第19話 メンテ&ラン

目を開けるとママがいた。

「終わったよ、帰りな」

とママの許しが出たのでEST!に戻る。店を開けるまでは時間があるので田島さんに電話した「仕事でバイクのメンテをしたいです、どこか使えるショップはありますか?」田島さんはバイクは素人なので「どこでもいいが、領収証はキッチリ出せよ」ということだった。それじゃあノースワークスがいいだろう、電話をかける「あ、どーもお久しぶりです」「おー!元気だったかあ?店は順調か?バイクには乗れるようになったんだろ?」「ええ、おかげさまでなんとか、ところでGSXーR600のフルメンテお願いしたいんですけど」「お!レースか?いいぞ!」「まあ、そんなとこっす、じゃあ、今から行きますねー」と電話を切ったぐらいでバイクをとめている立体駐車場に到着し、GSXにまたがった。ノースワークスはバイクにすべてを、1日24時間すべてをささげていた時によく使っていたショップだ。でかいショップではないがおやっさんのウデは確かで、しかも金はあまりとらない。「好きなものを仕事にしてはいけないよ」と子供のころに誰かに言われたことがあるが、おやっさんはその根拠となるエビデンスといえるだろう。バイクが好きだからバイク屋になり、道北のバイク業界、金がないけどバイクにのりたい若者たちを助けてきた。おかげで店はいつまでたっても大きくならず、従業員はコイッチーというギリギリ健常者のバイクバカ1人だけという状況だ。ノースワークスにつくと、コイッチーが油まみれのツナギを着て笑顔で出てきた。「あ!お久しぶりっす!今はハヤブサ(GSX)っすか?いいっすね!」「おやっさんは?」「奥にいますよ!」おやっさんは作業場にいて、見覚えのあるバイクを挟んで見覚えのある客と会話していた。ジジイだ。「よう」とジジイはいう。「元気か?バイク入れろ」とおやっさんは言う。別にジジイがいることは不自然じゃない。老人同士が病院の待合室で顔見知りになるように、このショップでバイク馬鹿たちは知り合う。もともとジジイと俺はこんな感じで知り合った。さらに今回は金はジジイの会社で持ってもらうわけだから好都合だ。俺はGSXを作業場に入れていった。


「今度はレースじゃないけど、万が一のトラブルだけは絶対に無いようにしたい、だからマックスパワーはいらないけど、高回転時の負荷に耐えられるようにしたいんだ、腰上もあけてほしい、吸気系の交換、燃料系はもちろんね、ピストンリングの交換、バルブのあたりもコンパウンドで見て交換して、クラッチも交換、ワイヤーも新しいのにして、点火タイミングも同調たのむね、電気系もチェックしておいて、チェーン、タイヤも交換頼むね」「オイルは最高級か?」「もちろん、オーバーレブぎりぎりまで回すかもしれないからね、あ、オイルチェーンも交換したほうがいいんだけど、時間があと3日しかないんだ」「パーツはあるぞ」「さっすが」「それよりも金かかるぞ」「今回はこちらの方(ジジイ)もちだからいくらかかっても大丈夫」「まあコイツのいうとおりやってくれ」「ああ、そうか、アスさんのバイクか・・じゃあ3日でやれるだけやっとくわ」「おやっさんとコイッチーの手数料と残業代はちゃんととってくれよ、5割増しでいいから」「いつもの料金でやってくれ」「はは、まかせとけ」「代車いりますか?」とコイッチーがいうので「お願いします」という。90カブが出てきた。またがり、キックを下ろすとトトト・・・というこ気味良い音がする。それにまたがり家に戻った。


3日後


「できました」とコイッチーから電話があったので、悪いけど店が終わったら取りに行くから待っててほしいとおねがいした。0:30バイクショップの営業時間としては別次元の時間帯にノースワークスに行く。電気がついていて、コイッチーとお客さんがコーヒーを飲みながら応接スペースで話していた。「あ、おつかれっす!」と元気いっぱい。客もどこかで見たことがあるオッサンで「よっ」と挨拶してくる。でかい農家で自分の敷地内に最高速チャレンジコースを作ったと自慢している人だ。話が長いので無視してコイッチーに「乗ってっていい?」と聞いた。「オッケーっす、領収証は後で会社に回しておきます、あと、言うまでもないかもしれないっすけどしばらくは9千回転までをレブリミットにしてください」「オッケー、これからタイヤの皮むきしてくるよ」「おやっさんはあまり交換するパーツはなかったし、あってもありあわせでやっといたとのことっす」「そのほうが信頼できるよ、ありがとう」GSXにまたがり、その変化を確認した。大きく変わった感覚はないが、履きなれて型が崩れたスニーカーがそのまま新品になったような、そんな印象を受けた。


ローギアを、ふかし気味に街をぬける。先行車も対向車もいない。信号もない、路面はドライ。GSXがイキたがっている、おれは慎重に鎖を1つずつ外していく。シフトアップ、5千6千、パワーバンドにタイヤをつなげていく、タイヤが路面を蹴り前へとワープしていく。「まだだ!もっとだ!」とじれるが「ドゥドウ」とたしなめる。とっくに法定速度は超えていて、はるか前方にある樹木や橋があっというまに後ろに吹っ飛んでいく。先行車、テールランプが徐々に近づいてくる。90㎞/h以上はでているが、こちらのスピード域とは世界が違う。あえてシフトアップし、やさしく、静かに、一瞬で追い抜いた。車から見ると、光の玉が横を通り過ぎたと感じるはずだ。ミラーを見ても、追いかけてくる様子はない。すぐに見えなくなる。そんな車を2,3台追い抜いた後、丘陵地帯にはいったので国道から離れる。丘を越えるたびに道はうねり、スピードを落としてバンクを大きくした。膝パットをガリガリ削ってコーナーをぬけていく。夜に、火花が走る。


丘陵地帯が終わり、再び国道に合流した。シフトアップ、7千8千回転。エンジンは以前のように、いや以前よりもやや重たくふけあがる。だがそれも数分で変化し、機械と機械のパーツの息があってくる、フリクションがなくなり、回転にストレスがなくなる。離陸する感覚。飛行機が揚力を得て、タイヤが滑走路を離れる感覚。先行する車は一瞬で大きくなり、数百メートル前から追い抜き態勢をとる。スピード差がありすぎて、止まっているように感じる。それでもさらにシフトアップ、9千回転、GSXは離陸する、このスピード域からでもGを前から感じ、体はリアシートに押し付けられ、腕をちぎろうとしてくる。だがこれこそが、このバイクの生息域なのだ。喜びの咆哮をあげ、前方の景色を後ろに吹き飛ばしていった。その景色の中に大観音が見えた。


アシカリベツ大観音は闇夜にライトアップされ、まるで世紀末世界の救世主のようだった。GSXを門の前で止め、しばらく見上げていた。明後日、ここで何が起きるのだろう?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る