第15話 アイドルの自殺を止めに行こう

「わたし、自殺します!」と自分のyoutubeチャンネルで宣言したアスナミコはかわいらしい17歳の女性で、アイドルだった。小学生の時から地道にアイドル活動を旭川で続けており、それはもちろん親のいいなりで始めたことではあろうが、それは生粋のアイドルである彼女の光を消すほどではなかった。彼女には華があった。人をひきつけ、笑顔にする華。異性をとりこにし、それでいて同性に嫌われないほどの魅力。アイドルという賞味期限が早い仕事を懸命に行う心意気。うかつな発言をしない頭の回転の速さ。それでいて自分の意思や考え方を持ち、成長とともに立派な大人の女性として食レポ動画などをアップしていた。登録者は11万人。見ているのは旭川市民ぐらいしかいないだろうから、市民の3人に1人が登録している計算だ。


そんな彼女が突然アイドル活動を引退し、自殺をすると発表した。youtubeの規約に抵触するのか、リンクを踏むとアングラな動画サイトに移動し、いつもとかわらないアスナミコの姿でそんなことを言い出すのだからファンは動揺した。5年間も活動を見守っているファンにとっては親の気持ちになっている人も多い。コメント欄は荒れに荒れ、ファンサイトは混乱に混乱を極め、探偵を雇って彼女の自殺を止めようとするものまで現れた。


俺はまあ、このアスナミコ騒動をゆるく観察していた。


「炎上商法だろ」とジュリに言うと「あれってもうかるの?」とジュリは言う。彼女は顔面偏差値51ぐらいのギリギリ美人という顔立ちだが、首から下は東大合格といった体を持つ風俗嬢だ。この店の唯一の常連でもある。常連はありがたい。なぜなら餃子とカレーを置いているbar「EST!」の業績は厳しく、そもそも素人だった俺を店長に据え、なんとか持ちこたえているのがすでに奇跡だといわれている。存続している原因の1つがジュリのような奇抜な店を好む少ない常連、もう1つがここの家賃だ。


旭川の繁華街、サンロクのビルの地下にあるこの店の家賃はなんとタダなのだ。その代わり、オーナーであるジジイの命令を聞かなければならないという条件が付いている。ジジイ、は60歳ぐらいのタッパのある男で、白髪のポニーテールにライダースジャケットをいつも着ている。いくつか飲食店を持っていて、田島さんという恐ろしい部下もいる。バイクレースにスカウトされる形で俺はジジイと付き合い、そして部下になった。そして、この店を任された。


立地は最高なのだが、まったく客が来ない。理由は旭川の極道の2大勢力の台風の眼になっていること。そのバランサー的存在の為、ヤクザが出禁になり、一般人もなんとなく「ヤクザがらみのやばい店」イメージを持ち、客は恐れを知らない酔っ払いか風俗嬢ぐらいしか来なくなった。


だから店のドアが開き「いらっしゃい」と言うとそこに立っていた人間に驚いたのだ。腰まである不自然に漆黒のロングパーマ、しわが深く刻まれた小顔、贅肉がなくしっかりとした立ち姿、赤い唇、「1人」というバリトンボイス、性別不明。


「あ、ママだ」とジュリが言う。その言葉で思い出した。サンロクの悩める女たちを救ってきたママ、職業占い師、で、陰陽師。肉体的な性別は男。「どうぞ」とカウンターを指すとツカツカとヒールを鳴らして歩く。とてもじゃないが老年の女性ではないピッとした歩き姿はかっこいいと思った。


「えと、初めてですよね?メニューどうぞ」とカウンターからメニューを渡すと「アマレットオレンジできる?」と言われ、俺はアマレットオレンジを提供した。


「ま、この店の客じゃないんだけどね、いいか」とママは言う。「と、いいますと?」と聞く。


「バイクよ、バイクに乗せてほしいの」

「あ、そっちですか」

「マスターには話してあるわ」

「わかりました、で、どこに?」

「アスナミコの自殺を止めに行くわよ、アシカリベツに」

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