第25話 蛇と爆笑

ご不浄たちの群れを突っ切り、アシカリベツ大観音への道を走る。虫、事故、障害物、道をふさぐトラック、突然飛び出してくる歩行者、走行ラインを突然変えるロードサイクル、etc、etc・・・すべて、遅い。ババアによって増幅された俺の感覚と、CBRの運動性のがあれば、かわせないものはない。


片側1車線の道をいっぱいに使った運送トラックが前方を走っている。抜かそうと対向車線を見ればおなじくらいの大きさのトラックが道をいっぱいに使ってやってきていて、ブレーキを踏んでしまったら後ろからやってくる別のトラックに引き殺されてしまうのが確実だった。そんな状況でも、俺は0.03秒で正解を見つけ出す。一度道路の左ぎりぎりまでCBRを走らせると、トラックがその隙間をつぶしてくるのでカウンターで右に振る、対向車線からは対向車線をみっちみちに使ったトラックがつっこんできていて、俺はそれに向かってアクセルを開く。ぎりぎりCBRの幅だけの隙間があり、その隙間をつぶそうとフェイントに引っかかったトラックが右に寄せてくる。俺はそれにかまわずにジェラルミンのトラックの荷台に肩を寄せながら、滑るように加速する。対向車のトラックもギリギリに寄せてくるが、遅い。トラック同士の荷台がキスするごろには、俺はすでに前方に抜けている。過去、過去、過去。すべての悪意を過去にして前にワープを繰り返す。


スピードの違いにご不浄どもは対応にうろたえている。なにかよくないもの、悪いものをぶつけてくるのだが当たらない。銃弾をバットで打つようなものだ。


俺はやつらに無力感を与え続ける。


なにをしても、止められないという無力感を。


それは小さなご不浄から始まり、徐々に大きなご不浄、速いご不浄に伝わっていく。


俺を追うことへの挫折。捕まえることへの絶望。悪をもたらすことへの自信喪失。


圧倒的な力とスピードの差を目の前にした時、彼らのとった行動は「見」だった。


ルーブル美術館のモナリザを見つめる集団となった。


名画となった俺達は順調に最後の橋を渡り、その巨像の前に到着した。巨像の周りにはご不浄たちが渦を巻いて旋回しており、腐乱死体に群がるハエのように見えた。ハエの向こう側に何かが見える。大観音像にまとわりつく何かだ。額に集中してその物体を見る。


それは巨大な蛇だった。


手を印相に構え、直立で立つ観音像に、蛇はまとわりついている。


胴回りが太い。


クジラですらも呑み込みそうな、太い胴体をぐるぐると観音様にまとわせて、頭は上空から遠くを、というかこちらをじっと見つめている。観音像に近づくにつれ、徐々に頭を下ろし、観音像の入り口に到着したころには地面の高さでこちらを見ている。


頭もデカイ。胴回りほどではないが、頭だけでも自動車ぐらいの大きさがある。口からチロチロとスプリット・タンをのぞかせて、どこか笑っているように見える。


いや、笑ってる。

バイクを止めて、メットを脱ぎ、その口に向かって歩いていく。


蛇に食べられると、どうなってしまうのだろう。その恐怖心がつたわらないように堂々と歩いていく。その外の無数のご不浄も蛇を恐れて近づいてこない。


俺とババアは、巨大蛇の口の前で止まった。


蛇は襲いかかってこない。


蛇の佇まいは、飼いならされたドーベルマンが「いつでもお前を殺せるんだぜ」といった雰囲気に似ている。つまり余裕と規律によって今は襲い掛かってこない。こちらから手を伸ばせば鼻に触れるし、蛇の舌先も触れている距離で、お互い睨みあっている。恐怖に負けたら、その場に座り込んでしまいそうだ。


ババアはぼそぼそと呪文を唱えている。俺のジャケットの裾をしっかりとにぎっている。ババアによる感覚増幅はまだ続いていて、ババアは裾に握った手からメッセージを送ってくる。


ポチ・・・ポチ・・・ワタシはいま結界を張るのに精いっぱい・・・なんとか建物に入っておくれ・・・・


「・・・っていわれてもなあ」

と俺はつぶやいた。額の眼を無視すれば、蛇は消える気がする。が、ババアの影響下にあるいまではそれはできそうにない。蛇はいる。確実に存在している。それを知ってなお、蛇に向かって進んでしまうと、蛇は俺たちを飲み込んでしまうだろう。そうなると、止まってしまったGSXのように、何かが俺たちの身に起こってしまう。


GSX・・・ウニ・・・


愛着のあるバイクのことを思い出して、ちょっと感傷的になってしまった。ああ・・・いかん・・・メンテしてくれたおっちゃんに申し訳ない・・・くそ・・・最高のコンディションだったのに・・・俺が油断したせいで・・・・


・・・泣いてるのかい?・・・・


うるせえ!とババアに思考を読まれるのがくやしくて、むちゃくちゃにエロいことを考えた。ジュリを裸にして、アスナミコを犯しまくった。


・・・・はは・・若いねえ・・・・


ババアはまったく動じていない。逆にババアの思考が流れてくる。


それは・・・もう、いろんな穴と体液がカタツムリのようになって・・若くてきれいな女がケンタウロスのような男性と、ケンタウロスのような大きな犬と、いちぢくと、黒いラバースーツの黒人と、ギャグボール、薬、インドの音楽、カラフルな滝・・・・


「きゃあ!」


と声を出してしまった。


「変態ババア!!!」


・・・ははは・・・今度呼んでやるよ・・・


「いかないもんね!!!」


といいつつ勃起しながら、GSXを失った涙を流し、巨大蛇の前でババアと無声通信コントをしている俺。この状況がなんかもう面白くなってきて、今度は笑いが出てきた。


はは!クソ変態ババア!いろんな穴の使い方が間違ってるぞ!ははは!!あはははは!!!見ろよ!蛇もわらってる!!!あはははははははは!!!!!!この蛇を呼んでやれよ!!!!すっごいエロいことしそう!!!アハハハハハハ!!!!!


巨大蛇が見えない人からみたら、俺は気がくるった人間に見えるだろう。だが笑いは止まらなかった。


アハハハハハハ!!!ウヒヒヒヒイイイイイイイ!!!クソビッチおばばめ!


俺たちの上空では、大観音が慈悲の微笑みを浮かべて下界をながめておられる。きっと呆れているに違いない。


10分ぐらい笑い転げていると、呆れた顔をした人間がやってきた。


「当院に御用ですか?」


そいつの体が蛇の頭にすっぽりと入り、頭だけを出して言うものだから俺はまた爆笑する。


「あんた!蛇にすっぽり入ってるよ!!あはははははははは!!!!」

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