第16話 すてきな無重力の街アシカリベツ
アシカリベツは炭鉱として栄えた町で、映画のロケ地として有名だ。石炭がエネルギーとして見向きもされなくなったと同時に人口減少が進み、現在では映画祭を主催したり、特産品のメロンのゆるキャラを作ったりなどしている。だがもっともアシカリベツを象徴しているのはランドマークである大観音像だ。地上88mという20階建てビルに相当する像が、街の中心に立っている。周りに高い建物がないアリカリベツに入ったらまず目にする存在だ。ビッグベンのように・・・とバブルで頭が狂った当時のアシカリベツ市長が手に時計をもつ大観音像を建設した。公共事業なので宗教色をなるべく打ち消した大観音像だった。
大観音像の建設地は、かつて石炭を採掘するための垂直エレベーター「立坑」の跡地にある。大観音の背中にある巨大な光輪はそのエレベーターを動かすための滑車を利用したものだ。ワイヤーこそ張られていないものの、いまでも回転させることができる、とアシカリベツのHPに書いてあった。
戦争が終わり、石炭需要が落ち、国産の石炭採掘のワリが合わなくなった昭和44年、アシカリベツ炭鉱は閉山した。人口33万人は仕事を求めてアシカリベツを後にし、市は減り続ける人口減少対策としてさまざまな公共事業を打ち出した。
「アシカリベツ映画まつり」
「アリカリベツドイツ村」
そして
「無重力の里アシカリベツ」
「無重力!?」とHPをみていたジュリが言う。「立坑を利用した実験施設だったのよ」とママが答えた。調べてみるとこんなページがヒットした。
・
・・
「なんで無重力?アシカリベツ市の打ち出した奇妙な公共事業!」
無重力の里というクレイジーなキャッチフレーズを聞いたことがあるだろうか?ここは北海道アシカリベツ市。ここではかつて「無重力の里」というテーマでとある研究施設を誘致していたのだ。
といってもアシカリベツ市に入ると体重が軽くなるとか、空に浮いてしまうというわけではない。ここはいたって普通の(どちらかといえば田舎の)街だ。市内に1件だけある個人スーパーの軒先で、おばあちゃんたちがカートを押しながら井戸端会議をしているような土地なのだ。
そこに市がテコ入れをしたのは「もっと仕事を!」という意味があったのだろう。炭鉱が撤退した昭和50年。当時の佐藤市長が導入したのは「無重力実験施設アステカ(以後アステカ)」という施設だった。
アステカはさまざまな物質を無重力下におき、どのようなふるまいをするのかを調べる施設だ。市の第三セクターと北海道スワン大学が手を組み設立した。
無重力の実験内容は一言でいえば「落とす」というもの。アステカはかつてのアシカリベツ炭鉱の立坑の跡地にあり、そこには高さ20mの立坑エレベーターがあり、地下はなんと938mもの深さがある。
このような垂直の穴は世界でもあまりなく、当時の佐藤市長は「アシカリベツ復興の礎!」と期待していたようだ。が、アステカは稼働後10年ももたず昭和58年に閉業した。
アステカの入っていたビルは立て直され、いまでは巨大な大観音像が設立されている。これも「観光と市民のいこいの場」として巨額の公費がつぎ込まれたが、結局平成18年、維持費を捻出できなくなったアシカリベツ市が「永遠の塔」という宗教法人に売却したのだ。
・・
・
「アスナミコはそこで自殺するつもりよ」とママが言った。
「なんで知ってるんですかー?」とジュリが聞くと、ママはスマホでとあるサイトを開いて見せてくれた。
『宗教法人 永遠の塔
アシカリベツの大観音をご本尊とした永遠の塔は時の流れをあなたの人生に感じさせることができる『悟り』を得ることを目的とした宗教法人です。・・・・
・
・
・
「大人気ご当地アイドル!アスナミコさんインタビュー」
』
「そこ、開いてみて」
アスナミコの顔をタップしてみる。
『大人気ご当地アイドル!アスナミコさんはいかにして永遠の塔に入門したのか?徹底インタビュー!』
アイドル活動を始めて5年、女子高校生としても多忙な生活を送る彼女がストレスから抑うつ状態におちいり、そこで出会った永遠の塔の教義に「心を撃たれ」、彼女の心をとりもどしたのか、という話だった。
「さいごに、わたしは10月23日の事象の祭典をもちまして命を絶とうと思います、えへへ、いまからワクワクしてまっす!」
「ファンのみんなからは心配の声も聞かれるけど?」
「いままで私を応援してくれたファンのみんなには本当に感謝していて、私が『命を絶つ』なんて発言しちゃったから心配してくれるのはホントっにー!ありがとう!!ここでっかい文字でヨロシク!でもね、エヘヘ、わたし永遠の塔のタキネ先生と出会って本当に変わったの、なにが大切で、何のために生まれてきたのかわかっちゃったっていうか、ほんと凄い体験だったのね」
「ちょちょ、その話はまた後で、ミコちゃんはじゃあ、いま幸せ?」
「幸せって言葉のとらえ方にもよるけど、うん、幸せ!わたし今、幸せだよ!」
「ミコちゃんにとっての幸せってなにかな?ちょっとむずかしい質問だけど・・」
「・・・・うん、そーだーねー、がんばって言葉にしないとね、ちゃんと伝わらないからね」
(しばらく言葉を探す)
「・・えと、幸せって人それぞれの価値観かもしれないけど、だからこそ目に見えるものや、お金や、人間関係や、健康や、若さや、友達とか、そうゆうんじゃないと思うんだよね」
「お金は、なんとなくわかるけど、健康や友達がいることって幸せじゃない?」
「不健康だから幸せをつかむ人もいるし、孤独だから成功した人もいると思うの、それこそ私って人間関係に恵まれていて、家も自由が信条って感じでyoutuberアイドルとかやらせてもらって、いろんな人と接してこれたって自信があるの、だから言えるんだけど、お金持ちで友達もいっぱいいる人でも不幸な人はいるよ」
「じゃあ、なにが幸せなのかな?」
「命の意味に気づいた人!私はこの永遠の塔で死ぬことに命の意味を見つけました!だから幸せです!」
・・
命の意味に気づいたから幸せ。そう断言するアスナミコさんのインタビューはまだまだ続きます! 次週ver.2「命の意味ってなんですか?」公開
・・
次のページはまだ作られていなかった。
「なんか、こんなんなっちゃったんだ・・って感じ」とジュリ。「まあ、幸せなら・・うーん、いいのか」と俺。「他人なら、そっとしておく」とママ。
「でも、他人じゃないの」とママは言う。「知り合いですか?」と聞いたら「アスナミコはマスターの娘よ」「マスター?」「ここのオーナーのこと」
ふぅん
と、俺は思った。そして断れない仕事がやってきたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます