第27話 ここに宗教ができるまで
2階のエレベーターを下りると、回廊にはパネルが設置してあった。そのパネルをババアと見て歩く。盲目のババアのために俺が朗読しながらなので、かなりゆっくりと歩を進める。
まず人生年表があった。滝音の出生からの出来事が時系列で並べられている。
・・・・
1960年 滝音 時貞 アシカリベツにて出生
少年期をアシカリベツで過ごす、非常に活発な少年として有名だった
「滝音はアリカリベツ出身なんだな」
1972年 学業優秀で将来のアシカリベツを担う人物として期待される
「実際は悪辣無比さね、不良やヤンキーなんてのじゃなくて、犯罪者集団のカリスマだったよ」
「知ってるのか?」
「有名人だったからね、アシカリベツに滝音っていう悪魔じみたガキがいるって、婦女暴行、乱暴狼藉、車両強盗、無銭飲食、殺人未遂なんでもやるって話だったよ」
1975年 旭川東高等学校に進学、下宿先の武術道場『武極館』で鍛錬をつむ
「武極館ってのは地域一帯の手が付けられない少年たちを収容する施設さ、教習という名の暴力を受けてそれを学ぶんだね」
「そんな悪い奴なら逃げ出すんじゃないのか?」
「武術ってよりは忍術といったほうがいいかもね、つまりは実践的な殺し屋の育成施設さ、半端に逃げれば殺される」
「日本にそんなとこがあるのか?」
「はは・・あんたは平和だねえ・・」
「ん・・・・忍術?」
1度仕事で関わったあの忍者も、武極館じゃなかったっけ?
滝音が使用した黒衣の道着が展示してあった。擦り切れた繊維が教習の激しさを思わせた。
1978年 東大理一に進学、万象の摂理について学ぶ
「頭いいんだな」
「なにをもって『良い』とするかが問題さね」
卒論「ブラックホールと虚数時間についての考察」と卒業証書の展示
1982年 警視庁公安課に就職、文武両道のエリートとして活躍する
「警察官だったんだな」
「公安は警察官ってよりスパイと言ったほうが正確だよ」
1988年 当院大観音の前身施設での死亡事件に関わり、時と心の悟りを開く
「これが浜中まりの事件か」
「時と心の悟りってのがよくわからんね」
2004年 44歳で悪性リンパ腫にかかる。がんの進行は速く、医者にも余命半年と宣告され、滝音は旅に出る。辿り着いた先はインドだった。
滝音 生誕~覚醒編
というパネルで終わっている。次は10脚ほどの椅子が並べられているミニシアターになっていた。そこに法衣の男が座っていた。
「どうぞ、始まりますよ」
俺たちは法衣の男の横に座る。同時にモニタが映像を流す。
「滝音 飛翔編」
映像は血液のがんである悪性リンパ種を患った滝音を役者が演じており、世界各国を放浪しガンに立ち向かう物語が流されていた。北アメリカから北欧へ。西洋医学では自分の死が確定していることを知るだけと思い中国へ。漢方、気功、陰陽・・・だが結局無駄だった。
「おれは死ぬのだ」と役者が言った。
死地を求めてチベットへ向かう。「世界で、一番、たかい、ところで」と病の体で這うように歩く。やがて行倒れる。
樹木が一切ない乾燥した高所で倒れる役者。そこに意味ありげに登場する法衣をまとった老人。老人は滝音役の役者を助ける。滝音が気づいたら、そこは修行僧だらけの寺院。
滝音の話を聞く老人。「死に場所を求めてきた」という役者に老人は言う。
「じゃあここで死ねばいい、だがおまえの運命はまだ続いている」
「おれはここで力尽きる、ここまでの人生だったのだ」
「それはお前がそう信じているからだ」
「信じるさ、これまで生き残る術を探して世界中を回ったが、なにも助かる方法は無かった」
「ははは」
「なにがおかしい?」
「何も知らないやつが世界中を知ってる気になっているのがおかしいのだ」
「田舎の仏僧になにがわかるというのか」
「お前よりははるかに、この宇宙のことをわかっておる、おまえは自分のことにしか興味のない凡俗な人間だが、ここにたどりついたことだけが細い一本の糸のように運命を続けさせている、その糸がお前の心を開くカギだ、心が開かれればワシの言っていることがわかる、お前はまだ水の存在を知らずに泳いでいる魚だ、心を開け、心が開かれればお前の矮小な脳みそから解放され宇宙と繋がることができる、血を吐き、体を失おうとも心は生き続ける、だが今のお前にその価値はない、せっかく万物の霊長であり宇宙と繋がる人間の心を持っているというのにその使い方をまったくわかっていない、心はエネルギーだ、車で言うならガソリンだ、お前はガソリンが尽きているのに車が動かないと文句を言っている、車の機構を理解しているが、ガソリンの存在を忘れている愚そのものだ、なぜわからん」
「魚だとか車だとか、お前さんこそ何を言ってるのかわからんね」
「それならそれでいい」
老人は立ち去り、滝音の寺での生活が始まる。毎日座禅を組み、老人と会話する。たまに老人に棒でなぐられる。だが滝音役の役者は殴り返さない。
「なぜ、殴り返さない?」老人は問う。
「俺のために、なにかを伝えようとしているからだ」と滝音は答える。
老人はニヤリと笑い立ち去る。
ある朝、滝音の体調が悪く、床から起き上がれなくなる。「めしを持ってきてくれ」と滝音は僧に頼むが「這ってでも来いとラマが言われています」と言われる。役者は本当に這っていく。手や腰やアゴを使いながら。30cm進むたびに喘ぐ。そして長い廊下をわたり、食事の席につくが「遅いから捨ててしまったぞ」と老人に言われる。
役者は目をむき、怒りをあらわにする。
「殺してやる」
「いいぞ、やってみろ」
ハハハと笑いながら老人は去っていく。
数日後、体調が戻ってきた滝音役の役者は厨房から包丁を失敬する。その包丁を懐に携え、老人のところに行く。老人はベランダで座禅を組んでいる。良く晴れたチベットの山々だけが2人を見ている。
滝音は立ち尽くす。
「どうした?その包丁でワシを殺すんじゃないのか?」
滝音はぼろぼろと涙をこぼす。
「・・・できません!」
「なぜだ!簡単ではないか!この老人を刺すことなど造作もない!いいからほらやってみろ!だれもお前を責めはしないぞ!ここは警察も来ない山奥だ!ほら!根性だしてやってみろ!自殺に見せかけた遺書でも書いてやろうか?ん?」
「できません!」
「じゃあここでなにをしている!残り僅かとかいうお前の命をつかって!こんなところでなにをしているのだ!」
「これから!おれは!人を助けます!残りの命をつかって!あなたのように!ありがとうございました!」
こうして滝音役の役者は寺を後にして日本に帰ってきた。
~修行・立命編~ 終
「さて、次に行きましょう」と法衣の男が立ち上がった。よくみると映像の中で滝音を演じていた役者だった。
「滝音さまの役をいただいた時は、私はまだプロダクションに所属していたかけだしの役者でした」
「・・・」
「さて、日本に帰ってきた滝音さまはチベットでの悟りを1年かけて書き上げ、1冊の本にします、これです」
ガラスケースにはいっている「永遠の理」貴重な初版、滝音が2006年に自費出版した300部の1冊。
「今では文庫にも電子書籍にもなって居ますので是非お求めください、さて、滝音さまはこの本を手元に毎日おにぎりを2つ下げ街頭に立ちます」
畳半分ほどのガラスケースに銀座っぽい街のジオラマ、そこに立つ滝音のフィギュアと相手にしない民衆、ちょっと離れたところに警察官。
「このように半年間、だれも耳を貸さない状態でも滝音さまは語り続けました」そういって元役者はジオラマに接していたボタンを押す。音声が流れ始める。
「ガランガラン(鐘の音)おーい!ちょっと聞いてくれ!これから人生と時について話すから!俺は滝音時貞ってもんだけど、この前まで悪性リンパ腫で死にかけていたんだ!悪性リンパ腫ってのは血液のガンで、余命は数か月もなかったんだけど、もう完全に治っちまった!本当だぜ!本当なんだ!医者もびっくりしてたけど、俺の体は今20代まで若返っちまった!その秘密はなにも怪しい薬を飲んだわけでもない、ただ心の持ちようだったんだ!おい!あんた!そこのあんただ!おれもあんたみたいな死んだ目をして生きていた!でも違ったんだ!そんな目をしているうちは生きているって言わない!俺の師匠が言うには水の存在を知らないで泳いでいる魚ってんだ!俺の言いたいのはここ!この空気ってやつのなか!ここに何があるかって知ることだけなんだ!何もないってあんたたちは言うだろう!だが違うんだ!ここには心がある!心を開くんだ!生きるんだ!それには心が必要だ!
!怒りでさえも心のエネルギーだ!おい!ちょっとやめろ!」
「こうして警察に捕まりながら、滝音さまは街頭での説法を始めたんです」
「元警察官なのに警察にお世話になるんだな」
「そこ、重要です」
と元役者が指さす先には次のジオラマ。鉄格子に入ってる滝音のフィギア、正方形の壁にはずらっと独房がならび、中央には看守。滝音のフィギアはなにかを訴えており、看守と独房の住人はそれを聞いている。
「留置場では滝音さまの言葉を止めることはできませんからね、最初の弟子といわれる木嶋社長はここで滝音さまのファンになったと言われています」
「すし大公チェーンの創設者だね」
「さすが!よくご存じですね、ここも長くは続かずに、元公安ということもあって警察は隠ぺいを図ります、特別留置所という完全個室に移されるようになったんですね、でもそのころには木嶋社長の紹介で起業の会合や演壇に呼ばれるようになっていました」
次のジオラマではデカい講堂の壇上でしゃべる滝音と、椅子に座って聞き入るスーツ姿の群衆。ステージ脇には腕を組んでいる意味ありげな男がいる。
「このころに佐々という現在の永遠の塔のベースとなった宗教団体を作り上げる人材が加わってきます、滝音さまにはない能力をもった人間でした」
「悪参謀って感じだな」
「いまの集金システムを作ったヤツだよ」
「それは否定できませんが、佐々のおかげで医療を必要としなくなった人は大勢います、佐々がどこからか不治の病を抱えた人を連れてきて、滝音さまと関わらせます、そしてそのうち何人かが奇跡の回復を見せるんですね、そうなると・・・もうお分かりですね」
最後のジオラマ。ここアシカリベツ大観音とその前に立つ滝音、法衣を来た信者と無数の群衆。
「ここ、アシカリベツ大観音を建立するにいたります、この場所を選んだのはほかでもない滝音さまで、著書にもその理由が書かれています」
出口前の最後のパネル。
「・・・ここには何かがある。私は地下に下りてそう感じた(滝音時貞著 永遠の理より)」
「で、私からもお聞きしたいんですが、なにがあったんですか?元美女探偵の薔薇園紅子さん?」
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