシンボルです!自殺なんてされたら困ります!」

「まあ、希望に満ち溢れて自殺するって感じでしたけどね」

「だからって自殺していいわけないでしょ!」

「や、まったく」

「あなた達、彼女をちゃんと説得してくださいね!」


佐々は言いたいことを全部言いつくしたようで、満足して出ていった。俺はババアに「あいつッてあの頭部の部屋に入ったことあんのかな?」と聞いた。「グー」とババアは目にタオルを乗せながら答えた。


30分ほどして「・・ッガ!」とババアが目を覚ました。俺は水を飲ませて、ババアにいろいろ聞くことにする。


「佐々ってあの部屋のこときっと知らないんだろうな、黄金の部屋なんてみちゃったら、せせこましい金勘定なんて全部吹っ飛ぶだろうな」

「・・ああ」

「どーすんのかな?あの部屋のことを知ったら」

「まあ、いろいろ持ち出すだろうね」

「基本的には誰でも入れるって言ってたよな?」

「そーゆー場所のほうが安全なんだろうね」

「信じられんな」

「まあ、虎は頭のいい奴だったからね、そーゆー心理には長けているんじゃないかい」

「武術も強かったんだな」

「ああ、龍虎の話は本当に知らなかったのかい?」

「ジジイが忍者と契約しているってのは知っていたけど、まさか本人も忍者とはね」

「虎が東大に進学して、龍は飲食店経営の道に進んだのさ」

「龍は・・・ジジイは女に惚れてヤクザにならなかったって本当か?」

「しらないよ、そんなこと」

「そっか、まあ昔の話だものな」

「マスター(ジジイ)は再婚しているのは知ってるけどね、ミコちゃんは遅くにできた子供だから可愛いんだろうね」

「そうかあ、で、彼女、本当に死ぬつもりなんだろうな」

「あの感じじゃあね、説得には応じないだろうさね」

「じゃあどうする?」

「どうしようもなくなったらプランBがある、って言ってたけど、多分それは強引な拉致監禁だろうね」

「そんなことしても逆効果だろ」

「あの男には人の気持ちなんてわからんさ」

「・・・・」

「ま、仕掛けは打っといた、もし響けばセミナーの前にミコちゃんと話す機会があるよ」


「さて」とババアは立ち上がった。

「どこにいく?」

「なあに、個人的な用事を済ませにね、大体の間取りは把握したからエスコートはいらないよ、あんたも1時間ぐらい休んだらいい」


俺は神経がとがりまくっている状態を続けていたので、ババアの申し出に遠慮なく従うことにした。今でも、この時の判断を後悔している。

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