第28話 ほんとに自殺するのかな?

「大蛇・・ですか」

整った顔をして元役者がおどろく。

「そいつはいまもこの大観音像に絡まってるよ」

ババアが説明する。


「そもそもの話さね、人間が地脈に穴をあけるのがよろしくないんだよ、陰陽では龍脈が山河を流れ、気が集まるところを龍穴っていうんだけどさ、そうゆうところには、だいたい何かしらあるもんさね、若いもんはパワースポットかなんかしらんがありがたがっとるけど、その逆になると心霊スポットとかいって忌避しだす、陽があれば陰がある。2つで1つさね」


「チュウセツ湖のトンネルとかもそうなのか?」俺が地元で有名な心霊スポットを言うとババアは笑い「アハハ!よくわかってるじゃないか!そうさね、本来流るべき水を止め、山に穴をあけてトンネルを通したら、そりゃなにも無いほうが不自然ってもんさね」


「さて、次はこっちから質問だ」ババアは元役者に問う。


「なんで穴を埋めない?滝音はあの底でなにをやっている?」


「それは私共にはわかりません、底は滝音さまと一部の導師のみが下りることを許されてます」


「下りる方法は?」


「むき出しのカゴを使った立坑エレベーターです、最上階に動力室がありますが、滝音さまのプライベートな空間になっておられます」


「じゃ、そこ行こうか」


「はい、ですがそのまえに食事にしませんか?」


3階に上がるとレストランがあった。「観光地だったときの名残です」と元役者がいうとおり、なかなかの広さのレストランで、まだ大観音部分でない足の下にあるので窓があった。100席はあるだろうシンプルな長方形のテーブルと椅子。10人ほどの信者が食事をしていた。食券制でAセットとBセット、カレー、ラーメン、そば、うどんのシンプルなラインナップだった。


「厨房は2人で回しているので時間がかかりますが、結構な味ですよ」

「え、2人でこの席数はムリでしょ?」

「だからみんなで時間をずらして利用しています」

「なるほど」


元役者がおすすめするカレー(380円)を購入してカウンターに進む。俺たちの存在が異質なのか、信者たちが遠巻きにこちらを見ている。


「ずいぶん注目されてるね」

「そりゃ噂になってましたから、今回薔薇園紅子先生がいらっしゃるかもって」

「有名人なんだな」

「永遠の理にも登場していますからね」

「フン!」

「穴の底に下りたことのある伝説の美女探偵にして陰陽師!正直私もサインをいただきたいです」

「サインの練習はしたことないからね、式神にならしてあげるよ」

「あはは!ご冗談を!」

「冗談じゃないよ、このポチだってすでにそうさ」


と俺に話を振る。

「俺は式神なんかじゃないぞ」

というと「そうかい、ならそれでいい」

とババアが言う。


もやぁっとした気持ちになる。カレーを受け取って窓際の席を陣取り、食べ始めた。たしかに、なかなかスパイスの効いたカレーで本格的だ。口にいれるとピリッとした電気的辛みが走るが、そのあとに雄大な甘みとうま味の裾野が広がっている。これは米が進む、大盛にしておけばよかった。


キンキンの氷水を喉に通し、俺は外を眺める。小さなアシカリベツの市街地が広がっているが、ババアの力を通すと白い大蛇の腹が見える。てらてらとした爬虫類独特の肌がキモイ。こいつが、穴の底にいた蛇なのだろうか。


「この大白蛇はなんで穴の底に戻らないんだ?」

とババアに聞く。

「陰と陽、ギブアンドテイクさね、なにかを捧げて白蛇の気持ちが治まらないとお帰りしてくれないものさ」

とババアが答える。


ふーん、そんなものか、と視線を戻すと、元役者の顔が凍てついて固まっている。

「・・・マジ?」とつぶやいたので「マジ」とこたえた。俺たちの会話を聞いていた周囲の信者もざわつく。こいつら、ずっと蛇のとぐろの中にいるのに、なにも感じなかったのか。


そんなものなのか?


ただ、滝音の言うことを信じて、ここにいるのか?


人生をかけて?


信じられない、だが、そんな人もいるのだろう。


俺だってババアをバイクに乗せていなかったら、こんな光景は見ることができなかった。


出会いが人を変えるのだ。


そもそもジジイがいなかったら、きっといまだに趣味のバイク乗りだっただろう。草レースで速さを誇って、俺はひょっとして天才ライダーなんじゃなか?って勘違いしていたかもしれない。


「えと、ところでお名前なんでしたっけ?」と俺は元役者に尋ねた。

「あ、失礼しました、私、永田健治と申します」

「芸名とか役者名?ってあったんですか?」

「いえ、役者時代も同じ名前です」

「あたしは知っていたよ、5年前の大河じゃ主役を喰ってた」

「ありがとうございます!」

「そんな役者さんが、なんで、この道に?」

「それはやはり先ほどの映像に出演させていただいたときに、滝音さまのお考えに共感したからですね」

「ニュースになってたよね、ナガケンがとある宗教の信者だったって」

「あはは、おかげで信者数が倍増したらしいです、では、私はこれで失礼します、上階には佐々さんがいると思いますので」とのことだ。佐々、つまりはこの教団の黒幕的存在だろう。


上に行くエレベーターの前でナガケンと別れる。


「あ、そのまえに」と俺はエレベーターの扉を止める。

「アスナミコって、なんでここで自殺するんですか?」と聞いた。

「え、自殺?なんですかそれ?」とナガケンは言った。

「・・・マジ?」と俺はつぶやいた。


エレベーターの中で、俺はババアに言った。

「あれは、演技じゃないよな」

「違うね、素のリアクションだった」

「じゃあ、信者でもあのアスナミコの自殺宣言動画を知らないってことか?自分の教団なのに?」

「あんたは旭川市のHPを毎日チェックしているかい?」

「してない」

「なんでだい?旭川市民だろ?」

「・・・・・」


チーンという安っぽい音と共に20階のドアが開いた。


中央にデカイ時計のようなもの、そこからつり下がっているロープ、天井があり、吹き抜けがここで終わっていることがわかる。正面の壁が無い。ドアが開かれているのだ。大きなベランダになっており、かなり遠くまで見渡せる眺望が広がっている。


「こんにちは」


とスーツ姿の男がやってきた。一目で佐々だとわかる。あのフィギュアそっくりだ。50過ぎの中肉中背の男性。白髪の混じったオールバックで、黒縁の眼鏡をかけている。


「薔薇園先生、はじめまして」

「フン」

「こちらは?」

「ポチだよ」

「はじめまして、ポチさん」

「ひょっとして馬鹿にしてます?」

ハハハと佐々が笑う。その姿がロバート・デ・ニーロっぽかった。きっと自分でも意識しているんだろう。

「いえいえ、歓迎いたしますよ」

と佐々がいうので、先手を打った。


「俺たち、アスナミコの自殺を止めに来たんですけど、佐々さんはなんで彼女が自殺するのか知ってます?」


「あー・・・」


とデ・ニーロっぽく考えこむ佐々。俺たちは言葉を待った。


「あのね・・あれ・・・私もちょっとまだ把握しきれていなくて、彼女は最近入信したんだけど、HP担当の近藤くんと急にあんな動画を更新しちゃったんですよ」


「その近藤さんって今、会えますか?」


「いや、彼は自宅サーバーのadmin権限をロックしたまま旅にでてしまって、教団としても非常に困ってるんです、警察に届けて彼の自宅を訪問したんですが、彼以上にシステムにくわしい人間がいなくて、外注しようとしても数百万単位の仕事になるっていうんですから困ったもんです、なにせこのままでは自殺の先導をしたってことになってしまいますからね」


「教団の、滝音の主張がアスナミコを自殺に追い込んだってことじゃないのかい?」


「いえいえ!先生!それは違います!滝音さまの教えはむしろ生きるための教えです!断じて死を歓迎するものではありません!」


「じゃあ、あの娘と、その近藤って信者が勝手にやったってことなんだね?」


「はい!それはもちろん!」


「さて、こまったねぇ・・・」


アスナミコの自殺を止めるために、俺たちは命がけでここまでやってきた。だが、教団のテンションはちょっと変だ。自殺を知らない人もいるし、幹部も勝手にやられたと言っている。


「ここにきて、やっぱやーめた!ってならないかな」

「だったら楽なんだけどねえ・・」


先日、アスナミコと実際に話した者として、それは希望的観測だと感じる。彼女は、どこか頭のネジが飛んでいる。やるといったらやる、死ぬと言ったら死ぬんだろう。


「とにかく、滝音とアスナミコに会わないとな」

「で、会えるかい?」

「セミナーまで2人は瞑想されていますね」

「どこで瞑想を?」

「この上です」


佐々は天井を指さした。

「上があるんですか?」

「特別瞑想室になってます」

「今、行けるかい?」

「・・・・薔薇園先生ですからね・・ちょっとお待ちください」


佐々は壁にかかっている内線電話に向かって歩き、どこかにかけた。


「・・・はい、佐々でございます・・ええ・・・しかし先生・・・・残された者にとっても・・・・警察も・・・・はい・・・・」


カチャと電話をフックにもどし、佐々はこちらに向かって歩いてきた。


「先生がお会いになるそうです」



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