第18話 犬になれ!

気がつくと俺は薄暗い小部屋にいた。パイプ椅子に座っている。


頭が、重い。


体は、動かせない。


手が後ろで縛られている。


目の前には祭壇があった。


いや、祭壇、とは言わないのかもしれない。ろうそくがあり、お香が炊いてある。お神酒らしき盃、しめ縄で囲われた聖域、壁に貼られた梵字の掛け軸。

何かを祭っているのかもしれないが、それが何かはわからない。思考するコンディションでもない。


「起きたね」と暗幕をおしのけババアが入ってきた。神職の服を着たサンロクのハハこと薔薇園紅子だった。白く汚れのない儀式用の服に、しわだらけの白い顔、黒くウェーブのかかったロングヘアによくあっている。唇がママの名前のように朱かった。紅子ママはくるりと背中を向け、祭壇らしきものに向かってなにやら呪文のような言葉をとなえた。


「カラ ミ タナカム リ コリン サラ ユミタヤ」


・・・いま、なにをやっているんだろう?そして、なにをされているんだろう。頭が働かない。ぼーっと何かをしている紅子ママを見ていた。


「・・さて、準備ができたよ、やるかね」

「何を?」

「あんたは何もしなくていい、なにも考えなくてもいい、バカに考えごとを期待はしてないからね」

「・・」

「ふん、バカにされても腹が立たないのは本当にバカなんだね、まあいいさ、そのほうがアタシにとってもやりやすい」

「人生終わってるババアに何言われても気にならないよ、同じレベルじゃないと口げんかもやる気にならない」

「ほほぅ、ちったぁ元気なところもあるじゃないか、まあそれぐらいのほうが安心だ」


そういって紅子ママは祭壇から木片を取り出し、ライターで火をつけた。とたんに狭い室内に悪臭が広がった。


「くせえ」

「がまんしな、ほれ、次はコレ」


と酒らしきものが入った盃を手に取り飲ませてくる。飲んでみる。ただの日本酒だ。不思議なことに、たった1口でトロンとしてきた。


「キクだろ?最後はコレのみな」

「なんだこれ?酒じゃないのか?」

「あんたに言ってもわからんよ」

「媚薬か?あんた体は男だもんな、俺を無抵抗にして襲うのか?あんたに勃起する男はこの世にいなそうだもんな、あたりだろ?」

俺の挑発に反応してママが言う

「馬鹿には馬鹿にしかできない仕事ってのがあるもんさ、おとなしくそれをやってりゃいいもんを、余計なことをするのが馬鹿って生き物でね、人におとなしく使われる式神にするのが一番って教えてあげないとね」


と錠剤を飲ませてきた。これにはさすがに抵抗した。

ふざけるな!「ウウー!」

なにをしてる!「ウウウー!」

手をほどけ!「ウウッウウー!」

と言葉がでてこない。

錠剤を舌の上に乗せられ「のみな」と言われ、飲む。


「犬になる薬だよ」


視界がアンテナの合わないテレビのように、ノイズが走っている。


「ワン!っていいな」


「・・・な・・・・・ん・・・・・で・・・・」


「ワ!ン!っていいな!」


「・・・ワン」

不思議なことにママの命令には逆らえない。


「よーし、じゃあね、ポチ、あんたはいまからポチだよ、わかったかい?わかったんなら返事しな」


「ワン!」

屈辱で泣きたくなってきた。


「よしよし、いい子だよ、ポチ、じゃあこれからちょっと怖い思いをしてもらうからね、これも必要な儀式ってやつさ・・・・・シモテ カヤ ユ メニシ ワレ ワラ エヨミ コロ ス」


ママが呪文を唱えると、床のあたりが波うつ、まるで水面のようだ。


これは薬の影響なのか?

 ユミガカリ、カゲヨモヨイデ、ネギツリハリ、マユクリサル、ミタマエタヤ、アカイセカイヘトビラセ


祭壇のロウソクが激しく揺らぐ


ママの額に汗が染み出てくる


ママは手で印をきっている


そして波紋の中心から人が出てきた、まるで童話の金の斧のようだ。


人は2人いた。ぼやっとした輪郭の白い人型の煙だったものが、徐々にくっきりと輪郭をもってくる。細身の男性、2人とも長身、1人はロンゲのライダージャケット、もう1人はスーツ、ジジイと田島さんの姿になった。


 ギリノ カナヤ メトニ ウン バヤカ ミヨミトス


田島さんが近づいてくる、手にはアイスピックをもっている、ジジイの合図をまっているようだ、俺の眼球にぴったりと狙いをつけている。俺は足をバタバタさせて抵抗する。


「ウウー!!ウウウー!!」


やれ、とジジイは目で合図した。田島さんは俺の肩をつかみ、アイスピックを目に突きさしてくる。ドッ!と針の先端が巨大化するのが見えた。アイスピックの先端が俺の眼に刺さり、根元まで完璧に突き刺さった。俺の左目の視力はブツリと無くなり、暗くなった。


田島さんのアイスピックはそのままズブズブと俺の眼の中に入ってくる。グリップがグリグリと眼球にめりこんできて、それを握っている田島さんの手も入ってきて、そのまま肘までスプッツ!と入ってきた。


どう考えてもおかしな話だ。目の中に人間の上腕部が入るはずがない。だが、考えるということが今はできない。汗が滝のように出てくる。


「ギャワワーー!!」


と脂汗をだらだらと流して、悲鳴をあげる。死が、確実な予感となってやってくる。恐怖と混乱のシェイク。


体が恐怖に反応して硬直する、足がピーンと伸びて、上体が後ろにそれる。


「ウワワー!ウワワー!」


緊張と弛緩を繰り返した。重心が徐々に後ろにそれて、パイプ椅子の前足が浮き上がる、ドシン、と仰向けに倒れた。


ジジイがやってくる。上から俺の右目に向かってアイスピックを突き出してくる。終わった・・


「カッ!!!!!!!そこまで!!!!!!」


紅子様がとんでもない大声で2人を止めてくださった。


助かった・・・安堵する、あたたかい涙がでてきた。


「よし、いいかい?アタシが助けた恩を忘れんじゃないよ!ここの記憶はなくなるけど、アンタは私への恩を返すことは忘れないからね!わかったら帰って自分のバイクをできる限り、完璧な整備をしておきな!」


理不尽だ・・・という気持ちを抱えながらも、意識がスゥーっと無くなっていくのを感じる。暗転ーー

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